連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

25回にわたる連載です。調達・購買戦略の肝要を順に説明しています。

*今回、またしても長文になっておりますので、ご印刷などなさってご覧いただくことをオススメします

・品種戦略の策定

次に品種戦略を考えていきます。品種戦略を策定する際に、何を調べればいいのでしょうか。品種戦略は応用編です。なぜならば無数の品種があり、「これを調べなければいけない」とする断言は困難だからです。品種によって調べなければいけない項目も違うでしょう。時代によっても違うかもしれません。ただここでは、汎用的に使えるいくつかの観点をご紹介したいと思います。

・品種戦略現状把握の雛形

ここから、言葉を変えれば、情報収集としてそのまま模倣いただける雛形を作成しておきました。

ここでは一例として、電源装置を調達している担当者が調達戦略を策定する場面を考えます。その際に現状把握としては何をすれば充分でしょうか。

最初に考えなければいけないのは、製品を取り巻く市場環境です。日ごと仕事をしていると、常にミクロ的な観点になってしまいます。見積書を取って、価格交渉をして、伝票発行して……と。世界は自分の会社とサプライヤの間だけです。しかし本来は、その製品が必要とされる環境があり、製品を取り巻く法規的な問題もあります。

私の昔話です。私が以前、製造業の調達担当者だったとき、上司から口酸っぱく「市場環境分析しろ」といわれていました。若い私は、それに反抗したのを覚えています。なぜならば市場環境分析をしたとしても、結局アウトプットとしては、価格分析をしてうまく適正な価格に落ち着ければいいからです。市場環境の意味がわからない。しかし上司は「価格交渉に味を与えるのは、広範な知識だ」というのです。目の前の事しかわかっていなければ引き出しが少ない。しかし環境全体のことをわかっていれば、他のサプライヤを選択できるかもしれない。あるいは価格交渉だけではなく、技術観点から開発購買ができるかもしれない。それに何より、会社から何千万円、何億円のお金を預かって製品を調達する担当者が、その製品を取り巻く状況すらわからずに調達していいかと怒るわけです。私は100%理解していたとは思いません。しかし、いまではこの上司の教えは正しいように思います。「市場環境を分析したら、どんないいことが起きるのか」--。定量的な効果を説明しろといわれたらできません。効果はある。「そういうものなのだ」といっておきます。

・品種環境分析四つの観点

ここでは、まず四つの観点から調達製品の環境分析してみましょう。


●法規的観点:このケースでは電源装置そのものの規制やあるいは緩和があります。そして電源装置を組み込んだ最終製品における同様の制約など。
●経済的観点:製品を提供するサプライヤの経営状況や、あるいは競合他社の参入状況、そしてグローバル化による競争の拡大など。
●ユーザー的観点:自社内の設計者が、最終製品を魅力的にするために要求していること。またはウォント条件(満たすことが望まれる条件)。あるいは最終製品のユーザーが求めている仕様など。
●技術的観点:技術革新や、あるいは他技術の応用などによって進化している内容。あるいは、設計ツールや品質システムの革新など。

さらにそれを「製品領域全体」と「自社影響」に分けます。日ごろから業界紙を読んでおく、あるいは技術的な専門書を読むのが重要でしょう。ただ、それだけではありません。実際、担当者は日ごろから、設計者と触れ合っているでしょうし、サプライヤと情報交換をする機会が多いはずです。そのような機会をとらえ、どのように環境が動いているかを把握しておくのです。情報収集とは日常に根を張るのですから。

もし可能であれば、「製品領域全体」と「自社影響」の二つではあるものの、難しければ「自社影響」だけでも構いません。自分なりにまとめてみましょう。

その後、雛形では仮説としての遂行項目をあげています。ただしここは無理に上げる必要はありません。重要なのは現時点では現状把握だからです。

・環境分析のキーワード化

そして先ほど四つの観点をあげたので、今年度のキーワードをおなじく四つで表現します。

調達とは、どこまでも相対的な行為です。価格を決める際、サプライヤと見積書がなければできません。他者の存在を前提とする業務です。他者の概念を拡大していけば、環境となります。いま与えられた環境のなかで、どのようなアウトプットを導くのか。それが調達業務だとすると、環境のなかにおける自己の位置づけ分析が重要です。あくまでこのケースでは、資料の四つをキーワードとしましたが、状況によって変わるのはいうまでもありません。

・サプライヤ淘汰

サプライヤ淘汰をキーワードとして取り上げました。

会社数と従業員数を比較として、同じく2000年と比較した数値です。これは各業界団体の会員数や企業数等が参考になります。あるいは独自で調査しているものもあるかもしれません。関東にお住まいの方であれば、国会図書館などでさまざまな業界データをまとめた調査資料を見られます。あるいはジェトロビジネスライブラリー、大型図書館で調べるのも良いでしょう。また、サプライヤの営業パーソンにしてみれば自社製品領域ですから、有益な情報を持っているはずです。加えて統計局のホームページで見られる経済センサスも参考になります。

