ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回は前回の増刊号に引き続き、調達・購買の5×5マトリクスを使いながら、調達・購買スキルや知識を紹介していく。私は、調達・購買人員として、この25のスキル・知識を修得することを勧めている。

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今回は、「コスト削減・見積り査定」のE「原価把握」だ。以前の内容を覚えていらっしゃらない方で有料購読者は、これまでのバックナンバーをご参考にしてほしい。なお、無料購読期間のかたは、しばしお待ちください。

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・サプライヤの原価把握について

まず、サプライヤのコスト構造を明らかにしよう。サプライヤの原価構造を把握できれば、価格交渉にも役立つ。また、発注シェアを考える材料にもなる。私たち調達・購買側が知るのは、見積書という「結果」だ。しかし、その見積書の成り立ちについて想いを馳せるひとは少ない。

サプライヤのコスト構造など、自分たちに何の関係もないではないか。そう考える人は多い。しかし、一歩進んだ調達・購買のために、サプライヤのコスト構造まで把握したい。しかも、ここだけの話(笑)、調達・購買部員のなかでサプライヤのコスト構造まで理解している人は少ない。よって、一人の調達・購買担当者として、抜きん出る要因ともなるのだ。

そこで、サプライヤのコスト構造をお伝えしていく。ところで、ここで単純な製品を考えよう。単純例から、汎用的な知識を学んでいただきたい。まず、みなさんが調達・購買担当者として、「ウーロン茶」を調達しているとする。まあ、これは仮定だ。このサプライヤの担当者として、このウーロン茶サプライヤのコスト構造を見てみよう。

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すると、そのウーロン茶を生産しているサプライヤのコストはこのようになる。

「PET(ポリエチレンテレフタレート)/PE(ポリエチレン)シート」……等のコスト要素は、矢印の先が表現するように、「材料費」「光熱費」「設備・減価償却」「人件費」とわけることができる。

ここで、一つの「違い」について気づいていただきたい。「材料費」「光熱費」「設備・減価償却」「人件費」は、同じではない。その違いとは、「売ったり生産したりするとかかるコスト」と「必ずかかってしまうコスト」があることだ。つまり、「材料費」は売る量や生産する量に応じて費用発生する。それにたいして、他のコストは光熱費や設備、人件費等は必ず費用発生する。

この「違い」を、「変動費」と「固定費」と呼ぶ。

・変動費について

「変動費」とは、生産に応じて発生する費用(材料費・消耗品費など)のことだ。「材料費」、「調達部品費」、「外注費」、「燃料費」 、「商品の支払い運賃」、「商品の支払い荷造り費」、等々で、文字通り「変動的」なコストのことをいう。

注意点は次のとおりだ。

1.会社や業種によって、どれを変動費とみなすか変わる
2.売上高に対する変動費の比率を「変動費率」と呼ぶ
3.売上高から変動費を引いたものを「付加価値」と呼ぶ

2.と3.を補足しておく。たとえば、100円の売上高に対して、30円の変動費がかかったとする。変動費とは、繰り返すと「材料費」、「調達部品費」などのことだから、外部調達費と言い換えてもいい。そのとき、30÷100=30%が変動費率となる。1億円の売上があったとしたら、30%=3000万円が、変動費として外部に出ていくわけだ。

そして、その100円から、30円を引いた、70円が付加価値だ。よく「付加価値をつける仕事をしろ」といわれる。ただ、定義上は、会社の売上高から外部調達費を引いた金額が、付加価値んある。付加価値とは端的にいうと、会社に残るお金だ。その付加価値のなかから、従業員の給料を支払ったり、設備を投資したりする。

また、さきほど述べた、変動費率がわかれば、売上高に対する付加価値が試算できる。たとえば、1億円の売上高があって、変動費率が25%だとすると、1億円×(1-30%)=7000万円が付加価値であり、それがサプライヤ内部に残る。

・固定費について

加えて、「固定費」とは生産の有無、売上の大小にかかわらず、必ず発生 してしまう費用(労務費・賃借料・減価償却費など)のことだ。具体的には、「給料や付帯報酬」、「光熱費」、「減価償却費」、「賃借料」、「広告宣伝費」、「保険料」、「交際接待費」、「交通費」、「支払利息」、「福利厚生費」、等々を指す。面白いところでは、給食費なども、この固定費に入る。

見ていただいてわかるとおり、「固定的にかかるコスト」を指す。これは、変動費と違って、100個生産しようが、120個生産しようが、固定的に発生する。もちろん残業費はあるだろうが、100人を雇用している企業があったとして、生産量が減っても、その従業員に払う給料が減るわけではない(2割の生産量が減ったからといって、基本給を2割ぶん連動して減らす企業は、まともではない)。

