講演録~これから求められる調達イノベーションとは(牧野直哉)
(前回からの続きです)
そういった時代から今日まで。年数的には1990年代から現在までと捉えてください。この時間に何があったかを一言で表現すると「ICT技術の勃興」です。情報通信技術の進化によって、さまざまな新しいビジネスが世の中に登場しました。そしてそういった技術が登場する前から存在したビジネスにも、大きな影響を与えるに至っています。私はこの時代をX(エックス)革新時代と呼んでいます。
X(エックス)革新時代において、調達購買部門におけるイノベーションを一言で表すと「いつまでもコストダウン一辺倒では未来は無い」になります。
私は勤務先の業務で、さまざまな日本の大手企業の取引先懇談会やサプライヤーミーティングの資料を見ます。本来であれば、各社頭を絞ってユニークさを求め特徴のある考え方や主張、戦略をサプライヤーに伝えなければならない場であるはずです。しかし残念ながら、どの企業でもサプライヤーに伝える内容がほぼ同じです。会社のロゴが無ければ、果たしてどこの企業なのか?特徴がないのです。
「コストは下げてください」
「高い品質を維持してください」
「納期は柔軟性を高めてください、生産変動にも対応してください」
どれもこれも、なんでもサプライヤーにお願いしている、日本の大手企業の姿が映し出されている要求内容です。いや、この内容でも良いんです。この3つの要求内容が、どんな時代であっても普遍的な、企業が顧客に貢献すべきポイントである事は分かっています。しかし、具体的に事業はどうやって展開していくのか、これからの展開に必要となってくるリソースはこれだ、といった具体的に自社の戦略に基づいた要求事項がないのです。もちろん、各社ともサプライヤー個別には行っているかもしれません。でも、サプライヤーミーティングでは、あくまでも現在の延長線上で、従来と同じ内容の取り組みである、コストを下げ、品質を高め、顧客の要求通りの納期で納入する。そうやっていれば大丈夫!と言っているようにも感じます。X(エックス)革新時代では、こういった3つの内容は達成しつつ、コストダウンも実現した上で革新的な新たな取り組みが必要なのです。
X(エックス)革新時代は、新商品、新市場・新資源、新経営組織の4点に関連したイノベーションが必要です。この4点を調達購買戦略に展開してサプライヤー戦略を立案する必要があります
まず「研究開発・投資」。これは2つの方向性があります。1つ目は、サプライヤーの研究開発投資の評価を、通常行っているサプライヤー評価に織り込みます。そして、研究開発投資の内容をサプライヤーの成長に役立つかどうかではなく、自社の事業の拡大に活用できるかどうかの観点で評価します。自分たちにとって有効かどうか、そういった独善的な評価が必要です。サプライヤーが行う研究開発投資は、何らかの戦略性を持っておもなわれているはずです。サプライヤーの研究開発投資の評価ポイントは、自社とサプライヤーの戦略の適合性を判断するとも言い換えができます。
続いて、自社の内外作の最適化と絡んで考えます。昨今では、安ければ何でもいいといった考えで、本来であれば自社のコンピテンシーである内容も、外注化してしまうケースが散見されます。そうではなく、自社の強みを社内における共通認識として再定義し、強みを補う事業内容を持っていれば、サプライヤーとの関係を強化し、さらにはそのサプライヤーを買収して、自社の強みを強化する取り組みへと発展させるのです。この取り組みには、調達・購買部門でもサプライヤーの持っているノウハウや資産を評価する能力が必要になります。
2つ目は「世界最適地調達」です。全世界的に展開する欧米系の物流会社、そして中国や東南アジアにおいて局地的に強いサービス網を持つ日系の物流会社のサービスを活用して、より魅力的な自社から地理的に遠いサプライヤーからも調達するといった取り組みです。何でもかんでも地理的に遠い企業から調達すれば良いわけではありません。サプライヤーに遠くても調達する価値がある、生産性が高いサプライヤーから調達する、メリットがあれば地理的に遠い企業であっても購入する前提条件が必要です。これにも、物流費用を穴埋めする程のメリットがあるかどうかを判断する能力が、調達・購買部門に求められます。
3つ目は「モノから情報・知的財産へ」シフトする調達内容変化への追従です。従来モノを買っていたかもしれません。しかし、サプライヤーに技術的な検討を行わせたり、図面を作成させたりしていれば、それは企画力や設計力を含めて購入しているのです。購入価格にも、設計や企画に関連するコストが織り込まれています。購入価格に含まれる、ハードの部分とソフトの部分をいったん分けて、最後に合わせて高い・安いや善しあしを判断するといった能力が調達購買部門に必要です。
最後、4つ目はサプライヤー利益のコントロールです。サプライヤーに対しコストダウンではなく、サプライヤーが事業継続可能な利益レベルを見極め、購入価格交渉を行う意味です。この取り組みは非常に困難が伴います。まず通常のバイヤー企業とサプライヤーの関係においては、サプライヤーのコスト情報はバイヤー企業に開示されません。もしそのデータを渡してしまったら、バイヤー企業に足元を見て交渉されてしまうからです。したがってサプライヤーの利益をコントロールする取り組みには、実は高いレベルでバイヤー企業とサプライヤーの間に信頼関係がなければならないのです。バイヤーにもサプライヤーに適切な利益を確保させるのに、ためらいがあるかもしれません。しかし、自分たちの発注がなければサプライヤーが生き残れない状況にあるのであれば、適正利益の見極めを両社の合意事項にするのも、1つの企業間関係の在り方だと思います
(つづく)