【連載】調達・購買の教科書~インフラ、非大量生産系(坂口孝則)

今回の連載は色塗りの箇所です。

<1.基礎>
売上高、工事原価、総利益(粗利益)
資材業務の役割
建設業法の基礎
技術者制度
下請契約の締結

<2.コスト分析>
調達・委託品分類とABC分析
取引先支出分析
注文件数とコスト削減寄与度分析
労務単価試算、適正経費試算
発注履歴使用の仕組みづくり

<3.コスト削減>
取引先検索、取引先調査
コスト削減施策
価格交渉
市中価格比較
VEの進め方

<4.取引先管理>
ベンダーリストの作成
施工品質評価、施工納期評価(取引先評価)、取引先利益率評価
優良表彰制度
協力会社の囲い込み、経営アンケートの作成
協力会社への上限設定

<5.仕組み・組織体制>
予算基準の明確化、コスト削減基準の設定
現業部門との連携
集中購買
業務時間分析
業務過多の調整

・現業部門との連携

私が一介の調達担当者だったときの話です。当時、私は産業機器の電源装置を担当していました。そこで一つの大きなプロジェクトを開催することになったので、取引先を集めて、基本方針を伝えることになりました。

そこには取引先の重役レベルと営業担当者が一堂に会しました。そして、こちらは調達担当者である私と、調達課長など数名。そして、技術部門からも数名がいました。そして、まず調達課長から主旨と期待することを述べました。私からはスケジュールなどを説明しました。調達課長からは、「できるだけ標準的な部品を使用して、価格低減に寄与してほしい」といった内容でした。

調達課長は時間の都合で、そこで中座しました。すると、次に仕様説明のために立った技術担当者は、開口一番、こういいました。「さっきの調達課長の発言と、まったく異なるようで申し訳ないんですが……」と。「正直にいえば、この電源装置は標準的ではなく、完全なるカスタム製品です」。技術担当者も、調子が狂ったと思います。

ただ、もっと調子が狂った、というか、恥ずかしかったのが私を含む調達・購買部門のほうでした。そこから、しどろもどろになったのを覚えています。

単に、もうちょっと横の連携を蜜にしていれば、少なくとも表現の調整はできたはずでした。内容を変えなくても、あからさまな矛盾を避けることはできたでしょう。

なぜ話を私の失敗談からはじめたかというと、高尚なレベルではなく、このような、ほんとうに初歩の問題が各企業にあるからです。技術と調達・購買の高度な戦略をすり合わせるといったものではなく、単に、お互いの考えを交換しておきましょう、というものでも、だいぶ違います。

もっとも「事前の調整」とか「あらかじめ根回しをしておく」のが日本的で忌避するひともいるでしょう。しかし、それらは日本の悪習でもなんでもなく、むしろ国家間の外交を含めて、当然のことだと私は思います。

この一件があったため、私と働いたひとはご存知のとおり、頻繁に現場と技術と触れ合うことを意識してきました。正直、情報を渡すだけならばメールが簡単です。しかし、時間があれば、あえて行く。電話がかかってきたら、「それなら行きましょうか」という。たったこれだけのことで、その後の仕事がスムーズに運びます。調達・購買業務は、いわゆるコミュニケーション業でもありますから、そこには面倒くさい行為の重ねしかありません。

・現業部門との定期的打ち合わせ

以前にも触れたとおり、調達・購買部門と現業部門との定期的な連絡会を私は勧めます。同床異夢が起きないようにするためです。

話を変えるようですが、ある企業では、営業パーソンに定期的に、客先へ出向くことを義務付けています。私は「なんと非効率的だ」と思いました。用事もないのに、客先へ出向いても時間の無駄にしかなりません。先方の調達・購買担当者も可愛そうです。

しかし、私は実態を知ると、考えの変更を余儀なくされました。というのも、ほんとうにまったく意味もなくアポイントをとることはできません。「なんのために来るのですか?」「顔見せです」では、断られるのは当然です。だから、何か、アポイントをとるための口実を考えねばならない。しかも、定期的に行かねばならないのですから、客先に役立つ情報を提供しなければなりません。そうすると、日ごろから、勝手に客先のことを考えるようになるといいます。自社が新製品や新工法を発売する際に、これをいかに既存顧客に役立ててもらえるかを意識せざるを得ません。そうやって、営業パーソンが自発的に活動しはじめます。

