ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識が調達・購買を変える

今回も調達・購買の5×5マトリクスを使い、調達・購買スキルや知識を紹介していこう。この連載をお読みの方はおわかりのとおり、私は調達・購買人員に必要なスキルや知識は25に集約されると考えており、その解説を行なっている。

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今回は、「生産・ものづくり・工場の見方」のB「サプライヤ工場把握」だ。

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バイヤーは工場見学によく行く。しかし、その感想はかなり曖昧なものになりがちだ。「なんとなく生産性がよかったです」「なんとなく良さそうな工場でした」「なんとなく改善できそうでした」。どこまでいっても「なんとなく」から離れられない。

バイヤーは、工場見学に向かうとき、ノートとペンぐらいは持っていくだろう。このノートとペンを使って、バイヤーらしく、調達・購買部員らしく、工場の見える化ができないものか。もっと言えば、コスト削減に通じるようなネタが探せないものか。

ここからリーン生産方式に基づく、工場の「見える化」手法について説明していく。以前、このメールマガジンでも紹介した手法をよりブラッシュアップし、詳細に解説していく(図表は微修正ふくめて、すべて作りなおした)。この方法を知っておけば、工場見学のときに視覚的な把握ができるようになり、コスト削減(VA/VE)のネタも探せるようになるだろう。

ここで、まず覚えていただきたい「道具」がある。ノートとペンを持って工場の工程に行くことになるが、その際に四つの「道具」(書き方)を覚えてほしい。そして、これらの道具を使って描く手法を「バリューストリーミングマップ」(あるいは「バリューマップ」)と呼ぶ。

・バリューストリーミングマップを描く

(1)バリューストリーミングマップ四つの道具で工程を記載する

ここから、工場見学時に描くバリューストリーミングマップなるものの四つ道具を説明する。

①工程ボックス

「工程ボックス」は読んでいただいてわかるとおり、工程名称や工程のメモを記載するものだ。

②工程データボックス

「工程データボックス」は、各工程の「サイクルタイム」「段取り時間」等々の各種情報を記載してもらうものだ。

③棚卸ボックス

そして、さきほどの「工程ボックス」「工程データボックス」を書き、それを違う工程間を結ぶものがこの「棚卸ボックス」であり、次の④「流通ボックス」だ。なお、「流通ボックス」は「流通線」と呼んでも構わない。

④流通ボックス

この四つの道具だ。

これをどう使うのだろうか。たとえば、こんな工程があると仮定してほしい。

この工程は、さきほどのたった四つの道具によって、次の図のようにノートに記載される。「棚卸」とは要するに、中間在庫と考えてほしい。あなたは、切断工程とバリ取り工程のあいだに12,000個の中間在庫が、そしてバリ取り工程と溶接工程のあいだに9,000個の中間在庫があることを、工場見学から明らかにしたとしよう。

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いきなり、工程が視覚化してきた。

(2)サイクルタイム(加工時間)とリードタイム(工程リードタイム)を追加する

さらに、このあとに、サイクルタイムとリードタイムを追加しよう。サイクルタイムとは、加工の時間であり、リードタイムとはその工程から次の工程に何日かかって運ばれているかを示すものだ。

ここで、さらに上流と下流の情報を調べてみまよう。「材料の搬入」と「出荷」を加えていく。

書き方の要領は同じだ。材料が何日に一度運ばれてくるか、そして、製品が何日に一度出荷されるかを加えていけばよい。このサンプルでは、材料が10日に一度運ばれており、かつ出荷は4日に一度なされているとしている。そこまで加えると、こうなっていく。

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工場の視覚化がより進んだ。あなたのノートには、上記のような図が出現したはずだ。できれば、実際に手を動かして書いてみてほしい。こうやって視覚化できるという感じをつかんでいただきたい。

さて、ここでいきなり驚きの事実がやってくる。上の図で、「生産リードタイム」というところがある(凸凹の凸のところ)。これを合計すると、19日。それなのに、加工時間はわずか25秒。なんと、この工場は、たった25秒の実質加工時間のものに対して、19日ものリードタイムがかかっている!

工場を視覚化すると、いきなりコスト削減のアイディアが浮かんできそうだ。

・調達・購買担当者のためのサプライヤ工場の「見える化」

さきほど説明したバリューストリーミングマップは、実際にはこのように手書きで作成する。

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かなり汚い手書きの図で恐縮だが、実例を見ていただきたかった。

このように視覚化すると、見えてこないだろうか。改善の萌芽が。そして、コスト低減の案が。私がここから追記した内容は次のとおりだ。

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まず、

① 都度搬入:材料が10日に一度しか運ばれてこない。このサイクルは改善できないか。サプライヤが使っている材料メーカーにお願いして、10日サイクルをもっと短くできれば工程全体が短くなる。

