連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)

戦略を25のマトリクスにわけて説明しています。

<これ以降、クリックすると拡大できます>

今回は戦略構築1です。

・戦略構築-1

ここで述べている戦略とは、調達戦略ではありません。いわゆる企業全体の戦略です。調達戦略を語る前に、全体の戦略を理解する必要があります。では、戦略とはなんでしょうか。経営学的な説明ではなく、あくまで私の言葉でつむぎたいと思います。戦略とは「転び方」です。

ところで、戦略について語る前に、二つの喩え話を語ります。

<あるところに、ウサギとカメがいました。ウサギは天才的な工学者であり、つねに最適ルートを計算しています。ウサギとカメが、ラーメンを小池さんに届けることになりました。ウサギとカメのうち、まっさきに小池さんにラーメンを届けたほうが勝ちです。ウサギは莫大な事前リサーチと、経路計算をして効率的に運べるよう努力をし続けました。そしてQCサークルをつくり、そして、5S活動を通じて当日に臨みました。結果、当日の勝負で、ウサギはカメに圧勝しました。これ以降、小池さんはウサギにのみラーメンを注文することにしました。いっぽうでカメは、小池さんへラーメンを売ることをあっさりとあきらめました。カメが街中をとぼとぼと歩いていると、小泉さんという一家がラーメンを大量に食べることがわかりました。カメはすぐさま出店場所を変え、小泉一家にラーメンを売り続けました。小池さんは独身だったので、食する量が年々へっていきました。しかし、小泉一家は増殖を続け、さほど努力していないカメも、それにおうじてどんどん売上を伸ばしていきました。しかし、ウサギは、住み慣れた立地から離れようとしません。ウサギは「まだまだこれからだ。業務を徹底的に見直し、さらに効率化することで頑張ろう」と仲間を叱咤激励しました>

<ある男性が「お金が貯まらない」と嘆いていました。そのときに、友人が「あなたの月給を百円単位まで細かく、さらに毎月の支出も細かく教えてください」といいました。すると男は「薄給なんだから、そこまで細かく覚えていないよ」と答えました。友人は「じゃあ、いまの預金額は正確にいくらですか。銀行通帳を見せてください」といいました。すると、男は「恐ろしくて見る気にもなれない」と答えました>

最初の喩え話は、選択です。そして二番目の喩え話は、態度です。つまり、残酷なことに、何をするか「選択」をした時点で、あとは成果が決まっているのです。そして、見たくない事実を、あえて見る「態度」を組織的に育てなければ、前進できません。

・選択の重要性

この選択がいかに重要かを説明します。そこでみなさんにすこしショックな図をお見せしなければなりません。説明は日本の製造業全体で行います。ただ、可能ならば、自社分を作成いただきたいと思いますので、図の作り方をわざと詳しく説明します。

まず財務省の「法人企業統計」から「時系列データ検索メニュー」を見てください(http://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/)。念のために説明しておきますと、「法人企業統計」とは、日本企業をさまざまな分類でデータを分析し公開したものです。売上高や利益の平均がすぐさま検索でき、大変に重宝します。そこで、「時系列データ」から「年度次」を選んでいただくと、DBと書いてあるボタンが見つかります。

ここで、「売上高(当期末)」を選択し、製造業で時系列データを入手してみましょう。

グラフの単位は百万円で過去30年にわたって、上下落していることがわかります。ただ、見ていただきたいのは、次のグラフなのです。

おなじく、製造業の付加価値をさきほどの「時系列データ検索メニュー」から抽出できます。具体的には、「売上原価(当期末)」を抽出してください。そして、表計算ソフトなどで、さきほど抽出した「売上高(当期末)」から減じます。ここでは簡易的に、付加価値=売上高(当期末)―売上原価(当期末)としています。

すると日本の製造業は、付加価値経営を叫びながら、ほぼ付加価値を伸ばし続けられていないことがわかります。

さらにもう一つ見てみましょう。さきほど「売上原価(当期末)」を抽出しましたから、売上高に占める比率(売上原価比率=製造原価率)がわかります。そこで、みなさんにもう一つショックなグラフを見せねばなりません。何かというと、鉱物性燃料の値上がり・値下がりに、どれだけ影響を受けているかについてです。

説明は不要でしょうが、鉱物性燃料とは石炭・石油・天然/製造ガスおよび同製品を指します。日本は資源を他国に頼っています。その値上がり・値下がりを見るためには、日本が輸入している鉱物性燃料の額をGDPで割ることで近似できます。なぜ単純に鉱物性燃料の輸入額を使わないかというと、GDPがたとえば倍になったとしたら、鉱物性燃料の輸入額が倍になってもおかしくありません。ですから、GDPに比較することで、近似解を求めようとするものです。

そこで、まず日本のGDPはさまざまなソースがあります。ただ、一例では、内閣府の統計表(国民経済計算年次推計)があります。そこで、名目GDPを選びます。もういっぽうの実質GDPはインフレ率を考慮したものですので、ここでは名目GDPを使います。(http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/files_kakuhou.html

ここで、年度と暦年のGDPがあります。経済学者ではないため、さほど厳密さを要しません。念のために説明すると、「年度」は4月から翌年3月です。「暦」の1年は1月から12月を指します。

そこでもう一つのデータは、鉱物性燃料を日本がどれだけ輸入しているかですが、それは財務省の貿易統計(http://www.customs.go.jp/toukei/srch/index.htm?M=79&P=0)から入手できます。ここでは、検索範囲の開始年と終了年を選択することになりますから、完全にマッチさせたい場合は、GDPも暦年を選択すればいいでしょう。

