3章-9 モチベーションゼロの仕事術

金は夢や目標というものを信じることができず、その都度、愉しいことをすればいいと思っていた。その信条の通りに行動してきた。金の記事は人気を博し、次々に依頼が舞い込んだ。金はついに単著を書くにいたり、その著書「サルでもわかる経済教室~もし製造業の派遣社員がコトラーを読んだら~」は10万部も売れてしまう。

メディアに出始めた金にはファンメールが届き始めていた。「とてもわかりやすかった」という感想には「ありがとうございます。このテーマは長年あたため続けていて、いつか書きたいと思っていました」と偽って返信した。しかし、金はそれを繰り返すうちに、会社勤めをしながら執筆を重ねる現状を、ほんとうに昔から望んでいたのではないかと誤解し始めた。ただ、金は自分を経済評論家だと規定するつもりはない。求められることをたんたんとやるだけだ。著者インタビューでは「私が読者に一番伝えたいことですか? そうですね、ブックオフでは買わないでください、ということでしょうか(笑) 印税が入りませんからね。商品としてちゃんとした料金を払って買ってもらえるかどうかが作り手としての私の基準です」と答えた。

そのころ、下の課員はさらに効率を落とし、とどまるところを知らなかった。下は課員に「キミたちには夢と情熱がないのかッ!」と叱責した。下は朝礼で課員に高らかに宣言する。「<『どうやったら課のモチベーションがあがるか』会議は、なぜ盛りあがらないか検討する会議>はなぜ盛りあがらないか検討する会議を開催します!」

勤務先が変わり、かつ扶養家族まで増えてしまったビは、失意と苦労の日々を送っていた。ビが入社した先は、社長が自己啓発書にかぶれ、毎朝、社員に大声で夢を連呼させていた。「私の夢わあっ! この部門で業界シェアナンバーワンになりい! 社会貢献を目指すことであります!」。その声が小さいと、後ろから激が飛んできた。ビの上司の机は、部下を叱り飛ばすときに灰皿で叩きすぎて平面が存在しなかった。社員は月のノルマを達成しないと「気合が足りない!」といわれ、「お前はこの世に命を授かりながら、そのていたらくで恥ずかしくないいのか!」と叱られた。自宅に帰ってマイちゃんにグチをいうと、「がんばって、がんばって」と連呼された。ビは書店に行っては「モチベーションをグングン高める方法」「居眠りしながら金持ちになる方法」「1秒間であなたは生まれ変わる」といった自己啓発書を読みあさっては、カンフル剤を打ち続けた。

ビは日経新聞の2面の書籍広告欄で、金が「サルでもわかる経済教室~もし製造業の派遣社員がコトラーを読んだら~」のヒットを飛ばしていることを知り衝撃を受ける。ビは帰宅途中にマクドナルドの100円コーヒーを飲みながら2時間かけて同書を読破する。

ビは一つの決意にいたる。「そうか。俺も本を書こう。そうしてこの社会を見返してやるんだ!」。ビにあふれていたのは、社会への貢献ではなく、社会への逆襲と自身のコンプレックスだった。ビは「成功法則を読んでも成功してこなかった。もっとも手っ取り早い成功法は、成功法則の本を書くことだったんだ!」と叫んだ。

隣の女子高生がヘンな目でビを見ていたことにもビは気づかず、そのままスマートフォンから出版セミナーの申し込みをし、30万円を振込むためにコンビニへ急いだ。翌朝ビは、「モチベーションアップの仕事術~これだけで仕事も生活もうまくゆく~」の企画書を書きあげた。ビは出版セミナーに通い、さまざまなアドバンスコースを受講しつづけた。ビの本はずっと形にならなかったが、本を出す夢を抱くことはやめなかった。マイちゃんはビに、ただでさえ家計が苦しいのに、これ以上セミナーを受講しないようにお願いした。

しかし、ビは「いや、俺の想いがまだ足りないんだ!」といった。「すべての経験に意味があるんだよ。これまで失敗せずに成功したひとがいるか?」とビは逆に問いただした。

「失敗すればするほど、俺は成功に近づくんだ!」。

世界はそのとき、ビのものだった。

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