明治大学政治経済学部准教授・飯田泰之さんとの対話(坂口孝則)

*前々回から明治大学の飯田泰之さんとの対話を掲載しています

◎安易な起業への憧れに群がる「希望ビジネス」──飯田

起業にまつわる事柄について考えてみたいと思います。昔から脱サラして飲食店をやるというのはよくある話だと思いますが、いつも不思議だと思うのは、脱サラしてフランス料理をやろうと思う人はあまりいないし、脱サラして大工をやろうという人もほとんどいない。

なのにコンビニや居酒屋の経営はできると思っている人が多い。あるいは「俺はお酒詳しいし、結構好きだから」という程度の理由で、経営塾か何かに通ってショットバーを始めたりして、数ヵ月で潰れてしまう。

コンビニにしても、ほとんどフランチャイザーにお金を払うためだけに、オーナーと奥さんがフラフラになりながら24時間働いているという無惨なケースが非常に多いわけです。居酒屋もコンビニも……素人にできるほど甘い仕事じゃないですよ。

こういうのは、僕は、人々の起業というものへの漠然としたイメージにつけ込む、ある種の「希望ビジネス」だと思うんですよね。こうした希望ビジネスの実態は、どのようなものでしょうか。

◎フランチャイズなどで無知につけ込む手口──坂口

コンビニの場合、最初にフランチャイザーがフランチャイジーに対して、これだけフランチャイズすると儲かりますよ、という収益モデルを説明しますよね。ただ、問題が二つあります。その計算式がかなり怪しいのが多くて、想定集客率をものすごく甘めに出しているということが一つ。コンビニも過当競争ですから、客を集めるのは簡単ではないですよ。

それともう一つは、一昔前には「コンビニ会計」というものがあったことです。通常の小売り・製造業の会計では、売上に対してかかった製造原価・仕入原価に対して粗利益が計算され、最終利益が計算されて税金が決まるというものですが、コンビニの場合は仕入れた分を全部売れたと見なして、その半分をフランチャイザー本部に上納しなければならないというやり方をしていました。

たとえば、300円のお弁当の原価が100円だったとすると200円が利ざやになりますが、そのうち100円がオーナーの手取り、残りの100円がフランチャイザーの手取りとなります。この弁当を100個仕入れた場合、それが売れようが売れまいが、1万円を上納しなくてはならない。そのうえ、仕入れ原価も払っているわけですから、お金がストックされない。こうしたシステムを、たいていの人はコンビニの店長になってから知る、ということがあります。だから儲かるはずがない。

以前、コンビニの店長たちが、売れ残って賞味期限切れ間近になった弁当を値下げして売りたいと申し入れて、本部ともめたという事件がありましたが、コンビニ本部が弁当を値下げさせたくなかった理由は、もし店長たちが弁当を値下げして売ってしまうと、コンビニ本部から仕入れる弁当の数が減ってしまうからです。

通常、売れ残りは廃棄処分して、新たな弁当を仕入れなくてはなりませんが、その売れ残りを値下げして売るわけですから、そのぶんコンビニ店長は新たな弁当を仕入れなくても済むことになる。コンビニ本部の掲げる理由としては、「値下げするとブランド力が落ちる」というものでしたが、本音としては賞味期限切れが近づいた商品はどんどん廃棄してくれないと、本部から仕入れる商品が減ってしまうので、各店舗からの上納金が減ってしまうというのが会計の裏側でした。

そうした会計の裏事情を知らないでフランチャイズに応募すると、夫婦で24時間働きづめになってしまう。で、変なバイトを雇ってしまったりすると、そのバイトに万引きされて、心身ともにボロボロになって終わっていく。

また、ショットバーなどでは、基本的に3カ月くらいは目新しさがあってわりと誰がやってもお客が入るのですが、3カ月後からどうやってお客を呼び込み続けるかというのが、一番難しい。それでも、「自分の店を持ちたい」という人は結構多くて、起業セミナーなんかにもわんさか人がやってくるそうです。

そうして集まった人たちに、入会費やら年会費やらを徴収して、飲食店コンサルトなどの講師が開業資金の作り方から、開店準備の方法、お客の呼び込み方、チラシの作り方といった、ありとあらゆる方法を教えています。起業前に勉強すべきことが大変多いようなイメージを持つんですね。

僕なんかはまずやってみることが重要だと思います。ただ、起業セミナーとか異業種交流会なんてものにたくさん行くんだけれど、なかなか一歩を踏み出さない人が多い。やってみたらわかるんですよね、失敗するか成功するか。

