特別Q&A(牧野直哉)
Q:お二人の最大の成功体験と、最大の失敗経験を教えてください(2013年9月21日セミナーの質問より)
A:今回は100号記念として、ご回答するにはなかなか悩ましいご質問にトライします。私の約20年近い調達購買部門での業務を通じた成功事例。正直に申し上げれば「成功事例」と言われても記憶にありません。そもそも調達購買部門における「成功」とは何なのかを考えてみました。
調達購買部門では、購入要求部門の希望するモノやサービスを、バイヤー企業として希望する時期に、希望する適正な価格で購入するのが責務です。しかし、これは日常的に多く達成しています。したがって一般的な調達購買部門では、日々「成功」が積み重ねられています。しかし、今回はそのような日常的な成功でなく、私のバイヤー人生で記憶に残っている「成功」と言える取り組みをご紹介します。
【成功事例】競合企業の重要サプライヤーとの取引開始
重要なサプライヤーが、自社の販売市場における競合企業とも取引を行なっているのは、決してめずらしい事例ではありません。特にサプライヤーが大手企業であれば、手広くビジネスを展開しているはずです。しかし、会社数が限られる業界で、競合企業と太いパイプで繋がっているサプライヤーを新規サプライヤーとして採用したのは、その経緯を含めて非常に印象深く私の心に刻み込まれています。実はこのサプライヤー、私の経験した痛い失敗事例にも登場するサプライヤーでもあります。サプライヤーとして見つけ出し、発注を開始して、最終的には取引関係を解消するまでをご紹介します。
1. サプライヤーの基本情報の収集
競合企業の重要サプライヤー、競合企業をA社とし、サプライヤーをB社としましょう。調達購買部門には、B社と同じ競争力を持つサプライヤーの探索が求められていました。しかし、いろいろ調査をしてもB社と同等の能力を持つサプライヤーを見つけられません。忸怩たる思いを抱え、どうせならB社に発注できないか、との思いつきが基点です。さっそく信用調査会社からB社の詳細データを取り寄せました。
競合企業A社との資本関係はありませんでした。しかし、A社からの出向者が1名、そして売上もA社分が過半数を占めていました。同じ製品構成を持つ完成品の中で、2のセグメントにおけるA社の売上からコスト構成を試算すると納得できる数値でした。
入手したデータには、住所や連絡先も記載されていました。普段は日常的におこなっている電話やメールでの問い合わせを、A社との繋がりの程が不明であるため、躊躇していました。取引を申し入れて断わられた場合は、次の発注候補はありません。そこで、入手した文書に加えて、B社の社長に関する情報の収集を試みます。それにはB社の仕入れ先情報が役立ちました。
2.「会いたい!」と口にする重要性
B社、そして競合しているA社と共通するサプライヤーが数社ありました。その数社へ「B社ってどんな会社?」と、ヒアリングをしてみました。そしてヒアリングの最後には必ず「なんか魅力的な会社ですね、社長さんに会ってみたいなぁ~」と明言しました。しかし、どのサプライヤーの担当者からも「A社との商売がありますからね~」と、言外に会うのは難しいのではとの回答でした。私も難しいと感じていたのは事実で、そんな言葉でモチベーションが下がりません。私は長期的なスパンで対応しようと決めていました。B社と共通した数社のサプライヤーには、以降面談の度にB社に関する話を持ち出していました。
「会いたい人がいる場合「××さんに会いたい」と言葉にすると会える」
こんな内容を何度か本で読みました。これは事実ですね。自分は知らなくても、「会いたい!」との意志を聞いた人が、自分の会いたい人に出会うかもしれませんしね。他人に自分の意志を伝えれば会える可能性は確実に高まります。人との出会いだけでなく、自分が興味を持っている事柄を話してみると、詳しい人を紹介してもらえたりします。調達購買部門で仕事をするバイヤーであれば、社外の人と話をする機会も多いはずです。そんな機会を利用しないのは「もったいない!」のです。
3.「アポ無し訪問」に対応する理由
あるバイヤーの集いで、サプライヤー担当者のアポ無し訪問への対応が話題になりました。明確に対応するかしないかが別れました。私は比較的対応します。長い時間でなく、調整が可能であればできるだけアポ無しでも会うようにしていました。この考え方は、こんな経験によって、より強い思いとなったのです。
B社にも納入している共通のサプライヤー、C社としましょう。C社は、当時の私が担当するサプライヤーの中で、もっとも購入金額も大きな重要サプライヤーでした。月に一度、C社の生産管理の担当者と定例で納入スケジュール管理の打ち合わせを開催していました。当然、毎回あからじめアポイントを取得して行ないます。しかしある日、突然の来訪を受けました。「何かあったのか、納期遅れ?それとも不具合?」と慌てて対応すると、いつもは1人なのにその時は3名。2名の方に面識はありません。誰だろう?と思いつつ、私は名刺を出しました。名刺交換をした相手は、会いたかったB社の社長と営業部門の責任者でした。私はあわてて空いている応接室を探し場所を移りました(かなり現金です)。そして自社の工場紹介をおこなって、実際に工場も見学してもらいました。過去におこなったヒアリングで、社長は技術者であるとの情報を得ていましたので、できるだけ詳しく工場を紹介しました。工場見学を終えて次回は私が具体的なビジネスの可能性を模索するためにB社への訪問が決まりました。
この話を「成功」と位置づけている理由は、私がB社を訪問する際に起きた出来事によります。私はB社の突然の訪問、そして次回はB社を訪問する旨を社内の関係者に展開しました。すると、関連部門から合計7名の参加希望があり、私を含めて合計8名での出張となりました。私が担当していた業界では、新進気鋭で業界を席巻する勢いを感じる企業であるために、社内的にも大きな注目を得ていたのです。私は強い社内のニーズを感じ、実現へ歩みだせたことを、とても嬉しく感じていました。
B社の企業データを取り寄せてから、1年余りが経過してB社への訪問を実現させました。私が新しいサプライヤーを開拓するときに重要視する点、それはサプライヤー側のQCDの管理能力はもちろん、新しいビジネスへのやる気、モチベーションの強さです。時には「買わせて頂く」立場での購買をしなければなりません。しかし、できるだけそういった立場での購買は避けたいのが本音です。今回ご紹介した内容でも、私がもっとも気にしていた点は、B社にビジネスを行なう意志があるかどうかでした。こちらから連絡する、あるいは押しかけて話をするよりも、まずB社の側から意志を持ってコンタクトしてくるかどうかによってモチベーションの有無の確認が有効な手段と考えていました。当然、訪問を受けてからビジネスの話をしますので、この段階ではまったく交渉をおこなっていません。しかし、バイヤー企業から「売ってくれ」と言った場合と、サプライヤーから「買ってくれ」といった場合、話の基点がどちらであったかによって、その後の交渉には大きく影響します。窓口にコンタクトして、見積入手したけど、まったく競争力のない見積だった、あ~残念!では済ませられないと感じていたのです。