② 稼働率向上:たとえば切断工程は、次工程に製品を渡すまでに3.5日のインターバルを置いている。これはもったいない。縮められないか。稼働率をもっと上げるなどして効率化できないか。

③ 人数の変更:溶接工程では1名で作業しており、時間もかかっている。人数を追加することでサイクルタイムを上げることができないか

④ ロットサイズの変更:それぞれの工程でのロットサイズが大きすぎる。段取りは多くなるものの、少ロット生産によってリードタイム全体の短縮を図ることはできないか。

というアイディアを書いている。

もちろん、これはアイディアに過ぎない。それにバイヤーがぱっと工程を見ただけだから、それは思いつきの域を超えないものかもしれない。100アイディア中、95アイィアは無意味なものである可能性もある。

ただし、その95アイディアが弊履に化したとしても、残り5つのアイディアには使えるものがあるかもしれない。そもそも現場を確認しつつコスト削減のアイディアを見つけるのはたやすいものではない。まず見える化により工程を把握し、そこから「机を叩いて下げる」のではない、現場に即したコスト削減アイディアを模索する。

単純な四つのツールによって、複雑怪奇であった工程が、視覚化されたバリューストリーミングマップとしてあなたの前に現れた。ここから(多くは思いつきかもしれないけれど)、サプライヤ工程の改善を思いつくままに記載していこう。

・既存の工程を肯定することなく

ここからは、さらに工程の具体的な変更方法について述べていこう。まず、ここまでは、目の前の工程を所与のものだとして記述してきた。要するに、前工程から後工程に、モノを「押し付ける」。前工程がこれを作ったから、後工程はこれを作れ、とPUSHする。これを概念的に書くとこうなる。

よく「後工程はお客様だ」という。それは、後工程のことを考えて生産しなさい、という意味がある。ただ、それは言葉だけの精神的な意味にとどまらない。言葉だけではなく、後工程は「ほんとうのお客様」にならなければいけない。

それはどういう意味でしょうか。

1.後工程は「お客様」であるゆえに、必要なものを必要なとき、必要な数量だけ引き取る

2.生産を供給する前工程は、引き取られた分だけを生産する

バイヤーはサプライヤの工場を見るときには、後工程が「ほんとうのお客様」になっているかどうかを確認する必要がある。

前工程と後工程のあいだに、「スーパーマーケット」があると想像してほしい。もちろん、これは概念的な意味だけれど、これを想像するとわかりやすい。

・後工程はお客様だから、好きなときにモノを引き取りに来る。そして受け取る。
・前工程は、後工程が引き取った分だけ、生産する。

そして、このことを後工程引取といい、これがカンバン生産の基本となる。バリューストリーミングマップを書いてもらったのでおわかりいただけると思うが、生産現場では、必要数量以上のものを前工程が生産してしまうので、リードタイムもかかってしまい、ロットサイズが莫大になってしまうことが多い。

ゆえに、発想を逆転する必要がある。前工程からPUSHによって生産するのではなく、後工程からPULLで生産指示を出す。

たとえば、工程が四つあったとする。そのとき、バイヤーが確認すべきは、「どの後工程にあわせて生産していますか」ということだ。前工程からPUSHで生産していたら、ムダな中間在庫がたくさん貯まってしまう。後工程からの指示によって生産していれば、ムダが生じない。

そして、他の前工程の生産ペースを作る(指示する)工程のことを「ペースメーカー」と呼ぶ。

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上記例では、工程4がペースメーカーとして設定されている。ペースメーカーは最大のお客様だ。お客様が好きなときに好きなだけ取りにくる。それに工程3は従う。そして、工程2、1と続く。

こうすれば、工程4が出荷したい時期に、出荷したい数量を手に入れることができる。

1.工程4を「ペースメーカー」として設定
2.それより前の工程は、それぞれペースメーカーからの指示に従う
3.前工程は「ロットサイズの縮小」、タクトタイムによる「作業改善」を行う

論理的には、出荷側に近い工程をペースメーカーとして設定すれば、それ以前の工程はペースメーカーに従う。

この段階でのまとめだ。

【工場見学のときにやってみること】
・バリューストリーミングマップを描いてみる
・バリューストリーミングマップを元に改善点を列記する
・工程がPULL型になっているかを確認する。なっている場合は、どの工程がペースメーカーかを確認する。
・なっていない場合は、後工程引取にできないか確認する

・工程改善の具体的目標値

そして、最後に工程改善の具体的な目標値についてふれておく。これまで、「改善すべき」箇所はわかった。しかし、改善した結果、どれくらいの秒数短縮・ライン効率化を目標とすればいいのだろうか。

よくバイヤーが工場見学に行くと、「もうちょっと速く作業できませんか?」ということくらいがせいぜいで、具体的な目標値を与えることはできなかった(あるいは目標値を設定する意識がなかった)。

