自虐の罪(牧野直哉)

便利とは「あることをするのに都合のよいこと。うまく役立つこと」ですね。本来であれば、喜ばしいことのはずです。しかし、最近もっとも便利になったと伝えられたことは、私にとって正直ぞっとする話でした。

画面にはオフィスの風景です。そして外は暗い。夜ですね。しかし、映し出されたオフィスは、とってもアグレッシブな雰囲気が漂っています。

そしてある男性が、鞄に書類を詰め始めます。「これから出張ですか?」と声をかけられ、その男性はそのまま空港へ向かう。そして真夜中に出発する便で海外出張へと出かけるわけです。その映像の中では、翌朝からバリバリと働く男性が描かれています。

日本を代表する二つの航空会社が、羽田空港の国際定期便再開に伴って流している広告でのお話です。テレビだけでなく、電車の中の広告にも登場します。

そして実際に国際定期便が再開されました。テレビで利用客のインタビューを見ると、好意的なコメントばかりです。時間を有効に使える、首都圏から近いといいつつ、笑顔のコメントばかりが放送では流されます。そんな中で、私みたいにゾッとする人はいなかったのでしょうか。皆さん前向きで、自分がとってもぐうたらな人間に思えます(ある意味事実です)。

ゾッとした理由。それは夜行便で海外へ行ってそのまま仕事をすることのつらさ、大変さです。当然、テレビCMや広告には描かれていません。そもそもこれから寝るだけというのに、ネクタイをきっちり締めている人を登場させるCMってどうかと思います。あぁーきっとこのCMを作った人たちって、きっと夜行便で移動して、そのまま仕事したことないんだろうな~と。そんな想いをいだかせるCMです。

日本人で海外へ出国している人は、ざっと1500万人です。この数字には、同じ人が回を重ねて出国すれば二回、三回とカウントされます。従い、海外へいく人は10人にひとり程度位でしょうか。私自身も、もっとも海外へ行っていたときは、年間15回くらいは行っていました。私はこの数字をみて、海外へ行っている人って少ないんだなって思いました。私が、比較的海外へいくひとが多い環境で日々過ごしている証なんでしょう。ちょっと驚きな数字でした。

これまでに何度もご紹介しているこの資料を参照します。すると、日本経済の輸出依存度は意外に低い。17.4%です。日本の人口は、世界で7位に相当します。そして、GDPは世界で2位。日本国内に十分大きな市場があって、日本の企業も国内マーケットで事業を営み、国内マーケットの影響が強いわけです。

最近、地元の中小企業の社長さんと一緒に勉強会を行なっています。バイヤーは普段何を考えているのかが知りたい、というニーズによるものです。話を聞いていて思うのは、ほんとうに中小企業の皆さんはドメスティックですね。海外への販売なんて全く想定していない。一生懸命、日本の大企業への売り込みを模索しています。そして、私はこんな事を伝えています。

・ 日本の大企業は、グローバルマーケットでは大企業でなくなりつつあること
・ 日本は内需依存型の経済であること
・ 内需は、人口減少で縮小傾向にあること

この3つを基点として、なぜ海外マーケットに目を向けないのか、ということを話しているのです。すると、海外って商慣習も違うし、そんなノウハウもないし……なんて声が聞こえてきます。そして私はさらに言います。別に海外へ行かなくても、買いに来てもらえば良いじゃない。そして売り手の言い値で買って貰えば良いじゃん、と。でも、これまでの長い経験、ある意味でバイヤーのしてきたことが、買いに来て貰うことや、言い値で買って貰うことを、イコール無理としてしまっているのですね。なにか、とっても自虐的なんです。

そして冒頭のテレビCMや広告の話。これまた自虐的と思いませんか。CMでは、ラウンジでくつろぐ姿が描かれています。でも、一日全力投球で働いた後です。絶対に疲れていますよね。でも、CMの中では、翌日とってもアグレッシブに働く姿も一緒に描かれている。私も、同じような経験を何度もしています。アグレッシブにならざるを得ない場面には何度も出くわしました。しかし、満面の笑みを浮かべていたかと言えば、そんな記憶はありません。笑い話にしますけど、つらい記憶しかないのが現実です。

日本の首都圏の弱点が国際空港であることは、これまで重ねて指摘されてきました。そして今回の羽田の再国際化です。日本経済が下り坂のまっただ中にいる中で、空港が近くなったから景気が良くなるといった短絡的なものでもないでしょう。しかし、都心へのアクセスや、日本各地へのアクセスに要する時間は大幅に改善されます。日本全体へ与える影響は別にして、我々はビジネスパーソンとして、何かのきっかけとすべきであると考えます。そのきっかけが、一日働いたその足で出張へ行くことなのか、出張じゃなくても、仕事帰りにそのまま空港へ向かい、家族と合流するような旅行なのかって考えるわけです。いずれにしても、何か自虐的だと思いませんか。

確かに、単純な時間観念をベースにすれば、仕事が終わってそのまま海外へ向かい、翌朝から仕事ができれば効率的に見えます。しかし、中身ってどうなんでしょう。夜行便で移動して、翌朝からほんとうに集中して業務がこなせるのか。せっかくの海外旅行なのに、現地へ到着して爆睡なんて事態にならないのかどうか。現実問題として、です。実際に海外に行き慣れているビジネスパーソンは、CMで描かれていることが、絵空事であることを十分にわかっています。どのように、自分の体調含めて管理をするかを理解している。だから、海外出張に行くときにスーツを着るなんて事はしないんです。

今回の羽田の再国際化にともなう広告を見たとき、何か従来の延長線上で、日本人が得意としている「自虐」を感じます。24時間空港で、成田への気遣いもあって、いわゆる夜行便しか飛ばせなかったのでしょうか。でも、もうこれ以上「自虐」でなにを虐めればいいのでしょう。そろそろ自虐を捨て、反転攻勢しないと、ほんとうに失われた30年の最後の10年がスタートしてしまうのです。

そして、バイヤーも間違いなく「海外」を目指すときが来ています。従来の人件費のメリットだけを狙うような海外調達目的ではありません。日本国内のサプライヤーともつきあいつつ、海外のサプライヤーとのビジネスも成功させる……この有料マガジンでは、昨年「今更始める海外調達」をお送りしました。近々、羽田空港再国際化記念ではないですが、これまでと全く異なる海外調達のあり方をお知らせしたいと考えています。キーワードは「自虐からの脱出」」です。

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