ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)
「見積りのウソの見つけ方 最終回」
(これまでの内容をお忘れの方は、バックナンバーからご確認ください。また、無料購読期間中の読者の方は少 しおまちくださいませ)
・見積りのウソとサプライヤーのコスト構造
見積りにはウソが隠されている。そして、それはサプライヤーとバイヤーの二者関係が内包する必然的な問題である。
これがこの連載のメッセージだった。その問題を解消することこそ、バイヤーの役割でもある。
これまで何回にもわたって「見積りのウソの見分け方」を連載してきた。ここで述べてきたのは、見積りに含まれているさまざまな構成要素が、サプライヤーから仕込まれた意図的な「ウソ」を持っていることだった。もちろん、私はサプライヤーが悪いといったのではなく、それにはバイヤー側にも責任があるといった。できるだけ理論的に説明してきたつもりだ。
さて、私は最初に製品コストの原価を分類した。たとえ、どんなものであっても、材料を何らかの加工を施して製品を作り上げるという構造は同じであるはずだ。
「利益」と「販売費・一般管理費」のみならず、「加工費」や「材料費」にもウソが紛れ込んでいること、その必然をお話した。特に「加工費」については、サプライヤーから二重請求されていることをまったく気付かなかった、という感想が寄せられた。
しつこいが、これまでの内容を忘れている人は、バックナンバーから確認してほしい。また、大変恐縮ではあるものの、無料期間のみなさまは、できれば1ヶ月後からはバックナンバーが確認できるようになるので、そのときをお楽しみにしていただきたい。見積りのウソを見抜く方法を明確に描いたつもりだ。
さて、見積りのウソを見抜いたのはいいとしよう。しかし、そのウソを暴いたといっても、それだけではどうしようもない。そこから、いかに適正なコストに導くかが重要だ。
では、なぜ見積りにはウソが含まれるのだろうか。多くの人はこう言うだろう。「そりゃ、できるだけ高く売りたいからだよ」と。それには一理ある。しかし、それだけではない。私は見積りにウソが含まれるのは必然だといったが、そこには「サプライヤーがウソをつかざるを得ない」理由もあるからだ。
このメールマガジンをお読みの方にはしつこいかもしれないけれど、サプライヤーのコストを簡単な例で見てみよう。
こんな簡単な例をあげてみた。これをサプライヤーだと思ってほしい。サプライヤーA社とサプライヤーB社である。サプライヤーAもBも同じようなコスト構造を持っている。1万円で何かを仕入れて、それを社員が加工して、バイヤー企業に売るのである。社員の給料は1000万円だから、サプライヤーAもサプライヤーBもコスト構造としては変わらない。
しかし、である。ここで一つ仮定を加えてみる。サプライヤーAが販売できるその製品は年間で1000個。サプライヤーBが販売できるその製品は2000個とする。としたときに、サプライヤーAとBの、製品一つあたりにかかるコストはどうなるだろうか。これも図にしてみた。
1000個しか売ることのできないサプライヤーAであれば、1万円+1000万円÷1000個=2万円。2000個を販売できるサプライヤーであれば、1万円+1000万円÷2000個=1万5千円。これがそれぞれの製品にかかるコストとなる。
仕入れは「変動費(売上や生産に応じて、比例的にかかってくるコスト)」であり、社員への給料は「固定費(売上や生産にかかわらず、固定してかかるコスト)」である。だから、そのサプライヤーが何個売ることができるかによって、最終製品のコストが変化するのである。コスト構造は同じでも、最終製品のコストが異なる。
・見積りのウソが生まれる背景
これから何がいえるのだろうか。
さきほどの例では、サプライヤーAとサプライヤーBをとりあげ、「実力が同じであっても、販売できる数の違いにより、最終製品のコストが変化してしまう」ということを述べた。
固定費を何個(販売個数)で割り振るかによって、コストは変化していく。ということは、である。
もし、このような仮定があったとしたらどうだろうか。サプライヤーAもサプライヤーBも、実はバイヤー企業からは同じ「2000個」で見積り依頼を受け取っていた、という仮定である。なぜ、サプライヤーAはバイヤーから「2000個」といわれているのに、わざわざ1000個でコスト計算したのだろうか。
もうおわかりだろう。
そのサプライヤーAはバイヤー企業から「どうせ2000個の注文なんてこないから、その半分くらいで計算しておけ」と思ったからだ。サプライヤーAは、これまでもそのバイヤー企業と付き合いがあるために、「バイヤーが提示してくる見積もり数量など、ウソのかたまりだ」ということを知っていたのである。「年間10万個ほど調達するから、見積りを出してくれ」と言われるときもあるが、せいぜいその半分の5万個しか発注してくれないのだ。
