製造業の未来(牧野直哉)
前号に引き続き、今回で2回目です。
グローバル化にうまく対応できているのか?という問題に、
① 「脊髄反応・猪突型」
② 「深慮・横並び・不実行」
という2つのケースがあって、①については前号でご説明しました。①のケースでは、企業活動のリソースを投下するわけです。当然、様々なことを考えなければなりません。この①に分類される企業では、考えるのも素早く、結果実行するのです。問題は②のケースです。
私の勤務先は、自動車、電機、重工といった日本を代表する製造業を顧客としています。そのような大企業のサプライヤーに当たるわけです。今年度、多くの顧客がサプライヤーを招いてミーティングを開きました。そこにサプライヤーとして出席しました。規模によっては、調達・購買部門のトップでなく、トップマネジメントが、自社の事業戦略、そして調達・購買戦略を語るわけです。その内容は、同じ仕事している私にとって、なにより興味深い内容であるはずです。しかし、そんな期待は大きく裏切られました。
どこでもサプライヤーへの要求は、次の3点でした。
1. 購入コスト△30%
2. 品質の確保
3. リードタイム短縮及び、発注数量の柔軟対応
まさにQCDです。サプライヤーを集めたミーティングで言明するわけですから、妥当性のあるポイントといえます。問題は、どこでも判で押したが如く「購入コスト30%削減」だったことです。この数値を要求する背景は、円高によって輸出事業の損益が悪化、また中期的には受注確保ができないとされています。さて、それでは、サプライヤー側から見て30%の売価ダウンを受け入れたとしましょう。それによって、短期的にも中期的にも問題は解決するのでしょうか。
製品にも拠りますが、原価に占める購入品費の割合は、組み立てて最終製品を作る企業ほど高くなります。さて、購入品のコストを30%下げるだけで、はたしてこの難局を乗り切れるのかどうか。その辺は社内都合なので、サプライヤーには関係ないと高をくくっているのか、明言する企業は皆無でした。正直、超円高と呼ばれるこの状況をどのように乗り切るのか。乗り切るのは相当な苦行を必要とするはずですが、具体性がなく「深刻さ」が感じられないのです。
また、コンプライアンスを過度に重んじる余りに、売れるかどうかよりも、自社の行動が正しいのかという正当性の追求に執心する大企業の姿を目にするのもしばしばです。正しいかどうかについて、確認して担保を求め続けています。新しい取り組みに対する反応が著しく遅く、結果おこなわないことも多いわけです。そのような迷路に迷い込んで、とりあえず円高に振れた分だけ、コストダウンをお願いする、そんな姿勢が感じられる横並びの30%なのです。そもそも企業とは、競争の中で勝たなければならないのですけどね。なにか、銀行だけでなく、大手製造業も護送船団に固まってしまったように見えます。結果、舵取りにも苦労し、めまぐるしい変化に追従できなくなっているわけです。
では、グローバル化はどのように進めれば良いのか。そしてその中で、調達・購買業務にどのように関われば良いのか。
展開事例としては、2つの例を示しました。
1) 製販接近・地域密着型展開
2) 世界標準・分散生産型展開
上記1)では、各地域に根ざしたニーズをすくい上げて、製品へと展開していくことが求められます。耐久消費財を供給する製造業が採用する展開事例です。一方、2)では、自社の製品ラインナップの1アイテムに対応する生産拠点は1カ所になります。どちらかといえば、資本財を供給する製造業が採用します。
ご紹介した展開事例は、企業戦略になります。したがい、まずこの部分が固めない限りは、調達・購買戦略へと展開することが難しくなります。しかし、上記1)2)のいずれのケースも、拠点の機能に差はあれ、海外に拠点を展開することになります。すると、調達・購買部門に求められる業務内容は似通ったものになると考えています。
というのも、上記の1)2)は、作る製品が大きく異なります。一方では世界各国で同じようなものを購入し、もう一方では世界でここでしか作らない製品に必要なものを購入します。各国の拠点で同じようなものを購入するかもしれないし、まったく異なるものを購入することもあります。そのような製造する製品に関係した部分は、進出先で雇用した従業員が行なうべきなのです。いわゆる調達購買に関わる実務・実作業の部分は、進出先の商慣習や文化的背景に根ざした部分なので、現地雇用者で対応。そのように仮定した場合、本社となる日本に勤務する調達購買部門では、次のような取り組みが必要です。ズバリ「買わないバイヤー」と名付けました。具体的には次の3点です。
1. 進出先調達・購買部門所属従業員への教育プランの提供
2. 調達・購買システムの構築
3. 企業買収対応
まず1は、自社の考え方に沿った調達・購買の方針を踏まえた、日本でおこなっているやり方を明文化する必要があります。その上で、具体的な方法論を学べる教育プログラムを作り上げ、進出先で実践することが必要です。
続いて2です。これは業務効率化と、予実管理が確実に実行でき、本社で掌握できるような仕組みを構築します。基本的には日本で採用しているシステムを現地でも同じように採用することが得策ですね。
そして1と2について、ポイントは現地の慣習と日本の慣習の相容れない部分をどのように埋めるかです。非常にシンプルな例でいえば、国によって日本のいわゆる「掛け」での商売は成立しません。C.O.D.(Cash on Delivery)でしか買うことができない地域もあります。そのような違いについて、日本のやり方を踏襲して貰う部分と、妥協して現地のやり方を取り入れる部分について調整をおこなう必要があります。この部分は、日本の製造業が海外へ進出される多くの場合、軽視されがちな部分です。現地の慣習に流されすぎても、後々の運営が日本側から見えなくなりますし、日本のやり方を押しつけても、現地従業員に無用な事務処理を生むことになります。私は、時間を費やしてもこれは現地側ととことん話し合うべきと考えています。この部分を上手に乗り切るスキルを持つことが、グローバル化する製造業の課題なのです。
そして最後の3です。
企業買収は「時間を買う」と称されるように、新たな展開を行なう際の重要な一手段です。その検討段階で行なわれるデューデリジェンス。通常では、企画部門や経理財務部門が参画します。しかし、投資先・買収先候補が現地で生産活動を行っている場合、どのように生産に必要なリソースを確保しているのかを掌握して、評価することが必要です。この部分への取り組みは、現時点で一般的ではありません。また、コンプライアンスに抵触するような事実がない限り、調達・購買部門における事象が理由で、投資・買収が判断されることもないでしょう。しかし、特に買収が実際に行われた後を考えると、検討時点からの参加がベターです。
この原稿を書いている最中に、日本の大手電機メーカーの決算見通しが発表されました。危機的な状況といわざるをえません。しかし、その危機的な状況を生む片棒を、調達購買部門も担いでいるのです。確かに、企業内のプロセスでは下流に配置され、上位の戦略によって自部門のアクションも大きく変化します。しかし、そんな中でも将来を見越して、企業レベルではできずとも、このメールマガジンの読者の方には準備をしていただけたらと思います。会社が経営不振となり、最悪倒産となったとしても、我々は生き続けなければならないのです。