CSR調達の実践 2
前回、日本と欧米との間に存在する「意識の違い」を述べました。今回は前回に引き続き、日本と欧米の間に存在する意識・認識の違いの実例を述べます。少し「しつこい」かもしれません。しかし、日本企業が直面しているリスクの理解には欠かせないプロセスです。
CSR調達を語る際に避けられない事件があります。1997年のナイキ児童労働問題です。ナイキは自社では商品開発、販売をおこない、製造は外注工場を活用するファブレスです。そのナイキのサッカーボールを子どもが生産しているとする写真が、アメリカのLIFE誌に掲載されました。(写真はこちらのリンクを)
この写真を受けたナイキの反応は「サプライヤーがやったことで、ナイキに責任はない」でした。確かに、ナイキはサッカーボールの製造に「子どもを使え」とは指示していなかったでしょう。法令順守もサプライヤーに課していたでしょう。しかし、アメリカの世論はナイキの主張を受け入れませんでした。カリフォルニア州の大学生たちが始めたナイキ製品の不買運動は全米に広がりました。結果、ナイキは前年度対比で70%の売り上げ減少に直面します。そして、この事件を契機として十数年が経過した今、ナイキのサプライヤー管理は、CSRの観点で先進的な取り組みとなり、このページに「NIKE SUPPLY CHAIN DISCLOSURE」として公開されています。
1997年当時の日本はどうだったか。当時の日本は、ナイキの「AirMax」が大人気でした。1995年に発売された「AirMax95」は、履いている人間から奪いとる「エアマックス狩り」といった事件が起こったり、ニセのAirMaxを販売したりといった事件も起こりました。当時、特に若者が注目するブランドでした。しかし、LIFE誌の写真掲載の後も、売り上げ減少の顕著な影響はありませんでした。
写真が掲載された雑紙がアメリカで発行されたから日本では大きな影響を及ぼさなかったのでしょうか。この事件で浮き彫りになった日本とアメリカの児童労働に対する反応の違い。残念ながら、現在も当時と変わっていない事実を示す事件が今年起こっています。
今年の2月、テレビ番組の集録中にアイドルグループに所属する12歳の少女が、番組の小道具で使用したヘリウムガスの吸引によって意識を失い救急搬送される事件が起きました。ヘリウムガスの注意書きには「大人用」との注記がありました。発生当初は、業務上過失傷害の疑いで捜査がおこなわれると報じられていました。しかし今日まで(4月17日)立件されたとの報道はありません。番組は終了し、すでに本件は幕引きがおこなわれています。
この事件について、法令面から考えてみます。日本では、次の様に定められています。
- 労働基準法第56条
使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで(即ち、義務教育が終わっていない中学生以下の児童・生徒について)、これを使用してはならない。(第1項)
満13歳以上の児童については、修学時間外に、健康及び福祉に有害でなく、その労働が軽易なものについては、行政官庁(所轄労働基準監督署長)の許可を受けて使用出来る。また、映画製作・演劇の事業については、満13歳に満たない児童についても同様とする。(第2項)
この内容から判断すると、年齢条件だけを見れば「その労働が軽易」であり、「映画製作・演劇の事業」では、使用できるとされています。しかし、事件の原因となったヘリウムガスの吸引は、番組の演出目的とはいえ、明らかに「健康及び福祉に有害」です。そして、日本も批准している「最低年令条約」には、次の通り明記されています。
- 就業の最低年齢に関する条約 (第138号条約、1973年)
最低年齢は義務教育終了年齢後、原則15歳
ただし、軽労働については、一定の条件の下に13歳以上15歳未満
危険有害業務は18歳未満禁止
開発途上国のための例外:
就業最低年齢は当面14歳、軽労働は12歳以上14歳未満
- 最悪の形態の児童労働に関する条約(第182号、1999年)
18歳未満の児童による「最悪の形態の児童労働」の禁止と撤廃を確保するために、即時の効果的な措置を求める
① 人身売買、徴兵を含む強制労働、債務労働などの奴隷労働
② 売春、ポルノ製造、わいせつな演技に使用、斡旋、提供
③ 薬物の生産・取引など不正な活動に使用、斡旋、提供
④ 児童の健康、安全、道徳を害するおそれのある労働
上記の2つの条約に定義、前述④児童の健康、安全、道徳を害するおそれのある労働と定義された条件をみれば、今回のテレビ収録で起こった事件が、グローバル基準では、許されないと判断できます。
多くの日本企業が、製造拠点を海外に求めている現在、児童労働について日本の常識が、海外では通用しないとの点は、注意が必要です。海外展開している企業は、今回のテレビ番組集録中に起こった事件に対する日本国内世論と、もし同じ事件が海外で起こった場合の海外で想定される世論は違った反応を見せると認識しなければなりません。海外に展開する日本企業が進んで児童を雇用するとは考えられません。しかし、進出先の現地のサプライヤーが児童を活用していた場合、発注元である日本企業も責任追及を受ける可能性を、想定内として捉える必要があるのです。