調達・購買担当者の意識改革ステップ・パート1「開発購買」(坂口孝則)

・開発購買と意識改革

解説:開発購買とは、製品の企画・設計段階から調達・購買部員が関わり、QCD等に優れたモノを創り上げる活動です。設計・開発部門が決めた仕様をもとに、サプライヤとコストを交渉するだけではなく、製品コンセプト・技術・仕様を含め社内に提案活動を行います。設計・開発部門とともに目標原価達成に向け協業し、全社の利益確保を実現していきます。

多くの企業では、
①設計・開発部門と調達・購買部門のチーム化
②ITやシステムの活用
③調達・購買部門によるサプライヤ決定権行使の徹底化などのルール・仕組み化
などによって開発購買を推進しています。

しかし、失念してはならないのは、そのような会社としての手法にだけ頼ることなく、一人ひとりの調達・購買担当者が積極的に上流に対して働きかけることです。

意識改革のために:

「調達側の都合なんて知りませんよ」。何度、こういわれて会議室から戻ってきたことでしょうか。20代の前半でした。

参加者ぶんの見積りコピーを用意。調達戦略なる立派なものもプリントアウトしておきました。新製品のサプライヤ決定会議がはじまるなり、「では、A社で良いですよね」と設計リーダーがひとこと。「いや、見積りはB社が安価です」と述べる私の意見はけっして通りませんでした。「価格だけじゃないからねえ」「もうA社で基本設計しているし」。そんな……、と私は調達戦略を語ろうとするものの、彼の「調達側の都合なんて知りませんよ」がすべての発言をとめました。生産、品質、企画部門は頷くだけです。

「何が開発購買会議だ、ばかやろう」。かつて、調達・購買部門は、設計・開発部門から流れてきた伝票を右から左に処理するだけだった、と歴史は語ります。ただ、多くの企業は調達・購買部門に積極的な意味をもたせようとしています。10年以上前でも、巷間に流行っていた「開発購買」の言葉通り、設計・開発部門と調達・購買部門の会議をさかんに開催していました。しかし、実態は会議の参加者が増えただけで、何ら仕事に変化はなかったのですよね。

もちろん、調達・購買部門トップも何もしなかったわけではありません。さきほどの会議開催に加えて、システムを利用したもの、設計・開発部門に対して調達講習会を実施していました。調達講習会とは、すなわち、サプライヤを決定するのは調達・購買部門だから勝手に決めるなよ、と伝えるものです。とはいっても設計・開発部門がそれを聞くはずもありません。これは、設計・開発担当者が悪いのではなく、仕方がないことでした。

当時の設計・開発者の本音はこの三つでした。「調達・購買部員は製品・技術に詳しくないじゃないか」「調達・購買部門が企画・設計段階に参加してどんなメリットがあるかわからない」「調達・購買担当者が提供する情報が古すぎる」。いわれてみればその通りで、有効な反論がありませんでした。

縁の下の力持ちとはいいようで、調達・購買部門は社内下請にすぎないケースがほとんどです。虐げられた社員の特徴か、若手社員で「私たちは何のために仕事をしているのか」「設計者の言いなりになっているだけか」「とはいえ、設計部門はもうちょっとこっちの意見を聞いてくれたっていいじゃないか」と愚痴を交換するばかりでした。

当時、私は所属する課長と酒を飲んでは、甘ったれた不平不満をぶつけていたのです。最初は笑いながら聞いてくれていた長崎出身の課長は、ある日、私をたしなめました。「仕事の意味とかば、考えてわかるはずなかろうが」。そうでしょうか。でも、仕事がつまらないんです。「それなら誰かば助けたらよかろ」。

そのときは納得いかない私。しかし、このささやかな一言がずっと心に残り続けていました。いまならよくわかるのは、それぞれの仕事には目標があるものの、仕事そのものの意味などあるはずがない真実です。そして、意味など考える時間があったら、仕事でふれあう身近なひとを喜ばせるべきです。