注意点は次のとおりだ。

1.会社や業種によって、どれを固定費とみなすか変わる
2.毎月完全に同じ費用がかかるわけではなくても、ほぼ「固定した」費用がかかるものが固定費となる

ここで、1.2.を補足しておくと、さきほどの記述と矛盾するものの、もし生産量の上下に応じて従業員の雇用量を上下する企業があったとしたら、それは変動費となる。考えにくいものの、生産量に応じて、賃借料を上下できる企業があったとしたら、それは変動費となる。あくまでも、企業にとって、コストがかかり続けるものを指す。そして、それは必ずしも一定額というわけではなく、「ほぼ一定額」がかかるものを指す(当然ながら、「光熱費」は固定費といっても、1円単位で毎月同じコストがかかっているわけではない)。

・そして変動費と固定費を使ったコスト分析について

ここまで理解できると、サプライヤの総コスト線について記述できる。総コスト線とは、難しく考える必要はなく、サプライヤの売上高にたいしてどれくらいのコストがかかっているか表現したものだ。

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直感的に説明する。まず、売上高がゼロのときを考えてほしい。横軸の数値がもっとも左側にあるときだ。そのとき、総コスト線はどこに位置するだろうか。固定費を思い出していただけば、売上高がまったくなかったとしても、その固定費はかかるから、その分が切片となる。

そして、このサプライヤは売れば売るほど、変動費率分のコストがかかっていくのだ。

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何やら中学数学の時間みたいで恐縮だけれど、このときサプライヤのコスト線は、上図のように表現できる。

y=変動費率x+固定費

xとは見ていただいたとおり、売上高のことだ。その売上高(x)のときに、どれくらいのコスト(y)がかかるかを表現している。

では、ここで、具体的な数字で考えてみよう。

さきほどの例を、もう一度使用する。そのサプライヤは、100円の売上高に対して、20円の変動費がかかっていたとする。そのとき、25÷100=25%が変動費率だった。そして、そのサプライヤの固定費が100万円だったとしよう。

そのときに、さきほどの数式「y=変動費率x+固定費」はこうなる。

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y=0.3x+1,000,000

このコスト線に、一つの線を加える。売上線だ。売上線は必ず、y=xで表現される。これも直感的にいうと、1円分の商品を販売したら1円がもらえる。100万円分の商品を販売したら100万円がもらえる。よって、図の線としては売上高=コストとして表現される(しかし、この説明に納得できなくても、結論として売上線:y=xと覚えればいい)。

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この二つの線が交わるところを、損益分岐点と呼ぶ。これまた直感的な説明では、損益分岐点を突破する前の売上高においては、コストのほうが売上高を上回るから、赤字になる。ただ、損益分岐点を突破したら、売上高のほうが、コストよりも上回るから、黒字になる。よって、損益分岐点とは、赤字と黒字の境界線の売上高を示すといえる。外資系企業は、BEPと呼ぶこともある。これは、Break even pointのことで、おなじく損益分岐点を指す。

さて、さきほどの値をあてはめてみよう。

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総コスト線:y=0.3x+1,000,000
売上線:y=x(この式はいつでも不変)

二つの式があれば、損益分岐点を計算できる(よね……)。繰り返すと、中学数学を思い出していただければ、yどうしをつなげて、0.3x+1,000,000=xを解けばいい。すると、計算結果、143万円を導ける。

この損益分岐点143万円は、どのような意味を指すのだろうか。サプライヤは、143万円分の製品を販売できなければ、赤字になるということだ。この場合、ウーロン茶を販売していることにしていたから、143万円÷100円=14,300で、1万4300本を販売せねばならないことになる。

これは衒学的な話ではない。たとえば、工場見学のときに、その工場、あるいは生産ラインの損益分岐点を計算してみよう。まともな工場であれば、固定費額や平均変動率を管理しているはずだ。工場内の管理ボードに貼ってあるから、眺めてみよう。それがわかれば、その工場(あるいはライン)の損益分岐点売上高がわかる。そうすれば、サプライヤ政策にも影響を与えるだろう。

また、工場単位ではなく、サプライヤ全体の損益分岐点を把握しようと思えば、
(1)サプライヤから全社の変動費・固定費をヒアリングする方法
に加えて
(2)サプライヤの決算書を利用する方法
がある。(2)の場合は、簡易的には、製造原価のなかの材料費・外注費・部品調達費を変動費として計算し、売上高から利益を減じたものを固定費とすればいい。

・簡易的な損益分岐点計算方法

しかし……。ここで、考えるべきことがある。たとえば、工場の固定費額や平均変動率がわかったとして、連立方程式を瞬時に解くことができるだろうか。工場見学のときに、さっと計算する方法はないだろうか。

まずは、教科書的に方程式を解いていただいた。ただ、実務的には、このように計算すればすぐに損益分岐点を暗算できる。

損益分岐点売上高=固定費÷(1-変動費率)

