インダストリー4.0、IoTとサプライチェーン(坂口孝則)

*2016年10月6日講演録より

・IoTはどんな影響をおよぼすか

えらいタイトルで講演することになってしまいました。現時点で私が考えていることを述べます。

まずIoTですが、これは説明するまでもなく「モノのインターネット」です。ありとあらゆるモノがインターネットにつながっていく。そして、その情報を処理することによって新たな価値が生まれるーー。モノからコトの時代がやってくるのだーー。と、まあ、こういった説明が流布しています。しかし、いまいちなんだかわからない。

そこで私が考えていることを述べていくのですが、要点は三つです。一つ目は、「行動にフォーカスする時代になった」。二つ目は「モノからコトではなく、すでにコトからカタの時代がやってきている」。最後の三つ目は「製造業から情報製造業に脱皮せねばならない」。この三つです。

いやあ、それにしても、よっぽど私の説明がわからない(笑)。しかし、仕方ありません。そもそも言語化してはいけないことを言語化しているのですから。なぜ言語化できないかはおってお話します。

・「行動にフォーカスする時代になった」

冷蔵庫があります。あの冷蔵庫です。かつて冷蔵庫の野菜室は一番下にありました。いまでは中央にあります。なぜか、メーカーの設計者が若者だったんです。だから野菜室が下にあっても気にならない。料理もほとんどしません。しかし、あるとき野菜室の開閉回数があまりに多いとわかりました。それで中央にもってきたんです。

これは使用者からはなかなか出てこない改善ニーズです。消費者の多くは「そういうもの」だと思っているんです。だから、観察してやっとわかった。ノンアルコールビールの売れる理由を知っていますか? 「雰囲気を味わいたい」からだと思うでしょう? しかし、アンケートを取ると、なんと「安いから」というのが上位にきます。想像を絶する(笑)。しかし、あえて声を上げはしません。話を戻します。冷蔵庫は観察した結果、中央にあげたら売れる冷蔵庫になるとわかった。

加齢とともにしゃがむのがほんとうに厳しくなります。ルンバが売れた理由は、しゃがむ回数が少ないからだと分析しているひとがいました。

これは示唆にとんでいます。というのも、これまで製品や商品は機能に注目された。しかし、これからはお客の行動にフォーカスせざるをえない。それは機能が差別化できない以上は、お客がどんな行動を取るか、という想像力を使って体験として商品やサービスを編み直さなければならないのです。

私はIoTの可能性がここらへんにあると思うのです。それは行動をまず吸い上げる。そして利用・使用状況をただただ「観る」行為が必要になろうと思います。そこに想像もつかない改善点がある。しかし、それにしてもここに根源的な矛盾があります。新たなチャンスを知りたくて調べるのですから、理論的に事前にわからないのです。つまり具体的な改善点を検証するために測る、といったことにはならない。

ですが、低コスト化がそれを後押ししようとしています。「ビッグデータは集めるだけでは意味がない、それにたいしていかにロジックを創るかだ」といわれます。しかし、とはいえ、まずは集めないといけない。

あるとき、こういうことがありました。衣料店てありますよね。これまでのアプローチだと衣料品の機能だとか、価格だとか、宣伝だとか、流通チャネルだとかを分析していました。しかし、これらはいわゆるファンクション、製品や商品の特性であって、主語がお客ではない。お客がどういう行動をするかにフォーカスしていないんです。

そうではなくお客の行動をつぶさに見ていくと、同伴者に意見を訊いていることがわかった。同伴者がどう思うかが問題なわけです。しかも人間は疲れていると不機嫌になります。だから、衣料店では、同伴者のための椅子を用意しました。これで売上があがったのです。これもただただ観る。そして購買にいたるまでの行動を観たわけです。

いまではfacebookでログインさせたあとに、顔認証する店まであります。米国の家具屋ですが、facebookでログインしてどんな嗜好や配偶者をもっているかをSNSで分析しちゃうんです。来店したら顔をマッチングさせる。お客にフォーカスし、さらに店での行動をモニタリングし、ネットでの販促にもつなげています。

・「モノからコトではなく、すでにコトからカタの時代がやってきている」

そこで不満なのは、こういったことについて、「モノからコトの時代だ」といわれていることです。コトってサービスとか情報とか、そういうものでしょう? 違うと思うんですね。そうじゃなくて、情報をいかに解釈するか、世界の見方こそが重要だと思うんですね。

先日、ダリの絵画展を見に行ったんです。シュルレアリスムというやつですね。彼が目指した世界のいうのは美術の文脈で見ると面白い。フロイトも認めましたしね。でも、いいたいのはそうじゃなくて、すごく混んでいたんです。お客さんが邪魔でしかたがない(笑)。しかも、観る時間もほとんど確保できませんでした。

しかし、いっぽう、日本発のアートに「ポケモンGO」がありますね(笑)。あれアートですよ。しかし、あのポケGOはむしろ参加者が増えるほど楽しいんです。ジムもルアーモジュールも、ゲームに参加しているひとが多いほど楽しい。さらにいろんなことを教えてくれます。

