決定版!調達購買視点での交渉論(牧野直哉)
<調達購買部門における交渉の基本>
1.調達購買部門で実施する交渉のポイント
①交渉の定義
今回のシリーズで述べる交渉の「定義」です。調達・購買部門(バイヤー)にとって「交渉」は、
「サプライヤーとの取引全般に際して発生する紛争や対立を、自分(自社)にとって有利な結論へ導くための話し合い」
とします。シンプルに「話し合い」と考えても良いと思います。これから、話し合いの前、話し合いそのもの、話し合いの後におこなうべき具体的な行動と考え方を、調達・購買部門目線でのべてゆきます。
②調達購買部門が交渉前に判断するポイント
バイヤーは交渉相手であるサプライヤーについて、いろいろな側面から理解をしなければなりません。交渉前にまず理解すべきポイントとして、サプライヤーが売りたがっているのか、それとも自社(バイヤー企業)が買いたがっているのかについて判断します。サプライヤーの「売りたい」意志が強い場合は、自社(バイヤー企業)の意向が受け入れられやすくなり、逆に自社(バイヤー企業)の「買いたい」意向が強い場合は、サプライヤーから提示される条件によって、厳しい交渉を想定しなければなりません。この理解には、二つの狙いがあります。
一つ目は、交渉の「起点」の明確化です。これからおこなう交渉の戦略を検討するために、売りたがっているのか買いたがっているのかの明確化は不可欠です。この判断によって、準備方法も大きく異なります。二つ目は売りたい/買いたいと双方が持つ意志の背景は、それぞれの弱点が潜んでいます。したがって、漫然と売りたい/買いたいを判断するのではなく、そう判断するに至った根拠、理由を明確にします。サプライヤーが「売りたがっている」場合は、サプライヤー側に交渉上の弱点があり、自社(バイヤー企業)が「買いたがっている」場合は、自社(バイヤー企業)側に交渉上の弱点があるのです。これから交渉を進める際に、双方が持つ「弱点」への対応が、交渉の成否を左右します。基本的な戦略として、相手(サプライヤー)の弱点は徹底的に利用して、自社(バイヤー企業)に有利な条件を導く「材料」とします。一方で自社(バイヤー企業)の弱点は隠して、サプライヤーの材料にさせない対応が必要です。
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ここでサプライヤマネジメント観点での「交渉」を考えてみます。サプライヤマネジメント実践の目的の一つに、自社(バイヤー企業)の有利な状態での交渉実践があります。上の図でもサプライヤーの売りたい意志が強いと、より交渉を有利に進めやすくなります。まさにサプライヤーに「弱点」が存在する状態です。また自社(バイヤー企業)が買いたい場合でも、対象サプライヤーとの関係をたんなる売買の関係に留めずに、開発や企画段階から強固な関係をサプライヤマネジメントを通じて実現すれば、自社(バイヤー企業)の弱点を隠す=カバーできます。さらに交渉がもっとも機能する状態を考えます。どのような状態が交渉実践には好ましいでしょうか。自社(バイヤー企業)とサプライヤーとの関係がフラットで、双方に同じ程度の弱点があるケースが、もっとも交渉結果による影響が大きくなります。交渉をおこなう前に、自社(バイヤー企業)の劣勢が明らかになった場合は、サプライヤマネジメントを通じて不利な状況に「蓋(ふた)」をしなければならないのです。
③交渉相手の理解
交渉時に理解しなければならないポイントは三つあります。
1)企業、法人レベルの理解
情報ソースは、会社案内や決算報告書、事業計画書、サプライヤーからの聴取内容です。サプライヤーがどのような経営方針や戦略を持っているのか。サプライヤーの持つ経営方針や戦略と、自社(バイヤー企業)のそれが、同じ方向を目指すのか、違いはどの程度かといった点を理解します。また自社(バイヤー企業)が購入する対象が、サプライヤーの社内でどんな位置付けなのかも重要な情報です。サプライヤーの主力商品なのか、それともお荷物なのか。これから成長を期待しているのか。分類方法としてはPPM(Product Portfolio Management)といった分析手法とサプライヤー担当者からのリアリング内容によって判断します。
(2)事業部、部、課、担当者レベルの理解
これはサプライヤーの自社(バイヤー企業)としての価値を判断します。価値は、サプライヤーの売上げに占める自社(バイヤー企業)の売上げの割合で判断します。サプライヤーの企業全体の売上げを母数とするのでなく、サプライヤー担当者の所属セクション、あるいは営業パーソンの売上げに占める割合を確認します。企業レベルでは僅かな金額でも、部署あるいは担当者レベルでの割合が高い場合は、サプライヤーへ影響力が行使できる可能性が高くなります。これは上記(1)を合わせ確認して、サプライヤー、サプライヤー内の事業や担当者レベルでの自社(バイヤー企業)の重要度を確認します。なお、部署あるいは担当者レベルでの売上げが、それぞれの全体の10%を超える場合は、無視できないレベルに。30%を超えると確実に大きな影響力を行使できます。
(3)交渉相手の人としての理解
最後に、サプライヤーの誰と交渉するのかと確認したうえで、交渉相手の性格や行動様式を確認します。例えば交渉相手が時間を注いでいる趣味があるのであれば、そういった話を交渉の冒頭に持ちだします。強気なのか、弱気なのか。実直なのか、いいかげんか。サプライヤー社内での人望、影響力があるのかどうか。これは、自社(バイヤー企業)の調達・購買部門の担当者のヒアリング能力、人間観察能力を駆使して、理解します。
(つづく)