これに、さきほどの数字をあてはめてみよう。固定費:100万円で、変動費率:0.3だった。

損益分岐点売上高=100万円÷(1-0.3)≒143万円

となる。当然ながら、連立方程式の結果と同じだ。

これならば、サプライヤの「固定費」「変動費率」の情報を集めれば、各社の損益分岐点をエクセルで計算できる。全社の固定費が1億円で、平均の変動費率が30%であるとすれば、1億円÷(1-0.3)≒1億4329万円となる。そうすれば、このサプライヤを赤字にしないためには、年間に1億4329万円を発注すればいい。

・固定費を回収するとサプライヤは利益が出る

そして、ここでバイヤー側の視点に移りたい。さきほど、計算いただいたように、サプライヤは固定費という借金を背負って、それを回収した以降に利益が出る。前述の例では、ウーロン茶だったから、均一で100円で販売していた。ただ、実際は、100円均一で販売するわけではなく、価格に差をつける。

たとえば、あるサプライヤが1億円の固定費をもっているとする。

そうすると、サプライヤとしては固定費1億円を、バイヤー企業A・B・Cに負担をしてもらうことになる。考えられる負担方法は、三つだ。

1.発注量に応じた負担

たとえば、7割を発注してくれるバイヤー企業には、固定費の7割を負担してもらう。各企業一律で負担(請求)する

2.取引関係に応じた負担

発注量の多いバイヤー企業には負担率を低く設定し、発注量の少ないバイヤー企業には負担率を高めに設定する

3.声の大きさに応じた負担

たくさん支払ってくれそうなところには、たくさん負担してもらう。あまり支払ってくれないところには、負担を薄くする

ということは、バイヤー側からすると、請求された見積り価格(コスト)が妥当なものかを確認する必要があるのだ。

ここで、話は、「コスト削減・見積り査定」C「見積り査定」で述べた内容につながる。コスト構造分析で述べた内容を思い出してほしい。製品のコストは、このようにわかれることになっていた。

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その「コスト削減・見積り査定」C「見積り査定」で述べたように、変動費については正確な材料費が請求されているか? 固定費についても、過剰な請求ではなく、適切な固定費分が請求されているか? それぞれ確認していこう。ただし、この時点では、みなさんは「変動費」「固定費」の違いを理解している。そこで、このコスト構造に「変動費」「固定費」の考えを適用してみよう。

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そうすると、上図のように分類できる。「材料費」は変動費であるものの、それ以外は「固定費」だ。

サプライヤは固定費をかならずバイヤー企業に負担してもらわねばならない。ただし、逆に考えれば、「その固定費は他のバイヤー企業に負担させれば、自社は安価に買えるじゃないか」ともいえる。サプライヤに最適な価格を確保させねばならない、とする思想とは乖離するものの、その考えにも一理ある。

サプライヤは、まず変動費分のコストは死守しようとする。ただ、固定費分については値下げが可能だ。サプライヤは、値下げ行動として、「利益」→「設備加工費」→「経費等」→「作業者加工費」の順に削っていく。理論的な最低価格は、変動費+1円だ。この+1円に深い意味はない。別に+0.1円でもいい。ただし、資本主義社会において、外部から100円で買ってきたものを、100円で販売することはないから、便宜的に+1円としている。

ではなぜ、「利益」→「設備加工費」→「経費等」→「作業者加工費」の順に削っていくのだろうか。「利益」をまっさきに削るのは理解できるだろう。しかし、次になぜ「設備加工費」か。読者のなかには、たしかに海外サプライヤから見積りを入手した際に、設備加工費がゼロになっていた記憶があるだろう。これは、単純に理由をいうと「設備加工費」は固定費のなかで、「すでに支払ってしまったコスト」だから無理に回収する必要がないのだ(ご興味ある方にもに、少しだけ補足すると、設備加工費とは減価償却費のことで、これは過去のコストが、見た目上は発生しているものだ。したがって、サプライヤとしては、払い終わっているコストだから、削りやすい)。

変動費と固定費の考え方がわかれば、サプライヤの損益分岐点と、見積り上の分類、そしてサプライヤの値下げ行動まで理解できることを述べてきた。サプライヤの原価構造がわかれば、普通のバイヤーが見えない構造がわかる。

さっそく今日からサプライヤの情報を集めてみよう。工場から、決算書から、変動費・固定費を計算する。そこから損益分岐点を計算する。そして見積書のなかで、、変動費と固定費を分解して値下げ行動を予想してみよう。そのときには、コスト構造分析で説明した内容が使えるだろう。

バイヤー業務は、単に机を叩いて見積りを下げるだけではない。情報の武装によって、相手原価の把握によって、より高みにあがることができるのである。

 <つづく>

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