連載「2019年から2038年まで何が起きるか」(坂口孝則)

*2019年から2038年まで日本で起きることを予想し、みなさまのビジネスに応用いただく連載です。

<2025年①>

「2025年団塊世代が75歳へ」
これまでのシニアビジネスは消滅し、シニアが恒常的になる

P・Politics(政治):医療費の増大を抑えるために、国家として健康増進に取り組む。
E・Economy(経済):シニアマーケティングは次の段階に入り、シニアを意識させない商品やサービスが流行する。
S・Society(社会):20歳以下が人口の一部しか占めず、日本は大人だけの国家になる。
T・Technology(技術):日本での先行事例が、外国のこれから高齢化を迎える国々へのコンサルティングビジネスとなりうる。

高齢化が叫ばれ何年も経つ。実際に実現しているのは、若者がいない国ニッポンである。シニアは特別な存在というよりも、ニューノーマルとなりつつある。そのときに、商品開発者と、需要者にギャップが生じる。
シニアも、別にシニアになりたくてなったのではない。一人の生活者としてシニアを捉えるのが大事だし、けっきょくは一人の人間として誰かとコミュニケートしたい欲望がしぼんでいるわけではない。孫や、あるいは異性との関係を醸成するビジネスは重要になってくるだろう。

・さよなら青春の日々

歯医者に行ったとき、虫歯予防の質問をした。すると、同年代である歯医者は私に「おじさんは、虫歯の進行は遅くなっているでしょうから、歯槽膿漏などの注意をしたほうがいいですよ」といわれた。その「おじさん」とは紛れもなく私のことだった。

「うげ。おじさんって何歳くらいからですか」
「34歳くらいかな。だから、子どもの頃とは違うんです」

なんということだろう。私は知らぬ間に、数年前から歯医者の定義する「おじさん」になっていたようだ。考えてみれば、22歳で入社した会社で見た三十代中盤社員は、たしかに「おじさん」か「おっさん」にほかならなかった。

新任教師は自覚ないまま、いつの間にか教壇で生徒なる存在に教える”偉そうな”立場になってしまう、という経験談を読んだ。私もその意味では、知らずうちに「おじさん」になってしまったわけだが、他人からそう定義される事実にまだ違和感を隠せずにいる。

現在、「シニア」という言い方が一般的になった。55歳以降か65歳以降か、定義は曖昧で、本人たちがそう定義されて気持ちよくないと想像できる。2017年11月執筆時点で、田原総一朗さんは83歳。世界の北野武さんは70歳だし、タモリさんは72歳、明石家さんまさんは62歳、桑田佳祐さんも61歳だ。若すぎるひとたちがあふれている。芸能人ではなくても、身近なひとで元気な70代、60代はいくらでもいる。実際に近年の体力・運動能力調査では、全体的に高齢者の体力は向上している。

それなのに「シニア」と前面に出されれば商品を買いづらくなる。いや、買いたくなくなる。健康とか減塩とかばかりを打ち出されても、逆にちょっと反発したくなる。

自分のことならわかるのに、世の中にあふれるシニアマーケティングは、自分ゴトではないゆえの誤謬にあふれている気がしてならない。

・人口の変化

平成26年版高齢社会白書(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2014/zenbun/s1_1_1.html)によると、この2025年には団塊の世代が75歳以上となり3,657万人に達する。日本の高齢化率は30.5%となり、文字通り、高齢社会が徹底していく。いわゆる後期高齢者が増え、それは介護人の需要も増やしていく。ただ供給は追いつかないままだ。しかも団塊ジュニアは、子育ても終わっていないはずで、介護と育児を生きることになる。

まずは、日本人の人口構成を見てみよう。意外に知られてないのは、日本人のなかで20歳以上のいわゆる「おとな」がどれくらいいるかだ。実に日本は、80%を超えている。

成人式だと、やっと「大人の仲間入り」のイメージがある。しかし、日本では、ほとんどが「おとな」で、子どもとおとなの区分けに、ほとんど意味がなくなってきている。

さらに将来には9割を超える。これは劇的な変化だ。むかし「平均寿命40歳のときに成人が20歳だった。だから、現在は、成人式に参加させる年齢を40歳にせよ」と語った論者がいた。それは正しい指摘だった。しかし、もはや、そのような区分け自体が不要になっている。日本は全員が「おとな」の状況が到来しているからだ(年齢構造係数:出生中位(死亡中位)推計を使用した)。

