人を説得する方法(坂口孝則)
自分は運が良いーー。
そう思っている人はどれだけいるでしょうか。私は、意外に「自分は運が良い」と思うタイプです。そのときは不幸のどん底のような気がしていたけれど、あとから振り返ってみればそのときの経験が役立っている。そのように感じることがたいへん多いからです。
ただ、ほんとうに運が良いということもありました。それは人との出会いです。私が幸運だったのは、私が何かを提案したとして「上手くいかないと思うよ。でも、やってみるか」と言ってくれる人がいたことだと思います。
いまでは、会社の予算も厳しいですから、「なんでもやってみろ」ということのできる上司は少ないかもしれません。そのような時代もあるのでしょうね。
なんでも部下の提案を「否定するところからはじめなければいけない」予算縮小の時代にあって、働くモチベーションが低下してしまうのは、ある意味しかたがないことかもしれません。
さて、この文章は「人を説得する方法」でした。提案を受け取ったとき、あるいは提案をするときでも、「人を説得する」ということなしには物事を前進させることはできません。その提案を実行するにせよ、実行しないにせよ、です。
これまで、「Yes~But」方式というものがありました。部下が持ってきたものは、何でも、まずは「Yes」と受け取って、そこから難点を伝えよというわけです。会話を想定してみましょう。
「課長、このようなプロジェクトを実施しようと思っているのですが」
「おお、ええなあ。どれどれ。よく考えているな」
……しばし提案書を見て……
「なるほどね。これは良いよ。でも、問題点もあるな。例えば……」
これが、まずは「Yes」で受けて、Butで返すという「Yes~But」方式の典型例です。
ただ、これは本当かよ、と私は思ってきました。というのも、この「Yes~But」方式は有効ではないと感じたからです。私自身が「最初は『良い』と言ってくれたけれど、結局はダメなのかよ」という感を拭えなかったことにあります。
そこで、私はむしろ「But~Yes」方式しかないのではないかと強く思ってきました。つまり、最初に否定して、最後にホメるというやり方です。同じく、会話を想定しましょう。
「課長、このようなプロジェクトを実施しようと思っているのですが」
「いや、これは問題があるぞ、たとえば……。あるいは……。こんな問題があるから、これは難しいと思うんだよな」
「そうですか……。私はそこまで問題と思っていなかったのですが……」
「誤解するなよ。発想は良い。それに、このような提案書にまとめたのは偉いよ。問題点はあるとはいえ、それを改善できれば成立する。もうちょっと頑張ってくれないか。ここまで考えているのは凄いと思う」
「わかりました。ありがとうございます」
こんな感じです。もちろん、私の文章の書き方というのもありますけれど、私はこのような「But~Yes」方式のほうが、実際にこれまで人を説得できたという経験もあります。人間は、結局のところ、人から言われた内容の「最終箇所」しか覚えてはいません。最後が否定的だったのか、肯定的だったのか。それであれば、肯定的な終わり方をした方が良い。そう思ってきたからです。
おそらく、メールも同じではないか。「提案書ありがとうございます。」「ただ、これだけの問題がありますよ」という書き方ではなく、「いただいた提案書には、こういう問題があります」「ただ、とはいえ提案書自体は面白いし、すごくわかりやすいと思います」という言い方のほうが遥かに人を説得できるものです。
「Yes~But」方式から、「But~Yes」方式へ。人を説得させるコツは、実はささやかな工夫にあるのではないか。そう感じるのです。