これは過去と現在を考えるにあたって絶望的なほどの差異だと私は思います。前者では他者が邪魔者でしかない。後者では他者が仲間になっている。それは、前者が作者の「世界」を提示しているのにたいして、後者では「世界の見方」が提示されているからです。こうやって世界を見ると面白いでしょう? あの郵便局をストアに見立ててみんなで遊ぼう、ということによって、参加型になっているのです。

この「世界ではなく、世界の見方を伝播させる」というのはこれまでのたいていの革命家がやってきた方法です。キリスト教は、この方法によって弱者の意味をあざやかに転換させました。コト、つまり、殴られた、という情報は同じです。しかし、キリスト教では、「違う頬も差し出しなさい」とか「相手はむしろ慈悲を与えるべき存在です」という見方を提示することで、相手を「憐れむべき対象」に変えました。殴ったやつを憎むのではなく、憐れんだのです。そのとき、殴られた弱者はいつの間にか勝者(強者ではありません)になっていたのです。

話を戻します。IoT時代とは、これまで計測するパラダイムすらなかったものを測るーーそれによって新たなスタンダードを創る競争時代だと私は考えています。つまり、これまで測って管理する対象とすら思わなかったものを「発見する」こと。これがビジネスの収益となる時代だということです。

ところで、テイラーは「科学的管理法」で作業者を機械のように管理することを提唱しました。いま聞くと、あたりまえのようにしか思えません。作業者の作業を計測して、作業と生産数を把握するわけですから。でも、その時代にとっては、衝撃で、人を対象として管理すること自体が新しかったのです。つまり、人間をその要素で管理するという新たな「見方」を発見したのです。

考えるに、そもそも国民が工業社会における要員として考えられたのは、西洋でも200年、日本では100年ほどにすぎません。サラリーマンの歴史は200年しかなく、日本でも、たった100年ほど前まではみんな農業従業者です。山県有朋が国民教育を施すまでは、なんと日本人は、右足と右手を同時に動かし歩いていました。いわゆる、なんば歩きですね。それを解消させてまだ100年しかたっていないのです。ドリルとはそもそも戦争における戦争員を育成するための反復訓練ですが、工業社会の到来が教育を要請したのです。つまり新たな見方が発見されたわけです。

・「製造業から情報製造業に脱皮せねばならない」

その流れを受けて、何をすればいいのか。見方を発見したのちは、製造業から情報製造業に脱皮せねばならないのです。たとえば、武蔵野という会社がありますね。ダスキンの代理店です。この会社は日本で有数の代理店でした。だから、日本じゅうから見学者が殺到していたんです。

だから、この企業は見学者にお金をとりました。さらに、社内ノウハウを整備し、教育事業として外販しはじめました。本業で得た知見を、あざやかに新規ビジネスに転換させたのです。ここに、新たな時代の萌芽を見ます。製造業という実業でノウハウを貯める。それをマニュアル化し、そのノウハウ自体を販売する。

蔦屋書店をやっているCCCもそうですね。書籍を販売しているけれども赤字で、カフェで儲けている。でも、その書籍をなぜ事業としてやるかといえば、カフェにきたひとたちが手に取る書籍データがほしいわけです。それをもとにコンサルティング事業をなさっています。GE(ゼネラルエレクトリック)も航空機のモーターを販売しつつ、燃費の良い効率飛行についてコンサルティングを行っています。

しかも通常のコンサルティング会社は反復改善できませんが、製造業者であれば自社ビジネスがありますから、どんどん改善していける。そうするとノウハウがひたすらたまり続けます。ここにIoT時代のビジネスモデル設計があると思うんです。IoTでデータを集めたり計測したりすることばかりが注目されるんですが、それではモデルの設計になっていない。

ハードの販売を続けるだけではなく、付加価値からいかに儲けるか。情報製造業への脱皮とはそういうことです。きっと冷蔵庫はタダで配られるでしょう。冷蔵庫を配っても、その情報収集力はすごい。家族の嗜好や、何を定期的に購入するかわかる。それがモノを冷やすだけではない。家族の健康管理ができるんだ、と考えるわけです。

すると行動にフォーカスすると野菜室が中央にきたといいましたが、それだけでは終わりません。冷蔵庫がネットとつながれば、自動食品配送サービスができ、そこが新たなキャッシュポイントとなりうるでしょう。さらに、食品にRFIDなどのタグがついていれば、「いつまでが賞味期限ですよ」とか「この食品は回収通知が届いています」などといったインタラクティブな仕組みもできるでしょう。さらに、食材の組み合わせだけではなく、健康状態を組み合わせることでレシピの提案もできるでしょう。

この時代に必要なことは、なんでしょうか。さきほどの文脈でいえば自社が「何屋さんだ」という概念をまず超えていくことだと思うのです。

<了>

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