ここまで来ると、社会保障制度と年金制度のほころびが本格化する可能性が高い。だから国を挙げて健康増進に邁進するだろう。論者たちの議論を聞くと、あまり社会保障と年金について明るい未来が想像しにくい。

しかしここでは、そういった負の側面が語られすぎているため類書に譲り、積極的な観点から述べていきたい。

・消費者としてのシニア

シニアの消費者像を見てみよう。

そもそも高齢者の経済状況はどれくらいだろうか。「平成29年版高齢社会白書」を見てみよう(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/zenbun/pdf/1s2s_02.pdf)。これによると、全体に比べて「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」の合計は、75歳以上になると上昇するとはいえ、全体とくらべてそれほど高くなっているわけではない。

しかし、すでに引退していれば収入が減り、心配がないはずはない。実際の貯蓄額で見ると、やはり高い。世帯主が60歳~69歳だと2,402万円を有し、それ以上でも2,389万円とさほど減っていない。もちろん下流老人なる言葉が指すとおり、生活の厳しさに直面している層がいるのは否定しない。しかし、全員ではない事実を見つめておきたい。

・現代シニアの若さ

また、お金をもっているだけではなく、若い。

マンガ「サザエさん」の時代は定年が55歳で、1980年代まで続いた。その後、60~65歳を超えても働く人は多くなった。波平さんの設定は54歳であり、フネさんは48歳にすぎない。漫画は社会の潜在的無意識を包含するから、きっと当時の54歳、48歳と考えれば違和感がなかったに違いない。そこからすると、おそらく15歳は若返っていると仮定してもいいだろう。

実際に日本老年学会は2015年に、現代の65~79歳は「5~10歳の生物学的年齢の低下を示唆する」と分析し話題となった(https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=2638)。具体的な数は異論があっても、感覚として若返りは納得できる。

たとえば象徴的なのが60代のジーンズ保有比率だ。むかしの60代とくらべて若さの象徴とはいいすぎかもしれないが、いまは7割もの60代がジーンズを有している(https://www.videor.co.jp/vr-digest/pdf/vrd550_20160304/vrd550_article2.pdf)。

・シニアマーケティングは続くよ、どこまでも

そこで、具体的なマーケティングの対象は必然的にシニアに移る。かつては、毎月25日に消費が盛り上がるといわれた。働く父親たちの給料日だ。しかし、いまは15日に移行している。これは年金受給日だ。年金は隔月支給されるが、シニアたちは、消費習慣として毎月15日に消費を旺盛にする。

これは年齢階級別で、牛肉の消費金額を年間平均で見たものだ。いま、牛肉をもっとも購買するのは、シニアの女性である。だから、「肉食女子」は正確には「肉食高齢女子」が正しい。しかも、ねじれているのは、購入する先にいるのは、孫たちだ。だから、各社とも、シニアに向けて「孫に買ってあげたい食品」をアピールすることになる。

大垣共立銀行グループのシンクタンク、共立総合研究所は<「孫」への支出実態調査(2011年)>というミもフタもない調査を行っている。それによると、「孫への支出」年間総額平均26.7万円にも及び(!)、同居の孫へ1人あたり8.3万円も支出し、別居の孫へも  1人あたり7.2万円を支出する(https://www.okb-kri.jp/_userdata/pdf/press/20120222_mago.pdf)。孫は一人ではないので注意が必要だが、たとえば誕生日には年間平均で約4万円を支出するという。

高齢化する日本において、この流れは必然だ。そして、マーケティングでは、常に、消費者の悩みや不満にフォーカスしなければならない。これまで若者が中心だったところ、中高年以上、少なくとも、就職し社会に出たひとたち以上が中心となっていく。

<つづく>

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