ほんとうの調達・購買・資材理論(牧野直哉)
・いまさら始める海外調達 2
前回、海外調達をおこなうときに明らかにしなければならない3点をおしらせしました。
①どんな物・サービスを海外のサプライヤーへ求めるのか。
②海外に求める物・サービスを現在買っている価格、コスト構造
③海外へ求める物・サービスの、希望する購入価格
海外調達をおこなう上で、最初の大きなハードルとは、自らを知ることです。自社が今、何に困っているのか。困っている事がはっきりしたら、なぜ困っているのか。納期なのか、価格なのか、それとも品質なのか。そして、最後に困っていることが明らかになれば、それをどのように改善するのか、になります。前回までのお話で、これらのハードルをクリアすることができて、いざ海外調達をおこなうときに必要な、人、モノ、金、情報といったそれぞれのリソースをどうやって確保し、どのように活用してゆくのかをお知らせしたいと思います。
1.人
海外との取引で最初に問題になるのが、相手とのコミュニケーションです。言葉、文化的な背景が異なり、特に言葉の問題は非常に大きなファクターとなります。 それでは、海外調達をおこなう担当者を選任する際に、言葉の得手不得手によって決定してしまっていいのかということです。
言葉ができるにこしたことはありません。 近年は大企業の資材調達部門にも、新卒で英語等語学の得意な人が配属されることが珍しくありません。又、社内で大々的に海外調達を推進する際には、各部門から語学の得意な人間が集められるケースもあります。しかし私はここでまったく非論理的な担当者選任案を提案したいと思います。
(1)好奇心旺盛な人
(2)正しい状況判断が下せる人
(3)何が起こっても動じず、楽しむことができる人
(4)どこでも寝られ、何でも食べられる人
(5)期間限定の孤独に耐えられる人
まず、海外メーカーとの取引には、いろいろな 「初めて」に遭遇します。相手の国や都市、人も初めてなら、相手から出てくる様々な条件にも、思いもよらない事が提示されます。それこそ日本とは違っていることばかりです。 海外調達とはそんな常に新しい状況、出来事に興味をもって対処できることが第一歩になるといっても過言ではないのです。日本人からみれば、時に驚き、あるいはあきれてしまうこともあります。そんな状況に、素直に かつ積極的に相手の主張に聞く耳を持つ事が重要なのです。
次に、海外調達とは迷いの連続です。取引条件の設定内容や、品質確認の考え方、実践方法と、相手にとっては当たり前でも、我々にとっては初めて聞く事ばかりです。 そのまた逆もあります。そんな時に、それぞれ提示された条件で、的確に状況判断をおこない、意思決定ができることが、海外調達をおこなうバイヤーの必要不可欠なスキルになります。
続いて、海外調達先とのやり取りや、特に移動の際など、日本では考えられない事態が起こります。日本では、基本的に時間通りに電車、バス、飛行機が運航されますが、これは日本が海外に誇れるものであり、海外ではこのような事はありません。気がつけば乗るはずの飛行機が欠航していたり、予約されていて確認書まで持っているのにホテルの部屋が確保されていなかったりと、いろいろなトラブルに遭遇します。預けた荷物が到着していないといったトラブルは珍しくありません。そんな時に「まぁ、いいや」と言えるかどうか。海外出張を円滑に進めるために、荷物が届かないことを常に想定して移動する強者も私の周りにはいました。日本では絶対起こりえない事 が起こったとき、海外では必要以上にストレスを感じてしまうものです。平常心で仕事をおこなうために、今起こっていることはすべて正しいと思え、更に楽しんでしまうくらいの人が海外調達を担当するのに 適任と言えるのです。
そして「どこでも寝られ、何でも食べられる人」ですが、これは今回提示した五つのポイントの中でも一番重要かもしれません。食の志向は長年培われたもので、一朝一夕に変わることはできません。実際、 私が初めて海外へ行く同僚や他部門の担当者と一緒の場合、最初の夕食をおいしそうに食べているかどうかを重要視しています。楽しそうに飲みかつ食べていれば、取りあえず 海外調達の最低限の適正はクリアしたと、極端に言えば、次につながるという意味で出張の半分以上の目的は達成したと判断していました。食べる、寝るとは、人間の欲求としては生理的なものとして基礎的欲求として位置づけられていますが、やはり基礎がしっかりしないとそれ以上の高次の欲求の実現はあり得ないのだと 、寝ること、食べることから実感させられるのです。
