楽しく「買う」ための思考法・仕事術(牧野直哉)
Hacks本と小さい時に習ったことを活用する「その一歩先」
バイヤーでなくとも、誰もが社会で仕事をしていく上で重要な事は、実は小さな子供の頃に習っている。
1.何かをしてもらったら「ありがとう」と言う
2.悪いことしたら「ごめんなさい」と謝る
3.人と会ったら挨拶をする
私はこの3つが実践できていれば仕事は上手にやっていけると考えていた。何か問題が起こった時に、原因を突き詰めるとこの3つのいずれかに行き着くことが多かった経験も、この考えを確固なものにする一因となっている。普段複雑怪奇な問題に苛まれていても、実は原因はシンプルであり、そんな単純な問題が2つ、3つと重なってくると、なんだかとても簡単には解決しがたい問題になってしまう。だから、起こっている問題は、原因を突き詰めていく過程で、個別の問題へと分割するプロセスが重要になると考えている。複雑な問題を単純に紐解いていくことに問題解決のキーがあるのだ。そういった考え方をベースにして尚、先に書いた3つの項目が仕事で重要だと言えるのである。
そしてもう一つ、実際の仕事では、先の3つの項目の「その一歩先」が重要になってくる。何かビジネスをおこなって「ありがとう」と言った、言われた関係があれば、その良好な状態をどうやって継続するか。「ごめんなさい」と謝罪したのであれば、原因は何か、どう改善して再発防止に努めるのか。訪問しても、来訪を受けても、FAXでも、メールでも「毎度お世話様です」といった挨拶からほんとうのビジネスの話になる。仕事をしていく上での優劣、できるビジネスパーソンかどうかも「その一歩先」をどのようにおこなうかがキーだ。新規顧客や、サプライヤーとなるべき相手を訪問する際でも、既存の顧客、サプライヤーでのこの事実は変わらない。このような考え方は、いろいろな場面でも適用可能である。
最近××HACKSといった題名の本を目にし、実際購入している。最近もっとも感銘を受けたのは、整理HACKSという本。このマガジンを一緒に書いている坂口さんが勧めていたことで私も読み、書いてあることを実践している。いくつかある中で、一番感動したHACKSはこうだ。
私の部屋にはいつも本が山積みになっている。ちょうど整理HACKSを読んだ頃も、もう一つ本棚を買うかどうか、迷っている最中であった。そして整理HACKSに記載されている本の整理方法を読みそのまま実践した。本棚は瞬く間に整理され、どんどん新しいスペースが生まれた。詳細な方法は実際に本をお読みいただきたいのであるが、全てデジタルデータとして読み込んで、ハードディスクに格納したのである。元々は本棚の増設の迷いから始まった話。実際に本棚を増設せずに今、本棚にはかなり空きが生まれ、逆に一つ本棚を撤去しようとさえ思い始めている。最初の目的は達成し万々歳なのだが、実はこれもう一つ大きな効果を産んでいる。このことに気づいたときには、感動さえ覚えた。
もう一つの大きな効果を私は「本棚を持ち歩く」と表している。よっぽどお気に入りの本で無い限り、最初から全てを読み返すことはない。本によっては、一回読んだらもうBOOK OFF行きという本もある。しかし、そのどちらにもあてはまらない、将来的に一部を読み返すかもしれない本に、本棚のスペースを費やしていたのである。今回デジタル化したのはそんな書籍だ。私は国内外を問わず外出することが多い。従い外出先でメールをチェックして、仕事をすることも少なくない。そんなときに、自分の本棚を持ち歩いていると、非常に便利であることが多いのだ。
「あの本に書いてあったよな~」