社内に調達・購買部門の意見を浸透させようとする場合、あまりに上手くいきません。そんなとき、調達・購買担当者は、つねに「設計部門はもうちょっとこっちの意見を聞いてくれたっていいじゃないか」と思いがちです。「なぜ、こうしてくれないのか」「どうやったら興味をもってくれるのか」「どうやったら信頼してくれるのか」。どこまでいっても、相手が何かをしてくれることだけを考えがちです。

しかし、発想を転換せねばなりません。話を聞いてくれないから、調達が役立てないのではなく、調達が役立たないから、話を聞いてもくれず興味をもってもくれないのです。「必死に相手の役立つことをやろう。自分だけでも、設計・開発部門を喜ばせてみよう」と思いましょう。これは精神主義ではありません。単にこっちのほうが、仕事が楽しいからです。楽しいことがあるからそれをやるのではありません。やっているうちに楽しいと勘違いできるからです。

・私が開発購買のためにやった三つのこと

一つ目。私は同じく課長に相談しました。「『原低月報』っていうのを出そうと思うんですが、課の名前で配布して良いですか」。答えは、「好きにやったらよかさ」。課長は微笑したように見えました。

「原低」とは当時の会社で「原価低減」のこと。「コスト削減月報」とでもいえるでしょうか。その一ヶ月でサプライヤと会って知ったこと、展示会等で知ったこと、あるいは他部門でのコスト削減実績等々を、A4一枚でまとめPDFにして送付しました。機密情報があるため、さすがに当時の月報をお見せすることはできません。ただ、最初は少なかった読者も、何ヶ月か続けているうちに、「俺にも送ってくれ」と多くの設計者から申し込みがありました。

役立つのが目的です。読んでもらう必要がありました。この発想の転換がいまだに活きています。楽しませ、笑わせるコーナーも作ろうと思い、「この一ヶ月で聞いた愛すべき暴言たち」とタイトルをつけ、同じくその一ヶ月で聞いた営業マンの名言集を集めました。<「そんな安くしろってんだったら、今すぐ決めますよ。御社に納入明日から止めてやるか、どうかってことを」(○○商事○○様の発言~価格交渉の席にて)*カルシウムが足りないようです>。

これは高額システムとは一切の関係がありません。パソコンとワードと、そして意識があれば大丈夫です。この月報を出し始めると、設計者からの問い合わせが多くなりました。「こういうのは役立つ、参考になる」と褒められたのは一度や二度ではありません。設計の部門と部門も橋渡しでき、たったこれだけで社内の有名人となりました。

二つ目。次に、課にかかってきた電話はすべて対応すると決めました。設計・開発部門からかかってくる電話は、もちろん高度なものもあります。ただ、多くは「部品の社内管理コード教えてくれ」とか「在庫数を教えてくれ」とか、その程度です。その調達担当者がいないからといって、待たせるのは「設計・開発部門を喜ばせ」る目的に反しています。

私は電話がかかってきたら、代わりに調べてあげ、電話を切るときには「もし同様の困りごとがあり、担当者がいなかったら私に電話してください」と伝えました。重ねていると、いつのまにか私を指名する電話がたくさんかかってくるようになりました。ときには調達担当者が席にいるのに私にかかってきたため、いつの間にか設計情報のほとんどを図らずも知ってしまったのです。そのうち、調査製品の在庫がなかった場合も、類似品の在庫を教えてあげるレベルになりました。これは越権行為です。反省がないとはいいません。ただし、開発購買とはこのレベルから始まるのではないかとすら思うのです。

またこれが不思議なのですが、疲労がたまっていたかというと、事実は逆で、妙な高揚感が私を包んでいたのを忘れられません。

三つ目。勝手に情報をオープンにしました。それまで、調達戦略というものは、限られた関係者のみで合意し実行されるものとされていました。しかし、考えるほどわからない。調達部門だけで決めた戦略など、マスターベーションにすぎません。それをいきなり見せられて「調達戦略だから合意せよ」といわれたって合意しませんよね。私は、自分の品目の戦略を公開し、そして設計者に見せ、意見を聞きました。自分の考えが至らぬところは版を改定していきました。