最後の「期間限定の孤独」です。最初の市場調査の段階では、現地に行く あてはあっても、基本的に一人でいることが多くなります。先に示した(1)~(4)の内容を、孤独な状態で実践する必要があることを忘れてはなりません。 ここでいう孤独とは、寂しさに打ち勝つということではありません。普段の職場では、上司がいて、部下がいて、場合によっては自分の仕事をサポートしてくれるアシスタントがいてくれるのです。海外では、何もかも自分でやる必要があります。経験がない人からすると、これだけでも結構なストレスになるはずです。
2.モノ
海外調達とは、まさにこのモノというリソースを求める行為になります。しかし、海外の相手にモノ・サービスを求める事は、大きなリスクを伴います。そして現在事業を行っているわけですから、日本国内にこのリソースがあることになります。海外調達を進めつつ、国内のサプライヤーとの取引を平行で成立させる。そういった国内サプライヤーにとってネガティブな局面での関係継続も、バイヤーの大きな役割といえます。調達するモノ・サービスによっては、自社の購買戦略を大きく見直す事も必要になってくるでしょう。これは海外調達を開始させ、進めていく過程では避けて通れない場面です。海外サプライヤーとの取引開始、拡大で、取引を減少させなければならなない国内サプライヤーとの関係の再構築も、バイヤーにとってはとっても大事なアクションになるのです。
3.金
ここでの「金」とは、海外調達を開始するに際して必要な経費です。新たなサプライヤーと取引を開始する際、国内であればどのような必要経費が発生するでしょうか。ケースにとって変動するのは当然ですが、以下に典型的なケースを紹介します。
1)初回訪問、目的は相手先の調査
2)二回目訪問、初回の結果を受けて、工場監査、発注品の仕様確認及び、品質確認方法の確認
3)納入前検査(四回分)
最低でも合計六回の出張費用を必要経費とします。これはあくまでも最低限であり、これ以上に費やすことが多いと思います。
ここで納入前検査のために現地を四回訪問するとしていますが、海外サプライヤーと、日本との違いの多くは、品質に関する考え方です。この四回とは、出荷する前に問題を潰しておくのも重要ですが、自社の品質に関する考え方を相手に伝える ために要する最低限の時間です。一回目の指摘事項が二回目に修正されているか。そういったことを継続的にチェックする姿勢を海外サプライヤーに伝えることが重要なのです。
そしてもう一つ、実際に試作品を発注するコストも費用に織込む必要があります。これら費用を含め、現在発注している価格と比較してメリットが享受できる可能性を計るのです。これら費用を織込んだ上で、メリットが享受できるとの仮定が成り立てば、海外調達へトライする価値があるといえます。逆に、この机上の計算でメリットが得られない場合は、海外調達をおこなうべきではありません。前号でも書きましたが、言葉も文化も異なる相手とおこなうビジネスです。相手には当たり前の主張が、こちらにはかなりトリッキーに聞こえる場合もあり、実際に想定外のコストへつながる場合もあります。想定外をいかに少なくするかがバイヤーとしての能力ですが、想定よりも少額で済むというケースは、まずあり得ません。必要以上に少なくも多くもなく、的確な費用を算出して、海外調達の妥当性を計ることが重要なのです。
4.情報
最後に情報です。これは一番確保するのが難しいかもしれません。
サプライヤーによっては、日本の同業者よりもPR能力に優れた海外サプライヤーに出会うことも少なくありません。会社案内や、会社紹介のプレゼン資料など、ビジュアル的には素晴らしい資料が多い のも事実です。これは日本のサプライヤーでも同じですが、美しい資料はちょっと手をかければ作り上げることが可能です。仮に実態がなくとも、資料はなんとかなります。要は、美しい資料 にある実力をそのサプライヤーがほんとうに兼ね備えているかどうかです。発注側の要求を実現できる能力、姿勢を有しているかどうか。上記3で、最低6回の訪問を必要としているのは、この辺の相手の実態の確認も含めての話です。日本国内では、帝国データバンクや商工リサーチ、リスクモンスターといった調査会社が存在しますが、相手の国でこのような情報サービスが存在するとは限りません。海外で有名な同様のサービスには、Thomas Globalが存在しますが、海外ではそのようなサービスを利用しつつも、自らの目で判断することが何にも増して重要になることを理解しましょう。