「話すという仕事」パート1(坂口孝則)

・1時間10万円のお仕事

ぼくは本を23冊ほど出版している。本を出しはじめ、講演に呼ばれるようになった。誰かの話を聞きたい、少なくとも講演会を企画したいひとがこれほどいる事実に驚いた。

「予算がほとんどありません」と、ぼくの初回講演を依頼したひとは、申し訳なさそうにいった。「いくらですか」と訊くと、「10万円です」と。時給10万円の仕事だった。

その後、ぼくはこの時給10万円仕事が、準備や前後の拘束を考えると、それほど魅力的ではないとわかった。ぼくのようにたまにメディアに出て本も出している人間であれば、1時間10~40万円が報酬の幅だろう。いつもテレビに出ている文化人だな、と思ったら100万円。誰もが知っているビジネス界の大御所であれば200万円。これが複数の講演プロデュース会社と話した相場だ。

遠隔地であれば、実質上その仕事しかできなくなるし、講演の前は他の業務が手につかない。病気はできないのでふだん以上に健康に気をつかう必要がある。一つの目安だけれど、一回の講演(数時間の拘束)で20万円ほどが適当ではないかとぼくは思う。

しかし、同じテーマを売り返し語る講演家にとっては、むしろ手っ取り早く稼ぐ手段ともなりうる。あるセミナー会社に呼ばれて、ぼくは講演の打ち合わせをしていた。一日どこかで話して20万円なら、年間100回をこなせば年収2000万円ですね。そういうぼくに担当者は遠くを指差して、「あの先生がそうですよ」と教えてくれた。さっぱりとはしているけれど、地味で落ち着いた平凡な紳士。話し方講座の先生で、まさに年間100回以上の講演を繰り返しているらしい。「著名人でない限り、この仕事では年収2000~3000万円が上限ですね」とも。

ぼくはそのとき驚いた自分を覚えている。だって、年収3000万円といったら上場企業の役員クラスでももらっていない。高層ビルのなかでかっこいいスーツを着て英語でペラペラとプレゼンテーションしているビジネスマンが高給取りだと、ぼくは思っていた。しかし、講演っていう仕事のほうが儲かるんだ。しかも、誰もが知っているひとでもない。

ただし、ぼくは本を出したときに「講演だけで食っていこうと思ったら、文章の質が落ちますよ」ともいわれた。ようするに、本を一冊書くよりも、2、3回どこかで話したほうが儲かるからとつづけていれば、その人自身のコンテンツが薄くなり、文章力も落ち、次なる本が出せなくなる。そんなアドバイスだった。

著者仲間によっては、事務所に所属してガンガン売り込んでいるひともいる。ぼくも幾度となく勧められた。しかし、ぼくは積極的にみずから講演を営業せず、依頼されたときにやる程度。本はかならず自分自身で書き、ライターを使っていない。

そこで、こう考えた。たしかに講演だけで稼ぎ続けるのは、自分の成長を考えてもあまりよろしくない。でも、講演をうまくやる価値はある。すくなくとも、どうすれば講演をうまくできるか研究する価値はある。収入源の一部にすればいい。

では、どうやったら面白いといわれる講演ができるんだろう。本を出してすぐ、ぼくのなかでテーマとして固まった。

文章や資料とちがって、講演はまさにその場に誰かがいてくれなきゃならない。ただ、講演の練習をしたいから集まってください、と呼びかけても面白くない。スキル習得の肝要は、お金を払って学ぶのではなく、お金をもらって学ぶ工夫にある。かつ、講演の中身も、日々ちゃんとブラッシュアップし続けたい。

そこでぼくは「私塾」をつくった。月に一度の就業後、若手向けに調達・購買の内容を講演する塾だ。有志を募って講師を5人集めた。毎回3人の講師が講演する。それで、アンケート結果のもっともよかった講師一人のみが翌月も講演し、残り二人が入れ替わる。好評を博した講師はずっと講演をつづける。このスタイルを「少年ジャンプ方式」とぼくたちは呼んでいる。そこでは、講師のキャリアや勤務企業などは、まったく関係がない。純粋に、聴講者からの得票のみを重視する。

講師にとっては酷だけれど、この仕組みなら講演内容も時代の鮮度を保ち続けなければいけないし、同時に伝え方を自問しつづけなければいけない。壮大な練習場になる。
もう50回弱も開催していて、いつも満員御礼だ。ぼくが必ずしも勝ち続けているわけではない。負けるときも多い。でも、そんなときにもどんな講演が良くて、どんな講演だったらダメなのかぼくなりに分析してきた。また、その場を借りてさまざまなテストも行った。そして私塾の場を使った試行錯誤の結果と学びを、外の場でおこなう講演に反映している。

実はぼくが主宰する私塾で「少年ジャンプ方式」を講師に提案したところ、「お客に媚び売る講師が勝ち残るのではないか」「笑わせただけの講師が高評価なのではないか」といった懸念が呈された。しかし、実際やってみれば杞憂に終わった。もちろん、中身が同じであればお客を笑わせた講師が優位だろう。ただ、お客はそれほどバカではない。高評価の講師は内容に気づきがあり、伝え方も良いひとたちだった。

1時間10万円の価値のある講演は、やはりそれなりで、かつ「型」もある。

もちろん1時間10万円といったギャラが発生するかどうかは別に、いまではビジネスマンなら人前に立って話す機会は多いだろう。また、読者のなかには独立して話す仕事で食っていきたいひともいるかもしれない。話して食うほど素敵な仕事はない、とまでいったひともいる。たしかに、話すことを一つの収入源にできれば、人生の愉悦にもなるだろう。

<つづく>

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