ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・25のスキルと知識がバイヤーを変える

今回も、「調達・購買担当者として必要な25の知識・スキル領域」を使ってお話したい。この25を学べば、かなりの知識・スキルを身につけることになる。この連載では、下図の25領域を制覇すべく、一つずつ解説している。

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今回は連載の7回目だ。今回は、「調達・購買業務基礎」のB「法律知識」を述べていきたい。もちろん、調達・購買担当者は法務部門に属しているわけではない。したがって、法律家並みの専門知識が必要かというと、それは無用だ。しかし、調達・購買担当者は「契約」担当者と呼んでいる企業もあるくらいで、基礎的な内容は把握しておく必要がある。

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ここでは、契約書の基本からはじめて、下請法・J-SOX・CSRまでを俯瞰していこう。

契約の基本

バイヤーはサプライヤと契約を結ぶ。しかし、バイヤーは契約書のことをどれだけ知っているだろうか。契約書とは「個人間で結ぶ、権利や義務に関する約束」と考えておけばいい。しかも、単なる約束ではなく「その権利や義務の履行に国が協力してくれるもの」とも考えておこう。

法律とは国家が制定するものだ。契約は個人間で結ぶ。さきほど法律と書いたものの、法律をもとに作られる政令や、府省令、条例などをまとめて「法令」と呼ぶ。この法令と契約では、法令がどんなひとにも適用されるものに対して、契約は当事者しか適用されない。

「法令を個人間で表現し直したものが契約である」と思うひともいるけれど、実際は、法令に決められている内容を、変更したいときに契約を利用すると考えたほうがよい。

一部の例外は「強制法規」と呼ばれるもので、これは個人間の約束がどうであれ、優先される規定のことだ。たとえば、下請法がこれにあたる。一般的にサプライヤはバイヤー企業にくらべて弱者とみなされている。とするならば、せっかくサプライヤ救済の法令があったとしても、個別契約でサプライヤに不利な条件になってしまっては法令の意味がない。そこで、契約よりも優先する「強制法規」が弱者のために設定された。

これは、下請法も含めていうと
・労働基準法
・下請法
・特定商取引法
・利息制限法
などがこれにあたる。よって、法令と契約を考えるさいには、

・強制法規(強い)>契約>一般の法令

と考えればいい。

・ところで契約書とは

ここまで「契約」という単語を使ってきた。この契約を結ぶものとして、「契約書」「覚書」「協定書」等の、いくつかのものがある。はたして、この三つは何か異なるのだろうか。

私は若いころ、この三つの違い(あるいは「契約書」「覚書」の違い)について先輩諸氏に尋ねた。明確な答えはもらえなかった。「契約書のほうが立派だ」と、迷回答してくれたひともいる。

よってここで、述べておく。「契約書」「覚書」「協定書」等の違いは「無い」と思って良い。契約を締結する際のタイトルは、いわば小さな問題だ。重要なのは、内容であって形式・タイトルではないことに注意しよう。

さて、私が調達・購買担当者として働いていたときに「仮で良いですから、契約を結びましょう」といわれたことがある。この意味はない。「仮」といっても、契約書である以上は、「本契約」と同じだ。仮契約の形で締結してしまったら大変なことになる。

調達・購買担当者が関わる取引基本契約書では、次のような内容が網羅されているだろう。

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これまでサプライヤとの契約書を「読んだことがない」というひとがいるから驚く。調達・購買担当者として、これは必ず一読する必要がある。

契約書の意義は、

(1)両社の認識のズレを防止する
(2)後日の証拠として残る
(3)損害賠償、解除時の基準となる

ことにある。その基本となる契約書を読んでいないとは、売買に携わる人間としてあやうい。

また、取引基本契約書のほかにも、調達・購買担当者はさまざまな契約書を見ることになるだろう。そのときに重要なポイントは次の三つだ。

1.とにかくちゃんと読む。相手先がもってきた雛形を鵜呑みにするのではなく、かつ「こういうものだ」と思うのでもなく、ちゃんと読むこと。わからない文章にでくわしたときは「これ、どういう意味ですか?」と訊くこと。

2.修正の依頼はためらわない。日本人はどうも、「せっかく先方が契約書を作ってくれたのだから」と思い、修正をためらうことがある。しかし、ありがたく感じることと、鵜呑みにすることは別問題である。

3.法務部にレビューを依頼するときも、自分の意志をもって伝えること。

契約書の形式等について話してきた。そして最後の押印は、法人間であれば、代表者がサインをおこなう。意味としては、本来は会社が押印すべきだが、会社というものは人間ではないので押印できない、そこで権限のあるひとが押印するということだ。権限のあるひととは、代表取締役か、あるいはその会社のなかで権限を与えられているひとになり、押印の印鑑は印鑑証明書で登録されているものがふさわしいとされている。

