素人と玄人の境界線(牧野直哉)

先日ある有名人同士の密会の様子が、一般人によってツィートされました。二人で食事し て、その後に宿泊する……そんな内容だった為、その後に大きな波紋を呼ぶことになります。

ツィートした本人が、現場となったバイト先のホテルをクビになり、本名、大学名、学部名から写真までネット上に晒されたこと。そして、ホテル側も支配人がお詫びの記者会見を開いた等……ホテルに勤めるものとしての常識を疑う行動との論調が多い中、私は少し違った印象を持ちました。

芸能人やスポーツ選手のゴシップ、政治家のスキャンダルは、マスコミにとって大きなネタです。夜討ち朝駆けや、待ち伏せといった地道な努力によってネタを得るわけです。しかし、今回呟いたのは、ホテルのレストランでバイトをしていた普通の学生です。別に、特別なスキルを持っていません。今回の一件にしても、苦労や努力の末というよりも、偶然の産物です。

過去にも、ホテルの従業員による目撃情報を元にしたマスコミの報道は行なわれていたでしょう。その場合、マスコミはホテルの従業員への取材によって情報を得るわけです。そして、マスコミは具体的なネタ元である情報源を 決して明かしません。今回の件も、どこかのマスコミに流しておれば、本名や自分の写真をネット上に晒されることも無かったでしょう。取材源の秘匿という伝家の宝刀によって、少なくとも報道をおこなったマスコミの手によって、情報提供者の個人情報は守られたはずです。

きっと……今回呟いた本人は、このような事態は全く想定していなかったでしょう。事実、今回のつぶやき以前にも、いろいろな有名人の来店を呟いています。情報発信している、そんな意識すらなかったかもしれません。しかし、Twitterに書き込んだ事で、マスコミと同じ効力を発揮しました。それを端的に示すのが、ホテルの支配人のお詫び会見です。明らかに社会的に影響を及ぼしてしまった、ホテルの従業員が顧客のプライベートを明かすことは、本来あってはならない事です。たまたま目撃したという偶然と、ネットを掛け合わせると、 素人でも社会を賑わすこのような結果を生むわけです。

見たこと、聞いたことを書く、話す……その行為そのものは、記者やレポーターの専売特許ではありません。市井の人でも普段の生活の中でなっている行為です。 あえて差を見いだすとすれば、書く、話す対象が、家族や同僚、友人といった狭い範囲か、広く世間一般へ向けての違いです。見たこと、聞いたことを書く、話すといった事が、ネットによって素人玄人の区別が無くなってきている。別に、今回の事件で始まったことではありませんが、私は素人と玄人の境界線が曖昧になっている、いや既に無くなっているかもしれない……今回の出来事でそんな印象を深く 新たにしました。それだけ、プロ・玄人としての存在意義が薄れていることの証左でもあります。

我々が普段行なっている「買う」という行為も、普段誰もが行なっています。今度の週末に開催される「2011年を読み解くバイヤーの集い」で掲げられたテーマを見ると、バイヤーには非常に耳の痛い話が多い。そして、なぜ日本にバイヤーが不要になるのか、を突き詰めて考えてみます。すると、そこにあるのは、残念ながら玄人とはいえないバイヤーの存在感ではないか、との結論です。

バイヤーが行なう購買であり「買い」とは、人々が日々おこなっている「買う」とは異なります。では、具体的にどこが異なって、異なる部分にはどんなノウハウが必要になるのか、少なくともこれからは、明確に説明を行なって、周囲から理解を得て、その上で具体的に結果を明らかにすることが必要です。しかし、口で言うのは簡単でも、実際はとても難しいですね。

例えば、今買っているモノやサービスの価格がほんとうに最安値かどうか。QCDのバランスで考えて、ちゃんとした妥当性を示せるかどうか。私は、ある前提条件に基づいては最安値です、との説明を行ないます。そして、価格はもちろん重要です。しかし本当に重要なのは、価格の文字通り前にある前提条件に説得力を持たせることができるかどうかです。条件によっては、実金額でもっと安価に調達できているケースはあるでしょう(きっと)。今、置かれた調達環境の元では、これがベストです!そして、その理由を整斉と、論理的妥当性を持って説明できることのほうが、バイヤーとして信頼感を得るには近道ではないかと考えるのです。

そして、自分がベストを尽くして尚、知りえなかった魅力的なサプライヤーが存在した場合、あーでもない、こーでもないと、そのサプライヤーへ難癖をつけるのは得策ではありません。もし、社内の関連部門から提案されたのであれば尚更です。何よりもまずお礼が必要ですね。だって、どんな優秀なバイヤーでも、あるモノ・サービスに関する市場を 完璧に漏れなく網羅することは不可能ですから。ベストを尽くした後であれば、一瞬開き直ることも必要です。

バイヤーに求められる成果は、多くの場合購入価格でしょう。これは紛れもない事実です。しかし、その価格が「唯一無二絶対に安い!」と言い切れないのが、バイヤーにとっての一番の弱みでもあります。私は、このバイヤーが、バイヤーであるが故に持っている「弱み」の部分をどのように活用するかが、これからのバイヤーの 玄人と素人を分かつポイントになると考えています。具体的な弱みの活用方法としては、次の三つになります。

1. 価格に妥当性があることを、QCDのバランスを踏まえて、論理的に説明する。

2. 類似品で安価になる条件を明確に提示し、自社で実現しない理由をクリアーにする。

3. 上記の二つの理由を隠さないと同時に、もし上記2点について、変更や覆される事になれば、元々のサプライヤーへ固執することなく、変更点を採用し、覆す条件提示をおこなったサプライヤーを、どこよりも率先して詳細確認を行なう。

バイヤーが行なう「買う」と、一般に行なわれる「買う」の違いの一つに、同じ(ようなもの)を繰り返し買う事があります。上記の3つのポイントを実践することで、間違いを繰り返さない事が可能です。玄人の「買う」とは、よりよい購入条件を目指すとの根源的な部分の追求であり、恥の上塗りをしないことでしか達成されないのです。

無料で最強の調達・購買教材を提供していますのでご覧ください

あわせて読みたい