ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)
・データを使った社内説得について
「日本の状況は危機的である」。以前であればこんなことを言うのは狼少年だった。しかし、私たちはいまその声を無視できなくなっている。
統計データを利用して社内にそのことを伝える。そして、その事実をもとに、社内を調達・購買部門が考えている方向に導く。前回の連載であげた表は次のようなものだった。
<クリックすると図を大きく表示できます>
これは日本国内の売上高推移を示したものだ。この表自体に驚きは少ない。しかし、私は次の表も提示しておいた。
<クリックすると図を大きく表示できます>
この表は、製造業に関わる人たちにとっては衝撃的だと私は思う。なぜなら、製造業のみが赤字に陥っており、製造業以外(非製造業)はほぼ変わらない水準の利益を確保しているからだ。
さらに今回は違うデータを示そう。これはCPIというもので、一般的に「消費者物価指数」と呼ばれるものだ。
<クリックすると図を大きく表示できます>
この一般的な消費者物価指数を示して「日本はデフレだ」という人がいる。ただ、この下にもう一つの指数を並べてみたい。
<クリックすると図を大きく表示できます>
こう見ると、まったく違った現状が浮かび上がってくる。原油・エネルギーの価格上昇と、消費者物価指数(CPI)はほとんど同じ動きをしているではないか。
もちろん、個別の事象はあるだろう。ある企業では調達・購買部門が頑張ったとか。あるいは、ある企業では商品を安くしか売れなかったとか。しかし、全体論でいえば、日本企業の物価とは原材料調達に翻弄されている。
つまり、原材料こそが企業の売価(売上高)と利益を決定してしまうのである。私はこれまで何人もの調達・購買関係者の講演を聞いたけれど、この文脈で材料調達の大切さを語っていた人に出会ったことがない。とくに原材料を調達している調達・購買部門であれば、その影響はかなり大きいはずなのに、いまだに材料調達を部材調達より格下にみなす人までいる。繰り返すが、最重要課題は材料調達であり、材料調達がすべてを翻弄しているのだ。
・為替の真実
さらにもう一つの指標を紹介しよう。これは「ビッグマックインデックス」というものだ。各国の為替レートがどのように決まるかは諸説ある。ただ、そのなかでも各国の購買力平価で決定されるという説が一般的だ。
そこで、「ビッグマックインデックス」は各国のビッグマックの価格を調べることで、適切な為替レートを導こうというものである。ファストフードは国民の購買力に敏感に影響する(ちなみに参考までだが、地方経済の良し悪しを調べるには、バイトの自給を調べればよいといわれる。好況時はすぐに働き手が足りなくなり自給があがるからだ)。
たとえば、アメリカで1ドルで販売されていたビッグマックが、日本では100円だとする。その場合は、100÷1=100 だから、1ドル=100円が適切な為替レートと計算できる。
そこで、2010年の8月の時点で、当時の実際のビッグマックの価格を調べてみたことがある。結果は、アメリカ3.73ドルにたいして、日本は320円だった。ここから計算するに、適切な為替レートは 1ドル=85円というものだ。
これは驚きだった。8月は「政府の為替政策がロクでもないから、円高になってしまっている」というトーンでの報道がなされた。新政権の金融・財政政策のマズさもさかんに指摘された。しかし、このビッグマックインデックスを元にすると、85円くらいが妥当なものとして、すなわち円高を前提として企業はビジネスを組み立てるべきだ、という結論になる。
もちろん、私はビッグマックインデックスが絶対的に正しいと言いたいわけではない。そのような指標で、為替の妥当性を予想することもできるという意味だ。ちなみに、85円が妥当だとすると、81円はさすがに行き過ぎだとしても、90円~100円のレートはむしろ円安すぎるという言い方もできるだろう。
さて、ここで三つの事実が明らかになった。
1.製造業は現在、危機的な状況にある
2.また原材料がすべてを翻弄している。また、原材料調達がこれからのキーとなる
3.現在の為替レートは円高ではなく、むしろ適切値で、このレベルを基準に考える必要がある。
ここまで考えると、危機的なる状況を、「材料の海外調達」で打破するべきだという文言に説得性が出るだろうか。実は、この2回の連載で私がやってみたのは、自分が「もし会社のなかで材料の海外輸入を推進するために、社内説得を行うのであればどのようなデータを使うか」を考えた結果だった。この説得方法のみが正しいとは言わない。私ならそうするということだ。
統計データを見ると、実に意外なことがわかってくる。しかも、その統計データは公表されていることばかりだ。
・国内産業の利益は「法人企業統計調査」から
・消費者物価指数は「統計局」から
それぞれ入手できる。実は私は日本的バイヤーの弱点は、世間のデータを俯瞰して、自分の立ち位置を確認することができないのと、そこからダイナミックな社内説得ができないことにあるのではないかと思ってきた。
さて、次回からは、社内を籠絡したあとに使える内容に入ろう。「間接材」「直接材」「サービス」「IT・ソフトウエア」にかかわりなく使える、そして有益な「コストテーブル」の話だ。社内説得から輸入促進、コストテーブル……。これらはすべて有機的につながっていく。
<つづく>