さて、ここで話の途中ででてきた、強制法規、そのなかでも下請法の話に移る。

下請法とは

このメールマガジンをお読みのベテランは「何をいまさら」かもしれないので、読み飛ばしていただいてかまわない。下請法とは、「下請代金支払遅延等防止法」のことで、下請企業保護を目的としている。

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対象となる取引は次のとおりだ。おそらく、読者の属する企業であれば、資本金は3億円超だろうから、資本金3億円以下の企業にたいする物品の製造委託が該当すると考えて良い。

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この下請法対象企業に発注する際には、とくに気をつけなければいけないことがある。「親事業者(バイヤー企業)に対する4つの義務」「11項目の禁止事項」だ。これは、今一度、読み返してほしい。

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上記で重要なのは、とくに「書面をちゃんと発行せよ」ということと「受領後60日位内に代金を支払え」ということだ(3条書面についてはのちほど説明する)。ここで後者を補足しておくと、「受領」が起点になることは忘れてはいけない。検収(製品に不良がないか確認すること)ではない。あくまで受け取ったとき、「受領」である。そうしないと支払い遅延になりかねない。

なお「月末締めの翌月末払い」を採用している企業がある。その場合は、7月1日に納入されたものは、8月31日支払いとなり、60日を超過してしまう(7月も8月も31日まである)。しかし、これは実務上は、(60日以上であるが)運用上は問題ないとされている。

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さて、さきほど出てきた下請企業への発注時の書面情報だが、次の内容を網羅しておかねければならない。

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もちろん、発注時にこれらをすべて網羅することが難しければ、基本契約書等であらかじめ締結しておき、発注書とは紐付けすることもできる。

また、単価は必ず発注時に決めておこう。誤解なきようにいっておくと、仮単価が禁止されているわけではない。ただし、正式単価を決められない理由と、また正式単価決定日を明確化する必要がある。社内ルールとしていったん仮単価発注を許してしまうと、煩雑な処理となりうる。よって、個人的には単価の事前決定は必須だと考える(もちろん、建設業など出来高が影響する例は存じ上げてはいるが)

下請法違反の際には、担当者個人も処罰の対象となる。下請法という古くて新しいテーマを常にアタマに入れながら業務を遂行していきたい。

その他の法令より

また、日本版SOX法(J-SOX法)についてもふれておこう。これは「金融商品取引法」というもので、企業の財務情報その他の、透明性や適正性の向上を目指したものだ。上場企業は、企業情報を開示し、それにより株主・銀行等のステークホルダーからお金を預かる。

その開示情報が不正確・不適正なものであれば、ステークホルダーを誤った判断に陥らせる。そこで、J-SOXでは、基本要素として次の6つをあげている。

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そのなかでも、調達・購買部門がかかわるのは、リスク評価と対応だろう。調達・購買活動において、リスクはあるか。あるとしたら、どのように対応しようとしているのか。また、調達・購買部門は、適正な支出をしているか(正しいサプライヤを選び、適切な価格で調達しているか)を自問・チェックせねばならない。

調達・購買にかかわるリスクとは、このようなものがある。

・供給リスク(サプライヤ倒産や天災)
・品質リスク(品質劣化や不良品多発)
・価格リスク(原材料高騰や為替変動等)
・法的リスク(下請法等違反)
・情報漏えいリスク
・内部統制上のリスク(サプライヤとの癒着等)
・風評リスク(CSR違反等による風評発生)

これらについて、業務上では、次の3点セットが有効とされる。

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まず、業務(誰が何をどうする)を表現した「業務記述書」。そして、その業務同士がどのようにつながるのかを表現した「業務フロー図」。それらについて、どのようなリスクが考えられるかを列記した「リスクコントロールマトリックス」だ。

最後の「リスクコントロールマトリックス」は、ブレインストーミングなどで、調達・購買部員一丸となって、考えうるリスクを洗い出す。

すくなくともこうすることで、調達・購買にかかわるリスクの対応策までは出すことになる。

また、「風評リスク」とのことろで、「CSR違反等による風評発生」と書いた。CSR調達とは、社会的責任をまっとうしながら、調達・購買活動を行うことだ。

代表的なものは次の内容がある。

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調達・購買部門がCSRというときに、二つの意味がある。ひとつは「自社でCSRをちゃんと守る」ということ、もうひとつは「CSRを理解し企業活動に結びつけているサプライヤから調達する」ということだ。

とくに後者の意味が重要だろう。CSR調達という意味では、サプライヤ工場で違法な児童労働が散見されないか、またCO2などの温暖化物質を多く排出していないか、がチェックポイントになる。

私は個人的にいえば、J-SOXもCSRも、あまりに対策に熱を上げると、コストばかりが肥大化してしまうと思っている。しかし、J-SOXもCSRも、調達・購買をとりまく潮流としては無視できない。少なくとも基礎は押さえておきたい。

今回は、契約から法令、J-SOX・CSRまでを見てきた。もうちょっとで夏休みかもしれないので、この機会に、今回の長文をお読みいただければ幸甚だ。

次回もお楽しみに

 <つづく>

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