大げさにいえば、これはオープンソース的な戦略構築といえます。つまり、調達部門が考えぬいた戦略を構築するのではなく、β版(未完成版)の段階でも公開し、多くの叡智によってブラッシュアップする方法です。昨今の商品開発でも、多数の意見を聞き、商品改善に役立てる手法があります。対象物の洗練を考えるのではなく、洗練させる方法を考える。そうすると、自分だけの思考ではなく、全社の思考を活用する必要があります。

戦略をオープンにすると、設計者からのコメントが相次ぎました。「こうすればいい」「こうしなきゃ使える戦略じゃない」……異常なほど七面倒臭い作業だったものの、設計・開発者に当事者意識を抱かせたのが成功でした。加えるならば、彼らと面倒な修正作業を覚悟できなければ、そもそも実効性のある戦略などありえません。

・開発購買を経て私が得たこと

「誰かば助けたらよかろ」。この課長の発言は思いつきではありませんでした。むしろ、本人の人生的含蓄のなかから紡ぎだされたものでした。自分を満足させるのではなく、他人を満足させる。これが開発購買の肝要だったとは、徹底して考えぬかれたものゆえの単純さがあります。

前述の私流「開発購買」後日談がありました。

当時、某大型開発案件があり、いよいよ発注の段階。SAP R3(ERP)というシステムを使っていました。このシステムでは、設計者が発注時に品目を入力すると、その品目調達担当者が表示されます。当時は50人ほどの調達担当者がおり、品目毎にその50人に割り振られるはずでした。

それが、システムエラーですべて私になってしまいました。

非常に迷惑でした。私の担当となってしまっているものを、私とアシスタントが50人に振り直すのです。朝、会社に行くと、その作業を重ねていました。

もう限界だと思い、調達部門のなかの企画課に苦情を伝え、システム改修を依頼するしかなかったのです。そして、設計部門と対応を協議してもらいました。

これで煩雑な業務から解放されるのか……。

しかし、そうはなりませんでした。設計部門との会議から帰ってきた企画課の先輩は「システムエラーじゃなかったぞ」と私に伝えました。さらに微笑すらしています。「でも、良かったじゃないか」と。意味のわからない私に先輩は「なんでも設計者たちが、お前に発注してほしいって望んでいるみたいよ。だから手動で、全部お前の名前に設定したみたいだぞ」といいました。

混乱して、もっとわからない私に先輩は「なんだか、えらく信頼されているな、お前は」と笑いました。「あいつしかいないって」。私はなんと反応して良いかわからず、「そんなことないですよ。いやいや、迷惑なくらいですよ」と照れ隠しから思いもしない発言で返すしかありませんでした。

ほんとうは、心のなかでは泣きだしてしまいそうだったのです。

「でも、次からの発注は正しい担当者に飛ぶから安心しろ」。私は声にならず、無言で頷くだけでした。そっと袖で顔を拭きました。先輩が消えると、走ってトイレに行って、そしてしばらくして、ゆっくりと笑いました。
そして、また涙が出てきました。

幼稚すぎて、ばかみたいな話です。この話は他人のこととして述べたことがあります。実は情けないことに、自分自身の話だったのですね、実は。

しかし、「なぜ、こうしてくれないのか」「どうやったら興味をもってくれるのか」「どうやったら信頼してくれるのか」と述べるのは簡単です。また、調達部門のトップに対する不満を述べるも簡単でしょう。「設計が悪い」「部門が悪い」。でも、自分は何もやっていないのです。調達部門全体を変えるのは難しく、他部門を変えるのはもっと難しい。ならばできるのは、私たちの一人ひとりの仕事と意識を変えることです。

そして、そんな調達部員こそ、いつでも、どんなときでも、本気で、そしてほんとうに必要なのです。

<了>

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