・輸入電源の価格破壊

輸入電源の価格破壊です。

競合他社が入ってきた際に、価格破壊起こそうとしていると事実を書きましょう。くわえて、できれば、海外調達品との価格比較をするなど見積書の内訳を出すことが重要です。だから正しく比較するためには、相見積書を入手します。工夫の一つとしては、価格調査のためにサンプル図面を作っておくことです。サンプル図面とは実際の案件仕様書ではなく、サプライヤの価格レベルを把握するためだけに使う図面のことです。例えばプレス部品であれば、さまざまな加工を施すような図面を作っておき、多面的な価格分析を可能とするものです。サプライヤに対しても、「あくまでもこれはコストレベルを把握するための図面だ」と前置きして見積書を取るのです。これは戦略の情報収集に限らず、価格査定の勉強になりますし、集めた見積書の比較も容易です。この調達戦略サンプルでは見積書価格の内訳を比較し、どこに各社の競争力源泉があるのかを見分けるものです。

・異業種プレイヤー分析

次に他業界からの侵入です。

侵入と言うと物騒ではあるものの、すなわち一分野の技術を応用しながら電源装置に入ってきた勢力があれば、それを一つの脅威あるいは機会と捉えて分析します。たとえば、電源装置を考えるときに、電源装置そのものを買うのではなく他の大型設備や他の部品類のメーカーにまとめ発注する方法もあります。

通常は誤解されがちですが、新しい分野の製品はさほど儲かりません。逆に成熟産業と呼ばれる製品群の利益率が高いケースがあります。なぜかというと、競合がいないために、実質的に価格が高止まりしているからです。経営戦略的には「ブルーオーシャン」です。成熟産業の分野をめがけて新しい技術で挑戦するのは、この観点から理にかなっているといえます。この担当者が専業の電源メーカーだけを見ているとコスト削減等の機会を逃す可能性があります。

・ニーズ変化

ニーズ変化を見ていきましょう。

サプライチェーンの用語で「ノックダウンファクター」があります。ノックダウンファクターとは「サプライヤと自社が取引をする際に、サプライヤが欠かしてはならない条件」です。サプライヤ調査の段階から、そのノックダウンファクターを満たしているかどうかを見極める必要があります。例えばISO等の認証資格かもしれません。あるいは特別な設備の保有かもしれません。あるいは全世界の自社拠点への同時供給かもしれません。ノックダウンファクターとは業種や企業によっても異なります。そのノックダウンファクターが必須条件だとすれば、そのノックダウンファクターが、時代とともにニーズ変化するかもしれません。またノックダウンファクターにはいたらなくても、ウォント条件として要求される内容が変容するかもしれません。これは定量的ではなく、定性的なアンケートになります。ただ、日ごろ、これから求められるようになるニーズをヒアリングしておくのです。事例ではわずか二年でニーズが変化したものを挙げています。これによってサプライヤの強みを生かしたり、またはその強みを持つ新規サプライヤを探したりする必要があります。

・他社の調達分析

競合他社の調達状況も見てみましょう。

これは電源装置業界における競合他社ではなく、あなたの会社の競合他社です。その競合他社が、一体どのような電源装置の買い方をしているのか。そしてどのようなサプライヤから調達しているのか。可能であれば、内部のサプライヤシェアも調べてみましょう。自動車産業であれば、主要自動車メーカーがどのようなサプライヤと付き合っており、おおむねシェアはどれくらいかを調査している報告書があります。その他、業界によって同種の調査書が存在しています。ただそれほど大規模業界ではない場合は、やはりサプライヤの営業パーソンからの情報が有益です。ズバリは教えてくれないでしょうが、おおむねのシェアぐらいは把握しているケースが多いでしょう。独占禁止法の関係がありますので、競合他社の調達担当者から直接、サプライヤ等の情報を聞いてしまうのはグレーかもしれません。ただし、さまざまな業界団体の集まりなどもありますので一つの情報ソースとはなり得るでしょう。

・自社調達の時系列分析

最後に、自社の調達状況を時系列で並べるものです。

サプライヤシェアの変動を円グラフなどで示し、どのような調達構造になっているかを示すものです。一社独占であるよりも複数社がバランスよくシェアをとっている方が美しい姿とはいえます。もちろん一社独占だからといって価格が適正ではないと断言はできません。しかし複数社で競いながら品質やコストや技術力を上げていくと方法は未だに有効な手段です。ここでは事実としてどのような調達構造とシェアだったのか、事実として見つめるのです。

 <つづく>

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