ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
サプライヤーマネジメント原論 9~関係継続理論
引き続き、サプライヤーとの関係を継続する方法です。
前回は、ゴーイングコンサーンという言葉を元に、なぜサプライヤーとの関係を継続すべきかを、企業の存在意義の観点から論じました。そして、サプライヤーマネジメントも、製品ライフサイクルの短縮化により、その活動の軸を、ライフサイクルの初期段階から行う必要性についても説明しました。今回は、もう一つ、サプライヤーとの関係継続は、実はバイヤーがもっとも追い求めるコスト削減にも大きく貢献すること、そして具体的な継続するための手法について論じてゆきます。
まず、サプライヤーとの関係継続が、なぜコスト削減へと繋がるのかについてです。
読者の皆さんが新規にサプライヤーを採用する場合、どのようなプロセスを踏む必要があるでしょうか。次の、簡素化したサプライヤーの採用と、発注までのプロセスをご参照ください。
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新規サプライヤーの採用プロセスは、企業それぞれの考え方によって異なります。従い今回は、どの企業でも最低限このプロセスはあるだろう、という簡素化した図を用いています。この図から、サプライヤーとの関係を継続することが、いかにコスト削減へ貢献するかを説明します。
図をご覧頂いて一目瞭然です。取引関係が継続しているサプライヤーを採用することで、発注に至るまでの3つのプロセスを省略できるわけです。省略できるプロセスは、
① サプライヤー情報入手
④ サプライヤーの監査
⑤ サプライヤー採用可否判断
の3つです。④のサプライヤー監査では、品質管理能力や生産管理能力を具体的にチェックする必要があります。多くの場合、実際にサプライヤーを訪問して行われるはずです。監査に要する準備や、実際に出張に費やされる人件費、出張に要する交通費や日当といった経費が不要になります。バイヤーと品質保証の担当者が2名で、日帰りで行ったとしても、十万円以上に換算される費用が発生します。そして、2名以上の陣容で、綿密な監査を行って、サプライラーの能力を見抜こうとしても、事前に監査によってみなした能力通りに供給が行われるかどうかわからない、というリスクは残ってしまうわけです。
一方、過去に問題を起こすことなく納入が継続していれば、その実績から将来の納入もつつがなく行われるであろうと「信頼」できます。取引が継続しているサプライヤーも、過去には「新規」だったわけです。新規採用の際に確認した品質管理能力、生産管理能力が、保たれてきたので、今回も継続して満足できる可能性が高いと判断されるわけです。従い、同じサプライヤーへ発注し続けるということは、一回当たり十数万円の費用支出を削減しているわけです。
そして、具体的にどのように継続するか、です。継続する方法を考えるときにも、上述した発注する際に費やすコストがポイントになります。
寸法だったり、重量だったりを計測する測定器は、定期的に測定結果が正しいかどうかをチェックしなければなりません。このチェックは「校正」と呼ばれます。精度の高い三次元測定器や、多くのゲージ類の校正には、高額の費用が発生します。正しい測定結果を継続して得るためには費用支出が必要なのです。
測定器具は、非常に安定した、高価な材質を使用して製作されます。しかし、使用頻度や環境によって、測定結果に変化を来します。厳密に言えば、日々変化しています。測定器具に使用される原材料は、その変化量が元々少ない。しかし、なにも調整を行わずしてずっと同じ結果を表示し続けることはできないわけです。同じ製品を同じ品質・性能で供給し続けるためには「校正」によって調整しなければならない。継続して使用していたが故に発生する変化を、元に戻すわけです。
サプライヤーとの関係継続についても全く同じ事が言えます。自助努力によって、同じ機能・品質を持った製品を継続し続ける優秀なサプライヤーもあるでしょう。それは、たまたま同じなのではなくて、測定器具に行われている校正のような、自社にとって好ましくない変化を、費用を投じて変えない状態に保っています。同時並行で、自社の置かれた市場の変化には、自社のやり方を変えて対応してもいます。バイヤー企業側が、サプライヤーとの関係を継続する上で行わなければならないこと、それはサプライヤーの好むと好まざるとんい関わらず変化を察知することです。納入状況であったり、品質であったりは、継続的にモニターして、状態の良化は奨励し、悪化は何らかの策を講じます。バイヤーはどのような変化を察知すべきでしょうか。
一つ目は、サプライヤーの信用度合いです。継続して事業をおこなうための運転資金の確保に問題はないかどうかを確認します。これは、取引先調査と称して、年に一回程度提出してもらう決算の数値はもちろん、外部の調査会社によるデータでの評価も必要です。
二つ目は、サプライヤーの事業の方向性です。ビジネスを推し進める上での戦略が、どのような方向へ向いているのかを掌握し続けることがバイヤーには必要です。
上記の二点は、継続的な確認による掌握が必要です。その上で、変化するポイントを察知するのです。変化によって、先ほどの品質、納入と同様に、良化を来すことが予想されるのであれば、静観し、奨励する、極論すれば無視しても構わないんです。重要なのは、将来的に自社の事業にとって悪化することが予想される変化です。ここで一例を挙げます。
サプライヤーマネジメントの一環として、自社の事業の方向性をサプライヤーへ伝える努力は、多くの企業により行われています。では、サプライヤーの自社との取引に関係のない全体の方向性であり、戦略を掌握することを行っているでしょうか。ポイントは、自社に関係のない部分への注目です。
例えば、競合メーカーとの取引をやめ、バイヤー企業の事業ドメインとは異なる顧客への売上が増加しているとします。バイヤー企業との取引状況には然程変化はありません。しかし、サプライヤーの事業戦略からも、異なる事業ドメイン向けにリソースを配分していることが読み取れる。この場合は、将来的にバイヤー企業からの撤退もあり得るな、との将来の変化点を察知することが可能です。バイヤーが次に起こすアクションは、具体的に競合メーカーとの取引をやめた経緯を聴取したり、他部門とサプライヤーとのコミュニケーションの頻度を確認したりといったものになります。そして、いよいよ、これは撤退か……となったら、代替えサプライヤーの準備に取りかかるという風に繋がっていくわけです。
経営とは、自社の経営資源の掌握と適正な配分を行うことです。当然、サプライヤーでも同じ事が行われていはずです。バイヤーは、高い品質で、希望納期通りに、一円でも安く買ってくるのが使命です。その実現の為に、バイヤーの欲するQCDを実現するた目的で、サプライヤーの経営資源全般が適正に配分されているかどうかを継続的に確認すること、必要であれば自社の事業の方向性と共に、リソースの再配分を申し入れることが、長期的なサプライヤーとの関係構築に不可欠なのです。次回は、具体的な継続に必要な手段と、発生するコストについてです。