6章-4 モチベーションゼロの仕事術

そのころ、無思想な都は、イベント系サークルに所属した。バイトをするよりも、知人のつてをつたってチケットを売りさばいたほうが、はるかにお金になることをクラブ仲間の先輩から聞いていたのだ。といっても、熱心な部員ではなかった。イベントごとに顔をだす程度で、それ以外の日はだらだらと暮らしていた。

都は、大使館員を親にもつ友だちとつながっており、彼らの知人が母国からやってきたときに観光名所を案内してあげた。最初は稚拙な英語だったけれど、やっているうちに英語も上達し、一日2万円をとれるようになった。イベントも観光案内も、趣味からはじめ、仕事につなげていった。自分が愉しいと思うことを続けているうちに、それを仕事と移していくことが都の特徴であり、そもそも仕事として狙ったものが趣味にしかならないのが地の特徴だった。

都は早い時期から、お金をもらうことを体験することによって、お金を稼ぐことに客観的な視点を持ち出す。しかし、地は就職することではじめてお金を稼ごうとするために、無駄なほどの幻想を育てていく。それは、仕事=夢を実現するためのもの、という幻想だった。もちろん、仕事はひとの人生に愉悦をもたらす。ただ、社会に出たことのない大学生が考える「自分に適した仕事」とは、稚拙な想像をもとにしたものだ。ある仕事が自分に適しているかなど、あるいは才能があるかなど、実践で試行錯誤しなければわからない。

夢だけを見ようとする地と、実践のなかから生きる道を見つけようとした都で違いが生じはじめた。

地と都が大学3年生の冬から就職活動をはじめた。地は音楽業界とマスコミ数社を受験し、「サークル活動の経験から創造性を育んできたことと、居酒屋バイト経験によってリーダーシップを学習したこと」を自己PRした。しかし、その紋切型からは、ひとかけらの個性も感じられなかった。地は、志望理由も「日本のインディーズ・バンドを、お年寄りにも広めることです」と高すぎる目標を披瀝したものの、そのマイナー趣味は受け入れられなかった。

都は「とりあえず働かせてくれるところ」「比較的給料が高いところ」を選んで受験した。そのころ誰も相手にしなかった外資系企業を中心としてまわっていたため、スムーズに最終面接まで進んでいった。都は「お金のためなら何でもやるとはいいません。ただ、仕事では甘えることなく、つねに結果を出す自信はあります」と、大学時に自ら仕事を創りだした経験をアピールした。

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