工場見学原論(坂口孝則)

バイヤーがサプライヤー工場を見る意味について、みなさんはどう考えているでしょうか。これまで、「バイヤーたるもの、サプライヤーの工場を熟知せねばならない」「現場知識が大切だ」といわれてきました。

だから、今でも多くの人たちが何も疑問を持たずにサプライヤーの工場に行くのでしょう。これは皮肉ではありません。「現場を見ろ」と言われれば、誰だってそうするはずだからです。

でも、私はずっと疑問でした。なぜ工場を見るのか、と。このような簡単なことに「ひっかかってしまう」私は、かなり生きにくい人間かもしれませんね。

いや、私だって何社も何百社も見に行きました。今だってそうです。現場の大切さなど、聞かされずともわかっているつもり。だけど、それでもなお、疑問を持っているのです。

どういうことでしょうか。

バイヤーは生産現場を見ます。そして、それを他社と比べるでしょう。良いところ、悪いところ。「安いサプライヤーは、さすがちゃんとしているな」という感想を抱くかもしれません。正直、私はバイヤーが工場見学に行って「こういうものを作っていた」「安そうだった」というレベル以上の出張報告を見たことがないのです。もちろん、言葉はさまざま変わるでしょうが、そのすべてが同工異曲に感じました。

工場に行きますよね。そこで「うわあ、効率良さそう。安そう」という感想を抱くとします。で、それが結局どう見積りにつながるんでしょうか。

どうも、バイヤーは、工場は工場、見積りは見積り、と思っているようでした。私は、工場の良さが、どのようなメカニズムで見積りに反映していくかこそが知りたかったのです。

たとえば、工場のなかの、どのような要因が見積りの安さや高さにつながっているのか。いや、それがロジカルではなく、政治的要因に左右されているとしても、それを知りたい。印象論ではなく、具体的な尺度として教えてほしい。もっというのであれば、この工場で生産したら、「いくらになるべきなのか」を計算する手法を知りたい。そう考え、さまざまな人に訊いて歩きましたが、明確な意見をくれた人はいませんでした。

みんな、なんとなく「良い工場で生産したら安くなる」とか「非効率的な工場で生産したら見積りは高い」とか。そんな印象論しか教えてくれませんでした。印象論であれば、会社の経費が厳しいおり、行かないほうがいいのではないですか。工場の優劣が、きわめて定量的な方法で、どのように見積りを左右するのか。その具体的で、具体的で、具体的な方法を知りたかったです。

こんなことを言うと嫌われるかもしれません。でも、言ってしまいます。バイヤーの工場見学は、文字通り「見学」にすぎません。手前味噌ながら、私は原価計算の手法や、管理会計の方法を学びながら、工場のコスト体質がいかに見積もりに反映されていくのかを学んできました。もちろん、価格はロジカルな要素だけでは決まりません。

繰り返し、企業間の政治的な要因や、市況によっても変化するものです。しかし、だからといって、まずは価格決定の理論的な決定手法の学習を放棄するべきではない。そう思ってきたのです。

これは、業界によって異なるコスト構造を持っているので、なかなか具体的な話ができません。ただ、工場を見るときとは、なんらかの具体的な観点と評価点を心に抱いて望まねばならないと思うのです。その一部は、自らの理論構築に役立ちます。自らの理論と経験を結びつけたところにしか、プロフェッショナルというものは成り立ちません。
私は、そのように構築した理論をこのように披瀝する場をつくりました。

おそらく、日々の業務に意識的なバイヤーであれば、同じことができるはずです。まったく同じものを見ているのに、バイヤーによって、得るものが異なる。これこそが奇跡と呼ぶにふさわしいものではないでしょうか。

毎日のように出張に出かける各社のバイヤーを眺めて思うのは、私の場合そんなものです。

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