そんなことを、思った瞬間に調べることができる。そして、浮かびたてホヤホヤの問題意識は、浮かんだことへの回答では飽き足ることなく、次から次へといろいろな問題を生み出し、ときに思いもよらないアイデアを生み出す。このプロセスがなんとも心地よいのだ。この書籍のデジタル化のキーは、PDF化されたデジタルデータにテキストデータも含まれており、キーワード検索が可能になることにある。検索可能になることで、例えば、頭の中にかすかに残る部分以外にも、いろいろな記述にめぐり合うことができるのだ。生来ずぼらな性格の私は、のど元過ぎれば・・・・・・ではないが、出先で思った疑問も、家に帰る頃には調べる気力が薄れてしまうことがよくあった。頭の中で起こった欠乏間に、すぐ充足できる手段を加えたことで、自分のアイデアに大きな広がりを感じるに至ったのである。こういったことは私自身にも滅多にあることでなく、今や本棚を持ち歩くことは、私にとって不可欠になっている。
私が得ている頭の中でのアイデアのひろがりは、整理HACKSにも書かれていない。そのきっかけが記載されているのみだ。今回は実践することで「その一歩先」を獲得することができたわけだが、さまざまなHACKS本に書かれていることも、その効果が大きければ大きい程、効果に意外性があればあるほどに、喜びと感動を生むのである。
単純な例で言うとこうだ。例えばパソコンの操作で、マウスを使わずにショートカットキーを使うと操作時間が短くなるという、少々食傷気味なもう一般的過ぎるHACKSがある。実際、真っ赤なメールボックスを読み進めるときなど、読む→返信→次のメール→削除→次のメール→転送・返信といったアクションをショートカットキーでおこなうと、驚くほどに処理が進むことを私は実感している。実感するとは、このアクションの「その一歩先」での思わぬ効果も含めての実感で、効果を認識しているのである。
この場合の「その一歩先」の効果とは、次の5点である。
1.時間当たりのメールの処理能力がアップした(一日5000通のメールを処理していた堀江さんほどではないけど100通程度のメールなら、一読するのに1時間程度)
2.大量のメールを読むことが億劫ではなくなった
3.メールを読むタイミングを逸する(読んだ時点で既に会議が終わっている等)ことが激減した
4.全てのメールに通りいっぺんでない回答ができるようになった(メール送付のお礼+何か)
5.メールを全て読むようになった
結果、「そんな話聞いてないよ」「いや、メールで送ってあります」といったメール文化の不毛な会話も激減したのである。様々なPC操作に関するHACKSを特集する雑誌や、文献でも、HACKSによって得られる効果までは書かれていない。効果は自分で生み出して認識するものだからだ。HACKSそのものが著者のニーズによって生み出されたものであり、そのニーズを持たない場合は何の価値も持たないともいえる。この例の場合、もともと時間が足りないという慢性的な問題を抱えており、操作時間を短縮することで、メールの処理能力を拡大したいというニーズがあり飛びついたHACKSだった。これは同時に、HACKS本に書かれているから万人に効果のある手法が書かれているとは限らないことにも繋がる。だからといってHACKS本の価値を疑いたいのではない。要は、HACKSによって効率化し便利になったその後に自分が何をするかということ、自分なりの「その一歩先」を見出すことが重要だということなのだ。
今、いかに効率的に、便利に仕事をし、生きてゆくかといった本が多くある。HACKS本を多く読む私も「便利だなぁ」と思うアイデアが満載されている。しかし便利になったその先がイメージできないHACKSには手を出さない。そのHACKSを生み出した著者と自分の置かれた境遇は異なっているから、便利さを感じるポイントも異なるからだ。しかし何かにニーズを感じているときにその解決策が提示されたら飛びつくのではないだろうか。飛びつきたい衝動に駆られたら、それは絶対に価値がある。問題と解決策が仮にも結びついた瞬間だからだ。そしてその結びつきを確固なものとするか、仮のまま忘れ去られていくかは「その一歩先」にヒントがある。それは自分自身で紡ぎ出すしかない。小さな頃に教わった基本がそのままでは通用しないように、 「その一歩先」は自分で思い悩み考えて生み出すしかないのである。