それに対して、サプライヤーBは今回はじめて見積り依頼を受けたところだから、正直に2000個で計算したのである。そうなれば、(繰り返しだけれども)サプライヤーAとさほど実力が違わないのに、見た目上は「安いコスト」が実現してしまったのだ。
これは大変重要なことを含んでいる。
バイヤー企業が提示するRFQ(見積依頼)のなかの「調達予定数」がアテにならないほど、サプライヤーは余裕を見るしかないのである。つまり、こちらの「ウソ」には、相手も「ウソ」で対抗してくるわけである。
ここで、さきほどの図をもう一度ご覧頂きたい。
サプライヤーAは2000個のところを、1000個で割ったのである。だから、ほんとうは1万5千円のコストを実現できるのに、1000個くらいしか注文が「こないだろう」と踏んで、2万円と設定した。
これは、私がいろいろなプロジェクトで見積りを作成する側にもいたために、理解できる。「2000個を注文する」といいながら、実際は1500個しか発注しなかったり、800個くらいしか注文しなかったりするところが非常に多い。
そうすると、バイヤー企業には言えないものの、あらかじめ少ない数で固定費を配賦するしかなくなる。「オタクは2000個注文するといいながら、いつも500個くらいしか注文してくれないので、500個で計算しておきました」とはいえないのである。だから、見積もり上は2000個で計算したように見せかけて、裏帳簿ではちゃんと500個でコスト計算しておくのだ。
・見積りのウソを見つけたあとに
ここで、一つ質問をしてみたい。
「予定数量以下になってしまったときに、サプライヤーに金銭的補償をしているバイヤーはどれだけいますか?」。
おそらく、誰もいないのではないかと思う。
年間2000個注文するといいながら、年間500個しか注文しなかったとき。ほとんどのバイヤーは、前任者のせいにするか、「そんなこと言ってくるなよ」とサプライヤーを一蹴しているのではないか。
見積りにウソがある。しかし、それはバイヤーのRFQにウソが紛れ込んでいるので、やむを得ない防衛手段という意味付けもある。あちらにウソをついてほしくなければ、こちらがウソをついてはいけない。それは当たり前のことだ。ただ、どうしてもバイヤーからのRFQ数量は、実際のそれと比べると大きくなりがちだ。
どうしたら良いのだろうか。
一言でいえば、それは「RFQの数量の精度をあげる」ということになろう。なぜなら、今の日本組織において「実績が予定よりも少なければ、サプライヤーに金銭的な補償を行う」ということは難しいだろうから。
実際にヨーロッパの自動車部品メーカーでは、そのような数量を割り込んだ場合には金銭的な補償を契約している例もある。だから、そのような道も模索しても良い。しかし、大半の日本企業では、そのような契約はできないだろう(まだ、バイヤー企業のほうが上だという意識もあるもんね)。
この「RFQの数量の精度をあげる」ということに理論的な説明を施すことは困難だ。各社によってRFQ数量の計算にはさまざまなものがある。なので、私の例を述べてみよう。私はRFQの数量に、できるだけウソを紛れ込まさないように、このようなことをしていた。
たとえば、あなたが設計部門から「年間想定数1万個」という案件を入手したとしよう。
-
各部門(主に設計部門)に、この年間想定数はほんとうか、と一つひとつヒアリング
-
その結果、希望的観測であり、実際はその70%程度であるならば、7千個でRFQをかける。
-
サプライヤーには「できる限りRFQの数量の精度をあげるので、余裕を持たずコスト計算してほしい」と依頼
-
それでもこちら(私が属していた企業)にリスクを感じるのであれば、正直に「7千個ではなく何個で計算したのか」を明記してもらうように依頼
-
たとえばサプライヤーAが7千個で計算し、サプライヤーBが5千個で計算したとしたら、その見積りは受け取るものの、見積比較のときは両社とも7千個で再計算したもの同士を比較した
-
実際の発注と予定数にあまりに乖離があった場合は、設計部門に「なぜなんでしょうか?」としつこくヒアリングする
このように地道な作業でRFQの精度を上げていったのである。
これは理論ではなく実践ではないか、と思われた人もいるだろう。それは正しい。おそらく、「理論的に説明する」とは言ったものの、結局はこのような地道で愚直な行動のなかからしかサプライヤーとの協業は実現できないだろう、と私は信じている。
サプライヤーの見積りのウソを暴き、その背景はバイヤー側のRFQの不確かさまで話が及んだ。お分かりの通り、次号以降の内容は、もはや「見積りのウソの見分け方」ではない。より深くコストを見る目を磨くこと、そしてその先にサプライヤーとの協力関係を構築する方法について述べていきたい。