6章-3 モチベーションゼロの仕事術
地はバンドの練習にいそしんでいた。当初は、練習場を先輩たちのいない26時くらいからしか使えなかった。ただ、先輩たちとの雑談のとき、大阪インディーズに異常に詳しいことが先輩たちの目にとまり、じきに22時くらいから利用できるようになった。大衆文化から離れ、マニアックな世界に没入していき、すでにこのころビの片鱗をみせていた。
地はヒマがあればamazonで星一つのレビューをあげた。また地は、女性との会話のなかでミュージシャンについてふれられると「あれって○○のパクリだよね」「時代の文脈的に古いよね」と熱く語った。地が大学4年間でつくった彼女は、なぜかおなじく地方出身の女性たちだった。都会育ちのお嬢様が通うフェリス女学院の正門に汚いかっこうで近づくと射殺されると信じていた地も、なぜか地方出身の女性たちには偉そうに声をかけることができたのだ。そんな彼女たちも地のもとを去っていった。たわいもない会話のなかで自己の主張を繰り返すのは、この種の地の特徴だった。なんの実績もないのに、地は評論だけが達者で、将来だけを夢見ていた。
このころ、地のヒーローは、ギョーカイに少しでも属しているひとたちだった。あるとき、地がサークルの部屋にいるときに、先輩のひとりが「音入れしてきたよ」といった。「音入れ」とは、プロのミュージシャンがスタジオで楽曲を演奏することで、地には雲の上の存在にみえた。その音入れとは、大手音楽事務所の、下請けの、さらに下請けの、大スポンサーCM音楽ではなく、地方テレビの深夜枠の、さらにデモ録りの、ギャラ1000円の仕事だったけれど、知らない地にとっては興奮し、「先輩、ついにメジャーに魂を売ったんですね」と笑ってほめたたえた。
地たちは日ごろから「メジャーになったら、自由な表現ができない」といっていたにもかかわらず、やっぱりメジャーに憧れていたのだ。メジャーを忌避しながら、メジャーにあこがれるねじれた精神構造も彼ら地を特徴づけるものだった。地は、その日も、居酒屋のバイトに出かけ、ビールジョッキをサーバーから注いでいるときに「クソっ! 俺も、すぐに人生を逆転してやる」とつぶやいた。
地は、「バイト、バンド、無益な議論」にあけくれ、スカイメイトで地元に帰ると、地元のともだちに自慢気に「東京は愉しいぞ」と繰り返した。数年のうちに、誰も相手にしなくなった。地のともだちからすれば、地は都会に感化された単にイタい奴にしか見えなかったのだ。