編集者との争い(坂口孝則)

先日、某雑誌(MONOQLO)から執筆依頼があった。それは、読者からの悩みを解決して欲しい、ということで、このようなメールだった。

「休みの実家への帰省がつらいです。妻は北海道、私は名古屋で両方を回るとお金も時間もかかって休みが潰れてしまいます。帰省しないと親戚づきあいに支障がでるので、坂口さんに良い答えを教えて欲しいです(38歳の主婦)」

私は??と思った。だって、38歳の主婦なのに、「妻は北海道」と表現するだろうか? でも、急ぎの執筆依頼だったので、次のように書いた。おそらく、雑誌側の転記ミスと私は考えた。

■初回の原稿■

編集部から送られてきた読者のご相談にお答えします。まず、文面を見る限り、あなたが主婦で、さらに妻もいらっしゃるわけで、かなり複雑な夫婦であるとお察しします。そのような複雑なご事情ゆえに、親戚づきあいに支障があるのでしょうか。私は極端なリベラリストですのでなんら違和感を抱きません。が、保守的な地方では、まだ差別的視線が注がれるのでしょう。すみません。あと10年ほど日本の進歩をお待ちください。

また、このご相談を私に転送してきた木村編集長が、危険ドラッグの誌上テスト中に誤記した可能性もあります。聖域なく商品をテストするMONOQLOでは、次々号でどの危険ドラッグがもっともキマるか特集を組む予定ですが(私は反対しました)、編集長なりのご苦労があるのだと思います。そこで通常のご夫婦の問題として以下、ご回答します。

まず、自分を洗脳しましょう。帰省を嫌がる夫婦は死ぬ、と。私たち夫婦は年に何度もただただ帰省し(佐賀県と富山県)、おたがいの両親に迷惑をかけるようにしています。両親とは負担をかけられるほど長生きすると聞いたゆえです。帰省しなければ両親は早死するので、そんな親不孝な夫婦もやはり死にます。死ぬのは、100年後かもしれませんが。

負担といっても、実家の風呂場でシャワーを浴びながらおしっこをしろ、とかそういうレベルの話ではありません。しかし、そういえば、かつてキリストは石をぶつけられている売春婦を擁護し「罪のない者だけが彼女に石を投げろ」といいましたが、風呂場のおしっこを批判できる男性は、聖人か嘘つきだけでしょう。

話を戻します。親に負担をかけつつ、帰省自体を楽しむよう工夫します。そのため、帰省日を事前に伝えるのはご法度です。年末を迎えると、実家の両親は極度な緊張感のなかあなたを待ちます。突然、暗くなる室内。「いよいよ来たかッ(さいとうたかを風)」と天井を見つめる父。「ああ……(上村一夫風)」と崩れる母。鳴り響く銃声と怒号、飛び交う閃光――。「ぬおおお(由起賢二風)」と叫ぶ父。電球がひとつ輝き、気づくとそこには一枚の紙。「帰省と奇声」。振り返ると、あなたがた夫婦が両親をケンシロウのごとく凝視しています(原哲夫風)。しばしの静寂――。

「あけまして」と父、「おめでとう」と息子。「ハッピー」と母、「ニューイヤー」と嫁。泣き崩れながら、四人は抱き合い、テレビで新春かくし芸大会がはじまる――。ここまでやってこそ味わいのある奇声、いや帰省といえるのです

■するとどうなったか■

おわかりのとおり、上記の赤字はすべて私の妄想です。でも、面白いかな、と思ってそのまま送付しました。それなりに面白くないですか? 笑えませんかね? すると、木村編集長より、土下座ばりの電話がありました。「誤記です。すみません。38歳自営業です。書き直しお願いします」とおっしゃるので、「じゃあ、原稿料を倍にしてくれ」といったら「わかりました」だって(笑)。

ということで書きなおしたのが次のものです。こうやってメディアから過激表現がなくなるのですね。それは良いとして、このように書きなおしたと把握いただければ幸いです。

■次の原稿■

編集部から送られてきた読者のご相談にお答えします。文面を見る限り、私と似ているようです。私は自営業者ではないものの独立しており、妻は会社員のため世間一般とおなじスケジュールでしか休みがとれません。しかも現在東京在住の二人の実家は佐賀県と富山県にあります。私は異常なドラえもん好きで、藤子不二雄両先生のご出身は富山県です。したがって富山県出身の女性と結婚すれば、趣味と実益を兼ね帰省できると思いました。ここに私の戦略性の高さがあります。

くわえて重要なのは、自己洗脳です。帰省を嫌がる夫婦は死ぬ、と。私たち夫婦は年に何度も帰省し、おたがいの両親に迷惑をかけるようにしています。両親とは子から負担をかけられるほど長生きすると聞いたゆえです。帰省しなければ両親は早死するので、そんな親不孝な夫婦もやはり死にます。死ぬのは、100年後かもしれませんが。

負担といっても、実家の風呂場でシャワーを浴びながらおしっこをしろ、とかそういうレベルの話ではありません。しかし、そういえば、かつてキリストは石をぶつけられている売春婦を擁護し「罪のない者だけが彼女に石を投げろ」といいましたが、風呂場のおしっこを批判できる男性は、聖人か嘘つきだけでしょう。

話を戻します。親に負担をかけつつ、帰省自体を楽しむよう工夫します。そのため、帰省日を事前に伝えるのはご法度です。年末を迎えると、実家のご両親は極度な緊張感のなかあなたを待ちます。突然、暗くなる室内。「いよいよ来たかッ(さいとうたかを風)」と立ち上がり天井を見つめる父。勝新太郎の傑作映画「兵隊やくざ」のテーマ曲が流れます。「ああ……(上村一夫風)」と崩れる母。鳴り響く銃声と怒号、飛び交う閃光――。「ぬおおお(由起賢二風)」と斬りかかる刺客、そして倒れる父(名優の福本清三風)。

するとひとつの電球が点灯。父が目を覚まし、気づくとそこには一枚の紙。「帰省と奇声」。振り返ると、あなたがた夫婦が両親をケンシロウのごとく凝視しています(原哲夫風)。しばしの静寂。「なんだい、さっきの騒ぎは」と素っ頓狂なお隣さんが乱入し(寺内貫太郎風)、その張り詰めた空気に驚愕し立ち止まる――。

突然、その静けさを破り、「あけまして」と父、「おめでとう」と息子。「ハッピー」と母、「ニューイヤー」と嫁。泣き崩れながら、四人は抱き合い、テレビで新春かくし芸大会がはじまる――。ここまでやってこそ味わいのある奇声、いや帰省といえるのです

<了>

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい