タイムマシンに乗るという方法(坂口孝則)
私は「利益は「率」より「額」をとれ!―1%より1円を重視する逆転の発想」という本を出しました。そのときに、紙面のページ数の関係上でボツになってしまった文章があります。
「タイムマシンに乗るコスト低減術」という節タイトルもので、なかなか面白く書けていると思いますので、ご紹介したいと思うのです。では、「利益は「率」より「額」をとれ!―1%より1円を重視する逆転の発想」もよろしくお願いします!
それでは!
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商売で成功する方法が、かつて発見されました。それは、タイムマシンに乗ってみることです。
これまで、タイムマシンを扱った小説では、主人公が大儲けをする場面が必ず登場しました。5年後にタイムスリップしてみれば、どの企業の株価が大きく上昇するかがわかります。あるいは、どんな商品が値上がりしているかがわかるので、現在に戻ってきた主人公はその株式や商品を買って、ただ待っていれば大金が転がり込んできます。
しかし、ここで一つ大きな問題があります。それは、タイムマシンがまだ発明されていないことです。たしかに理論的に成立可能だとしても、現在の科学技術では、それを実現させるだけのエネルギーを発生させることができません。この現実不可能性こそが、タイムマシンの物語を、魅力的な夢として多くの人々の心を離しませんでした。
ただ、5年後は無理かもしれませんが、数週間後くらいであればタイムスリップできるタイムマシンが存在するとしたらどうでしょうか。
たとえば人気テレビ番組で「インド製ペンダント健康法」という特集があったとします。インド製のペンダントを首に巻くだけでヨガのセラピー効果によって健康がもたらされるというものです。その番組を見てから国内の仕入れ先を探す、あるいは現地に買い付けに行ったとしても、商品を揃えるのに2週間はかかるでしょう。タイムマシンを使い大手メディアで紹介される商品を予め知って、取り上げられるのとともに、すぐに売り出すことができたら、どんなにいいでしょうか。
この世の中には、タイムマシンに乗ってその情報をすでに得ている人たちがいます。
一部の大手小売業のバイヤーたちには、テレビ番組等で数週間後に取り上げられる予定の商品が業者から売り込まれます。高視聴率を保持している番組であれば、番組で取り上げられること=店舗で確実に売れる、という式が成立しえます。バイヤーたちは、すぐさまそれらの商品を吟味し、仕入れを行うことで、市場に真っ先に商品を供給し始めるのです。
視聴者たちは翌日から、取り上げられていた商品を買いに出かけます。その番組を想起させるポップチラシが店頭にあれば、商品は売れていくのです。
あなたはこの話を聞いてどう思ったでしょうか?
市場の歪みを利用した悪しき商行為として断罪するでしょうか。もしくは、タイムマシンに同じく乗ろうと決意するでしょうか。
前者は、完璧な市場の到来を待ちわびるしか解決策はありません。ただ、後者には代替策があります。
たとえば、テレビ番組雑誌を買うという方法がありました。それらの雑誌には、テレビ番組表が2週間先まで載っています。あるいは、検索エンジン等を利用してもかまいません。ゴールデンタイムに放送されている人気番組が、今後どのような特集をするか一目瞭然です。
これで、人気番組で紹介される商品を仕入れることができます。グレーゾーンにあるインサイダーぎりぎりの売り込みを待つこともなく、テレビ番組雑誌を買い、人気番組を選定さえすれば、かなり高い確率でタイムマシンに乗ることができたというわけです。
ちょっと前に喧伝されていたネット販売業者たちの手法はもっと鮮やかでした。同じくテレビ番組表をチェックし、商品を仕入れ、検索サイトにすぐさまキーワード連動広告をアップしておきます。そうすれば、番組終了後には、そのワードで検索した視聴者たちを次々に自己販売サイトにおびき寄せることができたのです。
番組名と商品名の組み合わせであれば、流行前ならば、さほど広告のクリック単価も高くありません。もし、類似品の販売だったとしても、その流行予定ワードでおびき寄せることだけはできました。
ちなみに、これらの手法を使って儲けることは、現在では難しくなっています。それは、同様の手法をとる小売業者が多くなったからです。みんなが同じタイムマシンに乗り出したとすれば、後発業者の儲けのパイは必然的に小さくならざるを得ません。
では、私はなぜこの例を取り上げたのでしょうか。
それは、ここに「情報化社会」から「知識社会」への移行の本質が見て取れるからです。
今では、情報があふれている社会になりました。紹介したテレビ欄は誰だって見ている情報です。しかし、その有益性にいち早く気づいた人たちは、それを利用して儲けました。あとから参入した人は、それからではなかなか儲けを出すことができません。
商売の現場にも多種多様な情報が散らばっています。市場が発する情報、社内が発する情報、メディアが発する情報。得ようと思えばいくらでも得ることができます。ただ、あなたはその情報をいかに知識に変えることができるでしょうか。
商品の個別原価を計算している企業があります。では、赤字商品の生産をむやみに中止してしまうと、赤字が縮小するどころか、拡大してしまう可能性がある理由を説明できますか。あるいは、コスト低減を進めれば進めるほど全体の利益が少なくなってしまう場合の理屈を説明できますか。また、諸悪の根源と思われている在庫を増やすほど利益があがる理由を知っていますか。なぜ、売上は1割しか減っていないのに、利益が半減するなどということがありうるのでしょうか。
会社ではいくつもの数字が飛び交い、みんなはそれを情報としては知っています。ただし、それだけではデータと数字の羅列にすぎません。今必要なのは、机上の情報と実務を橋渡しし、実利をもたらしてくれる知識なのです。
もっと簡単な例をあげます。
あるレストランでは、売上の減少が悩みの種でした。そこでその店のオーナーが実行し、顧客満足を上げ売上げを寄り戻した方法は、食材を変えるのでもなく、内装を変えるでもなく、各メニューの名称を変更することでした。メニューの名称によって客が感じる味覚が変化すると知ったオーナーは、店員を含めた知り合いに声をかけました。どんな人でも、がんばって探せば実験に参加してくれる人を100人程度は見つけることができるでしょう。「シーザーサラダ」は、そのままがいいのか、あるいは「新鮮野菜サラダ」がいいのか。
今では、インターネット調査を利用して、どのような名称のほうが客の反応が優れているのか簡単に知ることもできます。このレストランでは、複数人の調査で残った名称を、さらに不特定多数のフィルターにかけることによって、「しゃきしゃきレタスのカリカリベーコンサラダ」と変更し、顧客満足を上昇させました。
繰り返し、名称を変えるだけで、です。
商品の名称によって客反応が異なる、ということくらいは知っている人もいます。また、インターネットを利用すればキーワードごとのヒット率を調査できる、ということを知っている人もいるでしょう。ただし、それと目の前の問題の解決を結びつけることができてこそ、情報は意味を持ちます。
このレストランは、情報を「料理」し知識に創り変えました。その知識は将来にどのようなものが売れる可能性が高いはずだ、という示唆を与えてくれました。
またそれは、新たなタイムマシンに乗るということです。努力や根性を前提とするものではなく、新たな時代にふさわしい利益創造のありかたでもあります。