まずやってみてから、ダメならば撤退するくらいでいいんじゃないかと思う。ただ、希望ビジネスでは、お客に希望を持たせ続けるほど儲かるわけですからね。英会話と同じで、英会話のレッスンにお金払うよりもさっさと海外旅行に行ったほうがいい。でも、何かを始めるには準備が必要だと思わせることが、この種のビジネスでは肝要なわけですね。

◎起業するなら近接分野から──飯田

なるほど。そういう希望ビジネスに引っかかっちゃうのは、本当はその業種についてまったく自分なりの体験がないために、全部のお膳立てが与えられてマニュアル通りにこなさないと何もできないと思ってしまうタイプの人なんでしょうね。本当は、不完全でもいいから走り出してみて、自分の頭で考えながら試行錯誤しながらやらなくては、決してうまくいかないというわけですね。

それなら、全くの見ず知らずの分野からではなく、自分の経験の中から「あっ、これは需要があるんじゃないか」ということをまず掴むのが先だと思います。

たとえば、私の知人で厨房器具メーカーの営業マンからホルモン屋になった人がいます。支店も出したり結構儲かっている。厨房機器の営業でいろんな飲食店を見ていく中で「絶対これはイケる」とアイディアを得た、そしてその具体化に先立って1年間焼肉屋でバイトしたそうです。

つまり、近接分野でイケそうだなという直感を得た後、さらにその業界そのものに1年間くらい潜り込んで体験してみたというわけです。起業するならそのぐらいの準備は普通にしないと。飲食店はまじめにやればそれなりに責任のある地位にも就けますから、経営感覚を掴むこともできるかもしれない。

結局、ほとんどの場合の起業って、現在の自分が身を置いている業界の隣でしかできないんじゃないかと思います。僕の叔父はホテルの中華料理のコックからラーメン屋。そしてシノドスは書き手から出版プロデュース。みんな近接業種です。

頭の中だけでウーンと考えて何かひらめきを得て、ある日突然、知らない分野に会社を立ち上げて、いきなり大企業になるというような、ドラマみたいな話はまずありえない。にもかかわらず、そういう不思議なというか都合の良い夢を見る人が結構いる。

変な話、ショットバーとか居酒屋が一番大変なのは、酔っぱらった人をどうするかとか、問題客やその筋の方への対応とか、あとはどうやってコストを抑えてロスを少なくするかとか、飲食で店長級をやったことがある人でないと普通は無理です。

起業にせよ株式にせよ、よく知りもしないし好きでもないものに、儲けだけを求めて手を出しても痛い目を見るだけででしょう。儲かるということそれ自体を目的にして、フリーハンドでどの業界を選ぶかみたいな選択をすることが決してうまくいかないことが経験的にわかっているから、儲かることが先立ってしまうのは考え方の順番として浅はかだというわけですね。

あくまでも儲けというのは、現場での業務経験を新しい目で見直して「もしかするとこうしたほうが得かも」というものを見つけることから出てくるものではないでしょうか。

◎他の業界の手法を自分の業界で応用して成功──坂口

そういう「瓢箪から駒」式に出てくる儲けの工夫として有名なのが、ちょっと古い話ですけど、例えば「アート引越センター」の名前の付け方とかですね。タウンページで探したときに、引っ越し業界の中で最初に載るようにした、と。それから葬儀業者でも、それまでタウンページに広告を載せているのは全くなかったところにチラシを載せただけで注文が殺到した、とか。そういうふうに、他の業界でやられているような手法を自分の業界でも応用してやってみるというのは結構有効ですよね。

自分が慣れている、あるいは得意な商品を使って、これまで類似の商品がないところに参入していく。これが鉄則ですよね。その意味で、「自分の好きなことをやりなさい」というテーゼは賛成しても良いですね。

悪い意味での「儲け至上主義」の代名詞のように言われてしまう堀江貴文さんだって、元々はたまたまコンピュータやインターネットが好きで、それに詳しかったからというところから始まっているんでしょうし。

彼が最初に立ち上げたオン・ザ・エッヂでは、彼が当時ハマっていた競馬の予想サイトで伸びていって、ライブドア時代になってからは、アメリカの業界三番手、四番手ぐらいのPCソフトなどの日本語版をつくって、会社を一気に大きくしていった。やっぱりホームの業界から、比較的近い分野に手を出していっている。後年、堀江さんがあれだけ叩かれたのは、まったく関係ない球団経営に手を出そうとしたりして、儲けと商売の順序が本末転倒になっていると思われてしまったからでしょうしね。

<つづく>

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