連載8回目「日本人はこれから何を買うのか」(坂口孝則)

・カリスマ消費時代

最後に、カリスマ消費、あるいは宗教消費の到来がほんとうか確認してみたい。まずは、日本人の人口構成を見てみよう。意外に知られてないのは、日本人のなかで20歳以上のいわゆる「おとな」がどれくらいいるかだ。実に日本は、80%を超えている。

成人式だと、やっと「大人の仲間入り」のイメージがある。しかし、日本では、ほとんどが「おとな」で、子どもとおとなの区分けに、ほとんど意味がなくなってきている。

さらに将来には9割を超える。これは劇的な変化だ。むかし「平均寿命40歳のときに成人が20歳だった。だから、現在は、成人式に参加させる年齢を40歳にせよ」と語った論者がいた。それは正しい指摘だった。しかし、もはや、そのような区分け自体が不要になっている。日本は全員が「おとな」の状況が到来しているからだ(年齢構造係数:出生中位(死亡中位)推計を使用した)。

そこで、具体的なマーケティングの対象は必然的にシニアに移る。かつては、毎月25日に消費が盛り上がるといわれた。働く父親たちの給料日だ。しかし、いまは15日に移行している。これは年金受給日だ。年金は隔月支給されるが、シニアたちは、消費習慣として毎月15日に消費を旺盛にする。

これは年齢階級別で、牛肉の消費金額を年間平均で見たものだ。いま、牛肉をもっとも購買するのは、シニアの女性である。だから、「肉食女子」は正確には「肉食高齢女子」が正しい。しかも、ねじれているのは、購入する先にいるのは、孫たちだ。だから、各社とも、シニアに向けて「孫に買ってあげたい食品」をアピールすることになる。

高齢化する日本において、この流れは必然だ。そして、マーケティングでは、常に、消費者の悩みや不満にフォーカスしなければならない。これまで若者が中心だったところ、中高年以上、少なくとも、就職し社会に出たひとたち以上が中心となっていく。

そうなると、日本中を覆うのは、青春期特有の「恋」や「どのような職業に就くべきか」や「いかに生きるか」が悩みではなくなる。もっとリアルで即物的な内容が浮上する。もう恋は終わり結婚し、就職もし、そして配偶者と子どももいるからだ。その悩みは、「ワークライフバランス」であり、「仕事、キャリアの成功法則」であり「配偶者との処世術」となる。

その悩みに解決策を与えるのは、もはや既存宗教ではない。等身大で語ってくれる、身近なカリスマだ。いや、前述した「あなたの痛みは正当だ」「あなたの傷は、誰もが感じている」「その痛みや悩みや苦境を共有しよう」と理解してくれるカリスマは、等身大でしかありえない。

次に信仰・祭祀費の支出推移だ。これはおなじく家計調査から抽出したものの、調査が新設された95年からのデータとなっている。誰かが、現代は「宗教の時代」といった。しかし、ほんとうだろうか。すくなくとも日本の支出を見ると、無信仰の動きをしている。この点から、アマゾンがはじめた「お坊さん便」を考えると面白いだろう。

(↑信仰・祭祀費支出 *二人以上の非農林漁家世帯)
閑話休題。次に宗教法人数と信者比率だ。日本の文化庁がまとめている統計には、信者数のみ記載されているため、日本の総人口で割って信者比率とした。日本の宗教法人が自己申告した信者数を合計すると、日本の総人口を超すことはよく知られている。ただ、それを考慮しても、宗教法人数、そして信者比率(もちろん信者の数自体も)が右肩下がりになっていると理解できる。

このところ「癒やしの時代」とか、精神面をことさら強調するひとがいる。しかし、前述したとおり、昔からひとは宗教に、争・貧・病からの離脱を求めてきた。その意味で、ひとは常に癒やされたいし、精神的に救われたい。

日本人のなかで、救いを求めるひとが少なくなったわけではない。そして、悩みが減ったわけではない。そんなのは時代が変わろうが、簡単に変わるものじゃない。教祖が変わっただけなのだ。

これまで、それはビジネス書などの著者だった。あるいは、テレビに出ている文化人だった。しかし、その少ない選択肢のなかでは、自分自身にマッチしたカリスマを見つけられない。ただ、無数の「カリスマたち」が情報発信する時代にあっては、マッチする可能性が高まる。

ファストフード的な食品供給では、平均的なマスは満足できても、美食家のあるいは特定の趣味をもった人びとを満足させられない。そこにはカスタマイズした、そしてきめ細かな対応が必要となる。

これは特別にあらたな動きには感じられないかもしれない。60年代、ヒッピー文化は、反企業、反資本主義、反消費を掲げて、ニューエイジや現在のエコロジーにも通じる思想を生み出した。実際に、そこでは文化的スターが脚光をあびた。ジョン・レノンに、グレイトフル・デッド、ジャニス・ジョプリンに、ドアーズ。

しかし、ベトナム戦争反対のデモを行ったり、インドに行ったり、または農村回帰するレベルであれば、なかなかコミットできない。また、エスリン研究所が科学的に学問研究をやったように、そこまで「マジ」なレベルで自己を変革したいわけではない。

しかし、オーガニックを好み、エコ消費を好んだり、悩みを共有してくれたり、そしてステキなライフスタイルを見せたりしてくれるほどには――カリスマを欲している。もともと団塊世代は学生運動、そして、いまの若者はSNSと、「つながり」行動を好む。

かつてからひとびとは、いまとおなじく癒やしや精神面の充実を求めてきた。その手段がモノからコトに変わった。そしてコトからヒトに変わっていった。他者や、あるいは身近な存在である「誰か」に直接、癒やしの提供を求め始めた。

そこで私たちは、大宗教から、小さな小宇宙のなかに漂う、まったく違ったカリスマを見つけ始めた。そして、帰依の方向を生き神に変え始めた。

そう、今日もあなたがフェイスブックで「いいね」した、あのひとに。

<連載終了>

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