そこで、完成したのがこのグラフです。

一つ前のグラフで、日本製造業の付加価値がほとんどあがっていない話をしました。製造原価はなぜ上がったり下がったりしているのか。見ていただければ、鉱物性燃料がほぼ支配的な影響を与えているとわかります。鉱物性燃料=原材料が上がったら製造原価が上がり、下がったら製造原価が下がるのです。

これが私のいう、「選択」なのです。企業は、製造業を営むと「選択」した瞬間に、業界全体の影響がつねにつきまといます。付加価値側面からいえば、構造的停滞をしているという事業環境から逃れられないのです。そして原価でいえば、原材料の値上がり・値下がりにその大半を支配される運命にあります。

・各業界とその全体影響

また製造業全体ではなく、業界ごとに見てみましょう。

これは自動車トップ3社グループの連結決算状況を調べたもので、利益率を指します(注)。
(注)ホンダのみ米国会計基準で営業利益、他二社は経常利益を有価証券報告書で開示しています。営業利益と経常利益は異なりますが細部を語るのは趣旨ではないため、ここでは意図的に採用しています。

こう見ると、自動車三社も、かなり近似した利益の動きをしていることがわかります。もちろん完全に動きが一致しているといいたいわけではありません。ただし、相当に業界全体の影響が及んでいると見ていただければ幸いです。

ところで、戦略が功を奏したとは、どのレベルからいえるのでしょうか。ここでは、同じく類似商品を業とする、ホーチキと能美防災の連結決算を見てみましょう(注)。グラフに表現しているのは、経常利益率です。
(注)さきほどの自動車とは違い、彼らの有価証券報告書を尊重し、平成表記にしています。ただ、経常利益の傾向を見る趣旨に違いはありません。

自動車と同様に、やはり大きな流れは影響を受けているように見えます。ただ、あえて指摘すれば、直近では経常利益率が7%(ホーチキ)と10%(能美防災)と差がついています。これは自動車三社のときには意図的に触れなかった箇所です。自動車三社も差がついています。

これは一言でいうと、わかりません。何パーセントの差がついたら勝ちなどと基準はないのです。むしろ、将来に向けた投資にどれくらい必要で、どれくらい稼がなければならないかは、それこそ目的によるでしょう。

・5年利益率と戦略

ただ、私なりの見方はあります。それは、単年ではなく、5年単位で見ることです。たとえば戦略を構築しても、翌年に激変するわけではありません。やはり数年は戦略の成果が出るまでに待たねばなりません。そこで5年単位で自動車と警報機を見てみましょう。

こう見ると、自動車がいかにすぐれているかわかります。山谷はあれども、安定して稼いでいるからです。ただ、そのなかでも、近年のトヨタの利益率は突出し、戦略が機能しているといえるでしょう(注)。
(注)ここでも意図的にホンダのみ米国会計基準で営業利益を採用しています

次に警報機です。

ここでは、かつてはほぼ同率だったところ、能美防災が引き離しにかかっていると見えます。このように5年で分析して、他社と比較する方法を覚えておいてください。これらの業界はあくまで喩えにすぎず、固有名詞になんの意味もありません。お伝えしたかったのは、方法論です。

かなりややこしいことをいいました。二言でいうと、「会社というものは業界の影響をあまりに強く受ける」「しかし戦略が健全に機能すれば、中長期的には他社以上の業績を上げうる」となります。

業界並ならば誰だってできます。逆にいえば、それぞれの業界の宿痾から逃れ脱皮するものでなければ「脱皮」とは呼ばないのです。さきほど運命といいましたが、その運命に抗い、自ら将来を形作るものでなければならないといえます。

・戦略とは転び方

ここまできて、やっと冒頭の話に戻ります。戦略とは「転び方」だと私はいいました。たとえばあなたの会社では崇高な目的があると思います。「この機械を世界中に行き渡らせて、世界中のひとを幸せにする」とか。この崇高な目的について、さすがに私はわかりません。そして「そのためには、今年はここにこれくらい売って、そしてこれくらい作って、これくらい調達しなければならない」という青地図ができあがります。そのときに、適当な戦略を立てて、適当にやって、たまたま上手くいったとします。

ここであえて調達戦略で考えてみましょう。仮に「ただひたすら競争するだけが戦略です」としましょう。でも、たしかにコストは安くなったと。とくに大きなトラブルも起きなかったと。これは戦略としては結果オーライだから問題ないといえるでしょうか。

しかし、私が思うにこれは「転び方」を満足していません。たとえば、競争するサプライヤがいなくなってしまったら? もし再安価なサプライヤに品質トラブルが起きたら? 深刻な不良事故が起きたら? 特定の部材が値上がりしてすべてのサプライヤが高価になってしまったら? 戦略とは「何かをする」と同時に「何かがダメになったときの対策」までを考慮しておかねばなりません。それが目標絶対達成のための要件なのです。

足がつまずいたとき、転ばないような方法。または、転ぶかもしれないけれど、立ち上がる方法。三流と一流の戦略があるとしたら、それは、何重もの「もし~だったら」という仮定に対応できるかできないかの差です。

何かを思考するときには、まずまったくありえない極論を考えるのが定石です。では、「調達部員全員をミャンマーに移管し、既存調達品と類似の部品を調達させる。品質なんて目をつぶれ。それで売上製造原価を10%下げる。一気に業界トップになる」という戦略があったらどうでしょうか。

たしかにすべての調達品が半額以下になれば製造原価は改善するかもしれません。しかし、移管のコストは? 品質評価費用は? 切替までの納品は? トラブル時、日本に誰もいなくて良いのか? 最終商品の評判が悪くならないか? など、当然の疑問から、重箱の隅をつつく疑問まであるでしょう。そのすべてに対応はできません。しかし、どの層まで回答できるかで、戦略のレベルが決まります。

卓越した戦略とは、攻めと、そして守りの側面をもたねばなりません。

<つづく>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい