ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回も、「調達・購買担当者として必要な25の知識・スキル領域」のマトリクスをもとに説明していく。この連載では、25のスキルを一つずつ解説している(新規購読者の方々はバックナンバーを見ることができるまで、1ヶ月お待ちいただきたい)。

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今回は連載の12回目だ。今回は、「調達・購買業務基礎」のE「支出分析」を説明したい。当たり前のことじゃないか、と思わずに聞いてほしい。新たな知識の習得になるはずだ。

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・支出分析とは何か

支出分析とは、文字通り、支出を分析することだ。自社の調達状況として、何をどこからいくら買っているかを確認する。そのためには、経理データや調達履歴データなどを利用する。

支出分析では「ABC分析」が使われる。これは「重み付け分析」とも呼ばれるものだ。もう一種類の「ABC分析」があるけれど、これは「Activity-based costing」のことで、従業員のコストを作業時間から換算するもので、この「重み付け分析」とは別物だ。この「重み付け分析」=「ABC分析」をもとに説明したい。

まず、ABC分析の肝要を述べると、支出金額の大きいものを順に左から並べる。グラフ化することが大切だ。ABC分析には、サプライヤ毎の分析と、品目毎の分析がある。

ここでは、後者の品目別ABC分析を使って論を進める。このようにグラフ化することで、何からコスト削減のターゲットにせねばならないかがわかる。よく使われるのはパレートの法則だ。パレートの法則とは、「全体の8割をしめる、2割の項目に注目する」ことだ。あるいは「全体の7割をしめる、3割の項目に注目する」でもいい。重要なことは、重要度をつけずにまんべんなくコスト削減等をアプローチしようとするのではなく、効果を期待できる上位品目に当たりをつけることだ。

当たり前なんだけれど、このABC分析ができていない調達・購買部門は多い。「これがコスト削減しやすそうです」と、ほとんど購入金額がない品目に注力しているところがある。もちろん、少額品であっても、コスト安を追求する態度はあっていい。だけれど、順番は後回しにするべきだ。

やや余談だけれど、民主党がやっていた事業仕分けも同じではないか。日本の約100兆円の国家予算のうち、削減しやすそうなものばかりを俎上に載せても、しかたがない。事業仕分けはたしかにドラマチックで面白くはあったし、数億円規模の予算であっても、ムダなものは削減すべきだ。しかし、それよりも社会保障費その他の本丸に切り込まないと意味が無い。

かつ、この上位品目をターゲットに、調達・購買発注方針書を書く。これは、端的に「この品目をどうしたいか」だ。

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上図の右側に意味はない。分析結果、この品目としての方向性を左側に書く。サンプルでは、「品目マーケットの状況」(前回の連載も参照にしてほしい)。そして、「工場の支出状況」(これは工場ではなく、「営業所」「支社」「研究所」「店舗」など、なんでもかまわない)。「シェア状況とサプライヤ評価、サプライヤ保有技術・設備」までを書いて、「調達基本方針」を述べる。

難しく考えなくていい。何をすべきか。そして、何を行うか。具体的に書く。サンプルではぼかしているものの、1年間にわたって使える手引書を書くのだ。バイヤーとは、買う行為を通じて、自社を変える存在だ。そのひとが、何の策もなく日々の調達活動をして良いはずがない。考えうるベストの方針を書く。

そして、関係者と合意しておくこと。この関係者の意味は、上司だけではない。設計者や社内関連部門を含む。調達・購買部門だけが考えた調達基本方針であれば、単なるマスターベーションとなる。全社的な合意がなければ、実行しても実効は伴わない。公式な場であっても、非公式な場であっても、この調達・購買発注方針書を手に持ち、社内に説明してまわることだ。

多くの場合、「そんなこといったって、サプライヤ切り替えなんてできないよ」とネガティブな反応が返ってくるだろう。しかし、そんなもんだ、と私は思う。戦略を立てて具現化するのは、めんどうくさい。投げ出したくなるほどだ。ただ、社内説得とは、もともとそういうものなのである。「これなら何も考えずに調達しておいたほうがラクだよ」と思ってしまうくらいの、手間がかかる。でも、その手間をクリアしなければ、実効性のある施策など無理だ。

こんな会話がよくある。設計者「なぜ調達は、このサプライヤを推薦するんですか?」。バイヤー「いや、発注方針でそう決まっていまして」。設計者「だからなぜだって聞いているんだよ」。バイヤー「だから戦略なんです」……。バイヤーに幸あれと祈るしかない。ここは議論を重ね、自分が構築した戦略をブラッシュアップすべきだ。

繰り返し、この面倒くささを放棄してしまったら、どうせ実効性のある施策なんてできないんだから。

・支出分析と調達・購買発注方針書のあとに

さきほど、調達・購買発注方針書が「絵に書いたモチ」にならぬよう社内説得の重要性を述べた。

さらに重要なのは、発注方針書どおりになっているかを確認することだ。

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よく使われるのがシェア推移分析で、上図のようになる。これは、各サプライヤのシェアを年度で比較するものだ。2010年度にA社が50%のシェアをとっている。そのときに、A社とB社の二社競合体制を加速し、シェアを半々にしたいと述べていたとする。はたして、そのとおりになっているか。戦略通りの絵を描けているか。定量的にも確認していく。

ここで、またひとつ余談を。よく、「3年でドラスティックなサプライヤのシェア変動をおこなう」と述べる調達・購買部門がある。しかし、その会社が扱っている商品のライフサイクルが長い場合、とても3年でドラスティックなシェア変動などできない。たとえば、重電の分野であれば、10年、20年と使わざるをえない部品がたくさんある。一度認定されてしまえば、それを転注することは難しい。そんな状況で、あまりに現実と違った目標を掲げてもしかたがない。できることは、新規調達品からの新サプライヤへの移行であるはずだ。その際は、むしろ既存サプライヤを籠絡して、安くしてもらう戦略を構築せねばならないはずだ。

・参考になる指標を二つ

そして、これまで書いてきた、支出分析から、発注方針書作成、シェア推移分析を経るときに、参考になる指標が二つある。

①ハーフィンダールインデックス、自社版ハーフィンダールインデックス

一つ目は、ハーフィンダールインデックスと呼ばれるものだ。これは、市場に参入している企業の持つシェアを2乗した値の総和によって求められるもので、例えば1社が完全な独占の場合100%の二乗で1となり、競争が激しいほどその値は低くなる。例えばその市場に2社が半分ずつのシェアを獲得している場合50%の二乗+50%の二乗で0.25+0.25=0.5となる。

そして、この結論として、数字が小さいほど競争が盛ん(=コストが安くなる)という結論になる。これを自社にあてはめたものが、自社版ハーフィンダールインデックスだ。つまり、自社の品目を、競合他社の数と、コスト削減率(原価低減率)でプロットして、その相関を見てみようとするものだ。

上図のような場合、競合他社の数が多いほど、原価低減率が上がっているのだ(コストが下がっている)。まさに、この指数通りのことがあてはまっている。

そして、直感的に、競合他社の数が多すぎれば、下記のようなグラフになるだろう。

すなわち、取引先企業をあまりに増やすと、ボリュームメリットがなくなり原価低減にはデメリットとなる。その頂点がどこかにあるはずだ。このようにして、最適競合サプライヤ数を模索していくのだ。

もちろん、この自社版ハーフィンダールインデックスは絶対的な指標ではない。しかし、「ほどよい競合サプライヤ数」を考えるとき、参考にできる。

②交渉係数

そして、もうひとつが、交渉係数というものだ。これは二つの計算方法があるけれど、そのうち一つを紹介する。この交渉係数は、文字通り、その品目についてコスト削減交渉することがどれだけ難しいか、を示す。

計算方法は、
「サプライヤシェアのハーフィンダールインデックスから、マーケットにおける買い手のハーフィンダールインデックスを減じて計算する」
というものだ。

ややこしいよね。具体例で考えてみよう。たとえば、特殊材料を調達するとき、その特殊材料のマーケットには2社のプレイヤー(売り手)がいるとする。このマーケットの意味は、世の中の市場のことだ。そのプレイヤーの市場シェアが、A社70%、B社30%だったとする。そうすると、サプライヤシェアのハーフィンダールインデックスは、

70%の二乗+30%の二乗=0.49+0.09=0.58

となる。そして、その特殊材料を調達する側のシェアを同じく計算する。マーケットのなかで、自社を含めて3社の買い手がいるとする。その特殊材料が100ほど市場で販売されているとすると、自社が40、C社30、D社30を買い集めているとする。そのシェアは、自社40%、C社30%、D社30%となる(もちろん実際にはこれほど単純な比率にはならない)。すると、マーケットにおける買い手のハーフィンダールインデックスは、

40%の二乗+30%の二乗+30%の二乗=0.16+0.09+0.09=0.34

となる。したがって、交渉係数は

0.58-0.34=0.24

となる。直感的に考えてみよう。最大値は1に近くなる。最小値は-1に近くなる。最大値1の場合は、サプライヤが寡占状態で、かつ無数の買い手がいる場合だ。-1に近い場合は、サプライヤが無数にいるにもかかわらず、買い手が1社しかいない場合だ。ということは、1に近づくほど、バイヤーからすると交渉が難しくなる。-1は逆に交渉がやりやすい。

自分の品目が1に近いか、-1に近いかを調べてみる。あるいは、自部門の調達品目の交渉係数を調べてみる。どちらも面白い結果がでるだろう。そして、それをグラフ化して、コスト削減の実績と比較して見える化することも有効だ。

たかが支出分析と思ったかもしれない。しかし、そこから派生した知識も俯瞰していった。前回の連載の市場調査とあわせて、調達品の戦略を考えてみよう。もちろん、私が紹介した指標だけではなく、アイディア次第でさまざまな分析が可能だろう。そのように、自ら考え分析することがバイヤー個人にも付加価値を与える。

調達・購買部員の知的戦略はそこからはじまるのだ。

 <つづく>

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