工場の作業者は、サプライヤにとっては固定費だった。固定費とは、生産量が減ろうが増えようが、必ずかかってしまうコストのことだ。したがって、ある作業者の作業が1秒縮まったところで、その作業者がいる限り、サプライヤの工場のコストは低減しない。

サプライヤのコストが減る場合は、実際にそこで作業している作業者が一人減ることだ。逆にいえば、作業者が減らない改善活動は無意味だともいえる。もちろん、作業効率をあげることにまったく意味がない、とはいわない。地道な改善は必要だ。

ただ、調達・購買担当者としてコスト低減を目論むのであれば、やはり、実際にコスト効果のある改善活動をサプライヤとともに推進したいものだ。

閑話休題。

ここで場面設定をしよう。あなたが調達・購買担当者として、サプライヤの工場の工程の前に立っている。目の前では、作業者たちがラインで生産を行なっている。このとき、あなたは何秒で作業してくれることを「目標値」として設定できるだろうか。

まず覚えていただきたい単語は「タクトタイム」だ。

タクトタイムとは、シフトあたりの定時稼働時間を、シフトあたりの要求数量で割って求められる。

たとえば、上の図のとおり、一シフトあたり500個の生産をこなさねばいけないとしよう。要するに、あなた(調達・購買担当者)がサプライヤに生産してほしい数は、一シフトあたり500個とする。サプライヤ工場の一シフトが7.5時間だとすると、秒で表現すれば27,000秒。これが分子だ。さらに、それを500個で割ってみると、54秒を導くことができる。

ということは、このサプライヤのラインは54秒に一つの製品を生産せねばならない。これがタクトタイムだ。

ここで、再びラインの前に立っているあなた(調達・購買担当者)に戻ろう。

あなたが要求しているのは、一シフトあたり675個だとする。このサプライヤは1シフトを同じく7.5時間稼働しているとしよう。すると、タクトタイムは、
タクトタイム=(7.5時間×60×60)÷675個=40秒
となる。あなたはサプライヤにたいして、一つの製品あたり40秒で生産することを目標値として提示することができる。

そのサプライヤはプレス部品を生産しているとし、工程はこうなっているとする。

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ここで工程は、スタンピング(鉄板を形作る工程)、溶接、溶接、バリ取り(縁を平滑化する工程)、バリ取り、とした。

タクトタイムは40秒だったことを思い出してほしい。すると赤い一本の線がひける。これより時間がかかっている工程は「かかりすぎ」だし、これ以下の工程は「バランスが悪い」。

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ここで改善の方針をステップで説明する。

ステップ1.合体(同じ作業者がまとめて作業できること)できそうな工程を選択
ステップ2.そして合体できそうな工程の作業秒数を合算し、現在の作業者数で割る
ステップ3.その後、現在の作業者数マイナス1で割る

1.はこの場合、スタンピング以外の工程だ(なぜスタンピングはまとめられないかというと……プレス部品の調達をやっている人ならわかってもらえるが、説明は本題ではないので割愛する。まとめられない工程は除外すると思ってほしい)。

そして、2.では、スタンピング以外の作業秒数を合算し、4(人)で割る。結果は33.25秒だ。

この33.25秒が何を意味するか。タクトタイムは40秒だったから、だいぶバランスが悪いということだ。

そこで、3.によって、作業者マイナス1の3(人)で割ってみよう。すると、44.33秒を導くことができる。今の作業を作業者マイナス一人でやろうと思えば、4.33.秒を改善すればよいことになる。これまで4人でやっていたところを、3人に減らすためには4.33秒で可能だ。

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もちろん、バリ取りと溶接を同一作業者ができるのか、というツッコミはあるかもしれない。ただ、これはサンプルと考えていただき、主旨は「合体できそうな工程の作業秒数を合算」することにある。

ここまでくると、あとは改善だけだ。一つひとつの作業を見直すことで、4.33秒を縮めるようにサプライヤとともに考えていく。そして、その4.33秒がほんとうに縮まったら、作業人員を削減することができる。サプライヤにも意味のあるコスト削減になるはずだ。

これまで述べてきたことに、難しい生産管理や生産技法の知識はいらない。調達・購買担当者に必要な、かつ簡単な手法を述べてきた。バリューストリーミングマップの作成と、そこから後工程引取へ転換するための考え方、そして目標値の設定までを説明した。

工場はぼんやりと見ていると、何もわからない。しかし、改善の糸口がないかと真剣に考えながら眺めると、他の調達・購買担当者が見えない「何か」がわかる。その「何か」はサプライヤの業種業態によってさまざまだ。

ただ、その「何か」を発見しないとつまらない。文字通り単なる工場見学になってしまう。

自分だけが発見できる「何か」。それを探しにサプライヤの工場に向かおう。

<つづく>

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