「持続可能な調達」を最低限正しく理解する 2(牧野直哉)
・「理念」から「行動」への展開
「持続的な調達」を考える際に欠かせないのが、CSR(企業の社会的責任)です。日本でマスコミがCSRを報じ始めたのは、2002年頃です。2002年は、後に続く食品偽装で象徴的な大手企業の外国産牛肉の国産への偽装が、内部告発で明らかになりました。2002年は、牛肉以外にも肉まんや、添加物にも不正が発覚し「食品不信」といった言葉まで登場した年でした。
当時のCSRの定義は「利益の追求だけではなく、企業活動のさまざまな社会的な側面においても、バランスのとれた責任を果たすべきだとする経営の理念(現代用語の基礎知識2004年版)」でした。非常に広く、つかみ所の無い定義ですね。すでに欧米の大手企業ではすでに「CSR報告書」を企業が年次で発行していました。
そして2018年の現代用語の基礎知識では、つぎのように定義されています。「企業活動は利益の追求だけではなく、持続可能な社会の実現に向けて企業活動のもたらすマイナスの影響を予防、改善すること」とあります。少し具体的になりました。でも、まだ日常業務でいったい何をやれば良いのだろう?と疑問に感じるのではないでしょうか。
2002年から現在までに、CSRや持続可能な調達では、大きく3つマイルストーン的な出来事がありました。1つめは、2010年11月に発効した「社会的責任(SR Social Responsibility)」に関する国際規格「ISO26000」の登場です。しかしこの規格も、具体的にどうしろとか、これをやったら規格に準拠しているといった内容ではなく「ガイダンス規格」と呼ばれる、1つの指針でした。2つ目は、昨年公開されたISO20400です。この規格は、前回も述べたとおりISO26000の調達版で、企業が事業運営するときの、外部リソースの活用時に適応する、これまたガイダンス規格です。
そして、こういった考え方をより具体化した指針がSDGs(持続可能な開発目標)になります。しかし、SDGsを少しでも知っている方はこうおっしゃるかもしれません。いったい、「17の目標と169のターゲット」の、どこに手をつけたら良いのか。169のターゲットすべてを達成するのは、スタートしていない時点では、ゴールが見えないと同じほどに、困難さを意識してしまうかもしれません。
SDGsの「17の目標と169のターゲット」は、従来のCSRや持続可能性の追求を、個人や企業を含めた組織に適応するために、詳細に分類された個別テーマの設定が行われています。したがって、どういった具体的なテーマが自社に、そして調達・購買部門にフィットするのかは、各社の実情に合わせ、まずは取捨選択が必要です。
各企業における取り組みをサポートする資料も存在します。「グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン」のホームページでは、以下の通り各産業に対するSDGsの取り組みをサポートする資料を配布しています。
SDG Industry Matrix 日本語版
食品・飲料・消費財
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_2905.pdf
製造業
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_2907.pdf
気候変動対策
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_2911.pdf
金融サービス
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_2912.pdf
エネルギー・天然資源・化学産業
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_3082.pdf
ヘルスケア・ライフサイエンス
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_0001.pdf
運輸・輸送機器
http://www.ungcjn.org/sdgs/pdf/elements_file_0002.pdf
ご勤務先の事業に関連性がある内容は、ぜひ一度お読みください。このメルマガの読者は製造業の方が多いでしょうから、製造業の内容を一部ご紹介します。17の目標のトップに登場する「SDG 1 あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ」では、こんな例が登場します。
インドの自動車メーカーであるマルチ・スズキは、部品の現地調達を非常に重視している。金額ベースで同社の供給基盤の約78%は同社から半径100km内に位置している。現地調達は同社サプライチェーンの重要な要素であり、多くのメリットをもたらしてきた。これは将来にわたり信頼できる現地調達を可能にし、同社の為替変動リスクを削減し、現地サプライヤーの能力開発や、現地経済の促進に繋がった。
海外進出先での現地調達率のアップは、自社の業績拡大の観点でも推し進めるべきテーマです。上記の例では、業績に貢献するテーマの追求も、その方法論さえ間違わなければ、SDGsの考え方に相いれる事実を表しています。SDGsとは、事業活動の利益の一部を社会貢献に提供するのではなく、事業活動によって同時に社会貢献を実現するのです。
では、海外進出していない場合は、どんな例があるでしょうか?「SDG 2飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する」では、こんな例が紹介されています。
富士通株式会社は、日本の東北地方の会津若松の自社工場で、透析を受けている患者や慢性腎臓病を患っている人が生で食べることができる低カリウムのレタスやホウレンソウの水耕栽培に、クラウドベースのデータ分析を提供している。その作業は、かつて半導体の製造に利用されていたホコリのない「クリーンルーム」で行われている。富士通のクラウドプラットフォームである「秋彩(あきさい)」は、植物工場のセンサーに由来するデータを保存・分析し、野菜にとり理想的な生育環境を創出するために正確に大気条件を管理する。半導体製造と同じ工業的観点を野菜栽培に適用することで、富士通はレタスの重量と栄養成分を規定範囲内に維持することができ、これにより有効な高付加価値野菜の生産を実現している。
野菜工場は、まさにIoTの塊です。水分や肥料を、生育度を確認しながら適切に与える技術は、確かに自然環境の影響を受ける従来の農業とは一線を画す方法です。上記の例では、さらにクリーンルームの技術を加えて、栄養成分の管理を実現しています。
私はこれまでも、CSR調達をテーマに執筆やセミナーを開催してきました。しかし、実務における低コスト、高品質、短納期といったニーズとどうやって折り合いをつけるのかの、つながりの部分は疑問を感じていました。しかし、SDGsで提示された「17の目標と169のターゲット」は、高らかな理念を行動へと展開させる重要なヒントになると考えています。
(つづく)