CSR調達 第二回(牧野直哉)
前回は、CSRの重要性と、CSR調達について「世間」を使って表現してみました。今回は、CSRが企業の調達購買活動との関連性によって、「世間」で大きな問題となった事例について述べます。
2.CSR調達喪失の機器と対応実践例
(1)スポーツ用品メーカー
皆さんもよくご存知の「NIKE(ナイキ)」です。ナイキは、自社工場を持たずに、企画・開発・販売活動(含む広告宣伝)に特化したファブレス企業です。ナイキが最初にシューズを生産した国は日本でした。その後、韓国や他のアジア諸国のサプライヤで自社製品を生産していました。
1980年代の後半から、ナイキ製品を生産する工場における児童労働が報じられていました。しかし、ナイキは「生産委託先工場の責任」として、問題解決に取り組みません。そんな姿勢が大きく問われる事態が1996年に発生します。
アメリカの雑誌「LIFE」に一枚の写真( http://business.nmsu.edu/~dboje/images/nike_child_labor_big.jpg )が掲載されます。ナイキのシンボルであるスウッシュマークの入ったサッカーボールを少年が縫い合わせる写真です。当時の報道から、写真の少年が12歳と明らかになります。これによって、マスコミだけではなく、NGOのナイキによる児童労働の実態解明に拍車がかかります。
翌1997年、NGOによって、ベトナムや他の東南アジアに所在するナイキのサプライヤにおける、児童労働、低賃金労働、長時間労働、セクシャルハラスメント、強制労働の存在が明らかになります。この影響は、ナイキ製品の不買運動へと発展し、1998年第三四半期に、前年度対比で売上が69%減少する事態に追い込まれます。
以降、ナイキは企業活動における環境や安全衛生、健康管理を重視する姿勢を打ち出します。現在では、ナイキ社の調達購買/サプライチェーン活動を、以下の通りホームページで公開しています。
MANUFACTURING http://www.nikeinc.com/pages/manufacturing
世界の発注企業や監査結果、すべてではありませんがサプライヤの連絡先まで公開しています。
また、昨年4月にバングラデシュで発生したビル倒壊事故に関連して、次のページでは、明確に事故の起こったビルにおけるナイキ製品の生産を否定し、ナイキのバングラデシュにおける活動を報告しています。このページの記載内容と、問題発生当初のナイキの「自社の問題ではない」との対応の違いには、10年以上の継続的な取り組みがあったのです。
http://www.nikeresponsibility.com/report/content/chapter/manufacturing#topic-extending-our-focus
(2)IT機器メーカー
これはAppleを例にします。昨年、Apple製品を生産するFoxconnの工場で、自殺が相次いで発生していると伝えられました。実際には、日本の自殺者の方がよっぽど多いので、ナイキのような売上減少には至っていません。しかし、ナイキと同じようにファブレスであるAppleは、サプライヤ管理をCSRを強く意識しておこなっています。
Appleのサプライヤマネジメントは、この有料マガジンでもなんどかご紹介しました。この「サプライヤー責任」と題されたページ( https://www.apple.com/jp/supplier-responsibility/ )をご参照ください。調達購買部門の活動で、サプライヤマネジメントに関しては、ほぼプロセスを公開しています。
この2社のCSR調達の実践に際して共通しているポイントは、ナイキの対応当初の姿勢でもある「サプライヤの責任であって、自社(発注元)の責任ではない」を、全面的に否定している点です。Appleでも、明確に「サプライヤに立ち入ります」と宣言していますし、ナイキも自社とは全く関係ないバングラデシュの事件に言及しています。
ナイキの例では、本社所在地である米国の法令は遵守していたでしょう。そして、海外サプライヤへの発注に際して締結する契約書にも、企業所在地における法令遵守を明記し、サプライヤには課していたでしょう。それで法令遵守している企業姿勢は貫けたかもしれません。しかし、先に紹介した児童労働の証拠写真のインパクトによって、自社で法令は遵守していても、ブランドイメージの失墜と、売上減少は防げなかったのです。
CSRは、日本と欧米では、企業の置かれた状況も異なります。しかし、ナイキの児童労働が顕在化しつつあったタイミングでの「生産委託工場の責任」とのスタンスから、NGOに代表される新たな力によって、それでは済まされなくなったとの経緯は、日本企業にも多くの教訓が得られます。次回からは、CSR調達に必要な具体的な取り組みをお伝えします。
(つづく)