そうやって客先に行けば、「そういえば、別件だけれど……」と、客先の調達・購買部員や現業部員から相談を受ける機会も増えます。なるほど、なかなか、考えられた営業戦術だったというわけです。

話を戻します。

調達・購買部門も、現業部門と定期的な打ち合わせを勧めるといいました。では、ネタはなんにするか。たとえば月に一回、時間を拘束するとすれば、「やあ、今日は何を話しましょうか」では誰も集まってくれないでしょう。そのときに必死に議題を考えるはずです。

とはいえ、一般論として、現業部門と話し合うに値するトピックスをいくつか提示しておきます。

1.発注額と取引先依存度の関係

これは取引先の状況を二軸で示すものです。工事の種類ごとにわけて準備します。横軸に、自社が取引先に発注している金額、そして縦軸は取引先の売上高に占めるその比率です。これはかなりのインパクトがあります。

たとえば、こちらは多額の発注をしている認識でも、彼らからすると、ほとんど売上高の比率を占めていないケースがあります。このような場合、その取引先を「最重要取引先」と認識していても、彼らはこちらを重要顧客と思っていないかもしれません。戦略上の最優先パートナーと考えても、将来は追随してくれないかもしれません。

そのようなとき、一つの手段は、代替取引先を探すことです。あるいは、もう一つは、もっと発注額を増やして訴求することかもしれません。

また逆はどうでしょうか。発注額はさほど大きくないにもかかわらず、取引先からすればその依存度は非常に大きいとします。すると、彼らの仕事を切るのは、すなわち死刑宣告に近い可能性があります。

その場合は、中長期的に撤退する予定を立てるのか、あるいは、逆に一定額を与え続けることで、より意識的に自社向け技術を開発してもらうべきかもしれません。すなわち、これが戦略といえるものです。

細部まで語るのが重要です。しかし、少なくとも、意識をあわせ、軌を一にすることで、調達・購買部門と現業部門の大きな青地図を合意することがより重要です。

2.他の現業部門情報共有

意外に知られていないのは、他の現業部門が使っている取引先と、その評判です。施工技術のみならず、施工可能な地域などの情報、さらに最新のトピックス、また事故などの安全情報などを共有します。

さらに、他の現業部門で見積書を入手したところ、相当な優位性や競争力のあった取引先などを紹介します。それは前述の通り、横串の情報共有をする意味でもありますし、局地的に優れた取引先を全面展開するきっかけとなる活動でもあります。

また、なかなか現業部門が把握していない情報として、取引先の倒産情報などがあります。他の現業部門で活用していながら、倒産してしまった取引先があるとします。そんなとき、どのような傾向があったのか、そして、実際に倒産してしまったとき、どのような事後策が有効だったのか。これらは、リアルな情報として有効です。

その意味では、現業部門に、あまりに細部の経営情報は不要かもしれません。なぜならば、決算書情報などを完全に理解しないままで、現業部門が「あの取引先は倒産間際だ」と誤解してしまう可能性があるからです。そうすると、虚偽情報の流布になりかねません。ただ、経営状態として、発注を再考したほうがよい取引先があるとすれば、事前に情報を与える価値はあります。

その際には、あくまでも客観情報に留めることとし、「調達・購買部門がこんなことをいっていた」と取引先には語らないようにしてもらう必要があります。とはいえ、情報はかならず漏れる覚悟で説明する必要もあります。

3.施工品質状況の確認

施工が終わると、多くの取引先は及第点がつきます。考えるに、これは当たり前です。現業部門が、施工をともにした取引先を採点すると想像してください。悪い点数をつけるはずがありません。

それは、人間関係として長い時間を過ごした相手を悪くはつけられない、という理由があります。しかし、もう一つ、自己否定につながるからです。取引先の施工が悪かった、と語るのは、自分たちがうまく管理をできなかったと認めることです。改善させることができなかった、と周囲にさらけ出すことです。

