調達・購買に必要な業界分析 #1(牧野直哉)

今回から調達・購買部門に必要な「業界分析」について学びます。まず近年、もっとも業界分析を熱心におこなっているのはどんな人でしょうか?一度ネットで「業界分析」を検索してみてください。広告を除けばトップページの検索結果のうち、7つまでが大学生向けの就活関連の記事でした。就職先を選ぶ上で、まず業界研究をやれっ!って話なのですね。二十数年前の私は、「日本の伝統的な企業に入りたい」「インフラが整備されていない地域で、事業を通じて社会貢献がしたい」なんて、自分の好き嫌いややりたい!から就職先を探したのですが、そういう切り口で企業を探すのはダメなんでしょうね。

今回から始める業界分析は、次の3つの目的でおこないます。

1.自社と競合企業のポジションを明確にする
自社と市場で競争している競合企業と、調達・購買方法やサプライヤの違いで市場における優位性がないかどうかを明確する基礎資料にします。

2.サプライヤのポジションを明確にする
モノやサービスの購入対象ではなく、サプライヤが事業活動をおこなっている業界における優位性の有無を確認し、優位性が自社事業へ活かされているかどうかを判断する材料を入手します。

3.新たなサプライヤの存在を確認する
業界を知るとは、活動するプレーヤーである企業も掌握できます。業界分析をおこなって、魅力的なリソースを兼ねそなえていて、取引実績のない企業は、新規取引を模索するポテンシャルサプライヤになります。

業界分析の目的は「優位性」と「リスク」を確認して、調達・購買戦略への反映です。調達・購買部門でも競合企業よりも優位性を高める取り組みが、営業や技術部門に代表される他の関連部門と同じように必要です。従来調達・購買部門の優位性の源泉は「購入価格(コスト)」とされてきました。コストはもちろん重要です。しかし近年、コスト以外の優位性を脅かす要素が登場しています。

2009年頃から「産業のボーダレス化」といった傾向がより鮮明になってきました。従来から使用されてきた言葉である「多角化」が、業界の枠を超えて実行され、より大きな「シナジー」を生むケースが生まれているのです。身近な例では、ヨドバシカメラやビックカメラといった元々カメラのディスカウント販売を生業にしていた企業が、家電製品やパソコン販売するようになり、家電量販店とカメラのディスカウンターと競合関係になりました。またAppleもiPodを発売し、パソコンメーカーから家電メーカーと競合する企業へと変貌しました。

続いて「産業のボーダレス化」が異なる2つのサプライチェーンを結合して、新たなサプライチェーンを生んでいます。Appleの例では、iTunesによる音楽に代表されるソフトのダウンロード販売によって、CD/レコード販売店と競合関係になりました。音楽の再生機器と音楽ソフトには、それぞれ別々のサプライチェーンが存在していました。CD/レコード販売店にすれば、消費者がどのように音楽を聴くか全く関与していなかったし、興味もなかったのでしょう。しかしAppleは、2つのサプライチェーンを、自社を介在して結合に成功しました。ウォークマンで一世を風びしたソニーは、まさか自社の音楽プレーヤーの競合企業としてAppleが台頭するとは夢にも思っていなかったでしょう。

Appleが大成功した要因の1つに、消費者視点でのサプライチェーンを俯瞰(ふかん)しおこなった着想があります。多くの企業が顧客の囲い込みに躍起に取り組んでいます。例えば、音楽プレーヤーを購入した消費者は、当然音楽ソフトを購入して消費(鑑賞)します。元々音楽プレーヤーと音楽ソフトは、それぞれ異なるサプライチェーンでした。だったら、CD/レコード販売店に変わってApple自ら供給者になればよい、音楽プレーヤーのサプライチェーンに音楽ソフトのサプライチェーンを結合して顧客の囲い込みを図ったのです。こういったアイデアの現実化を後押ししたのは、デジタル化とインターネットの普及です。また消費スタイルの変化も見逃せません。大きな据え置き型のステレオを自宅に構え、CDやレコードを選んで聴くよりも、自分の好きな曲をプレイリストに登録して移動中や勉強、仕事中に「流す」スタイルもAppleの戦略を後押ししました。

これまでの「多角化」では、事業プロセスの上位や下位への拡大、あるいは現在の事業のリソースを活用した別のサービスや製品の展開といった内容でした。いうなればサプライチェーン全体で、自社のカバーする範囲を拡大する取り組みと、別の製品でこれまでの製品と同じ範囲のサプライチェーンを構築する取り組みでした。しかしAppleの事例は、従来2つあったサプライチェーンを自社の製品を活用して1つにまとめるサプライチェーンの「統合」をおこないました。こういった取り組みには、現在のサプライヤと自社にあるサプライチェーンだけでなく、顧客やユーザまで含めたサプライチェーン全体の理解が極めて重要です。

これまで述べた事例から何を学び、調達・購買の現場で活用すべきでしょうか。この連載では次の内容を述べてゆきます。

1.業界の見極め方
(1)調達・購買部門的「業界」定義
(2)購入できるサプライヤの基礎的条件の見極め
(3)社内リソースの確認と将来
2.チャンスを見極める~新しいサプライヤを発見する方法
~調達・購買で見極めた業界の「外(そと)」にこそ好機あり
3.リスクへの感度を高める~自社のビジネスに不足するリソースを見極める
~今の競合企業と将来の競合可能性企業

毎年夏には翌年の年号で「業界地図」が、東洋経済新報社や日本経済新聞社、今年はビジネスリサーチ社から発売されています。これら文献では、まず業界をメーカー、金融、商社、流通、サービス、情報通信の六つに大別し、6つを更に小さな業界単位に分割しています。各業界には、こんな企業がいるんだ~と感心できる内容です。しかし、多くの調達・購買部門が必要な業界分析は、こういった大きな業界単位ではありません。業界分析をおこなうためには、そもそも「業界」についての定義から始めます。

<つづく>

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