ですから、本音ではどうだったんですか、という観点から聞き出す必要があります。施工、安全、管理、工期……。それらが、現場ではどのような状況だったのか。そして、姿勢はこちらに協力的で将来も引き続き、一緒になって取引をしたい相手だったのか。そういうことを語ってもらいます。もちろん、そのためには、そのほんとうのところを語ってくれるほどの関係性がなければなりません。

どんなにAIやらシステムやらが発展していったとしても、私は取引先の選定を、完全に機械が代替しないと考えています。人間が人間を選ぶ行為に、それほどの浸潤を許せないからと思うためです。

そのとき、私が思うに、古臭い表現でいえば「膝を突き合わせて語る」姿勢こそが重要になるのではないでしょうか。調達・購買部門に残された使命も、その周縁にあるはずです。

・現業部門の期待を背負ってこそ

「若さ」というものを望郷の念をもって振り返ることが中年の定義とするならば、私は残念ながら中年なのかもしれません。羞恥もかまわず、ご紹介したいエピソードがあります。二十代の私は、そのとき、若さゆえの無鉄砲で突き進んでいました。

私は、取引先の状況をまとめ、ある一つの取引先を外したほうがよいだろうと、各部門を説得にまわりました。「でもさ、あの取引先が怒ったらどうするの」「私が受けて立ちますよ」。こんな感じです。

ある日のこと。その取引先の営業所長から、恐ろしい剣幕で電話がかかってきました。「ウチを外そうとしているんだって?」。まるで、それは社会人の口調ではありませんでした。「何か問題でも?」「いますぐ行く」。

そして、突然やってきた営業所長は怒髪天を衝く様子でした。そして、営業パーソンを隣に連れていました。そして会議室で、「そちらがそういうつもりなら、いま進行中の仕事もすべて止める」と凄まれました。そのとき、ずっと隣の営業パーソンは無言でした。「そんなことできるんですか。契約もあるし」という私に、営業所長は「私がすべての権限をもっているんだ。私が止めるといったら止まる」と怒り続けました。

あまりに異常な怒りの前に、私はこともあろうか「そうですか。すみません。お詫びします。ただ、いまの仕事は止めないでください」と頼みました。営業所長は、帰り際に、深々と頭を下げて、「お時間をいただきありがとうございました」といいました。

正直にいえば、私は、その当時、営業パーソンに複雑な感情を抱いていました。当時、その営業パーソンは40歳を超えていたはずです。自分でお願いするなり、あるいは、怒ればいいものを、営業所長に代弁させるなんて、なんて弱い人間なんだろう、と思いました。弱い人間は、自分たちの主張をしっかりと他者に伝えられないがゆえに、それが自分の優しさだったとしても、その存在自体が害悪になりえます。

ただし、営業所長の恫喝をうけて屈した私も、さらに違う意味での弱者にほかなりません。もっといえば馬鹿者です。営業パーソンが善良な弱者だとすれば、私は戦略なき馬鹿者だといえるでしょう。前者は悲劇ですが、後者は喜劇といえます。

取引先を外すとは、机上の空論ではなく、誰かと誰かの生き残りをかけた闘いです。それはエクセルで解決するものではなく、パワーポイントで書いた表面的な戦略で乗り越えられるものでもなく、ワードで書いた稟議書だけで万事解決するわけでもありません。そこには、ある意味、こちらの職業的人生を賭けた覚悟と、そして、戦略性が求められます。

誰だって、少し考えれば最悪のケースと、それの対応策も考えられたはずです。しかし、それを私はしなかった。現業部門とだけではなく、もっと取引先とも心を裸にして話し合って、眠れない夜を重ねながら最善策を考えるべきでした。その愚直さが欠けていました。

その果てに、現業部門に相談して、そして自分の仮説と本気度をしっかりと伝え、そして全社の合意を取るべきだったのです。

そんなに面倒くさいことだったら、もう調達・購買戦略とか全社連携なんてありえないよ、と感想をもつ読者も多いでしょう。いや、たしかにそのとおりです。私は「そんな苦労をするんだったら、もうこのままでいいよ」と語ってしまうレベルものこそ、私は真の調達・購買業務だと確信しています。

そして、少しであっても、その想いを共有いただける方を、すこしでも増やそうと私は奮闘しているところです。

(つづく)

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