世界一のバイヤーになるための思考法・仕事術(坂口孝則)
CMDという言葉がある。これは、Criteria that make the decision=決定をもたらす判断基準、という意味である。CMDはどんなときに重要か。それは、ほぼすべてのときに重要なのである。いや、もっといってしまえば、新人時代にこの思考法をちゃんと教えてもらわなかった人はのちのち苦労するだろう。そして、少なからぬ人たちが、このCMDをしらないがゆえに仕事をうまくまわすことができていない。
たとえば、このような経験がないだろうか。設計者と集まってミーティングをするとする。設計者はあなたに、新製品に使用する仕様図を提示してくる。それが新たな調達品であり、これから各社に見積りを依頼すべきものだ。あなたは仕様の簡単な説明を受け、「見積り依頼先は○○社と、××社ですね」と候補サプライヤーについて話し、その場を解散する。そして数週間後、あなたは最安値のサプライヤーの見積もりとともに、設計者と再度ミーティングをすることになる。「ここが最安値だった」というあなたに対して、設計者の反応は冷たい。「いや……そこは無理だよ」「その仕様では、厳しい」などネガティヴなコメントが返ってくる。そして、あなたは結局、設計者が事実上指定したサプライヤーとの交渉をいやいや開始することになる。
このような場面に何度も立ち会った。しかし、これは要するに、バイヤーがCMDを知らなかったために頻発することなのである。CMDとは、決定をもたらす判断基準のことだ、といった。先ほどの例の場合は、何がサプライヤー決定をもたらすCMDなのかが、まったくといっていいほど具体的には語られていない。CMDとは、それが決まれば誰がやっても同じ結果が導かれる判断基準のことでもある。属人的ではなく、どちらかといえば、「誰がやっても同じ」という点で科学的ですらある。
この場合のCMDとはなんだろうか。さっと考えただけでもこれだけのものがある。
(1). 提示する仕様は絶対的なものか。サイズや機能、少しでも逸脱することは許されないか
(2). もし逸脱してもよければ、どの程度までは許され、支障がないか
(3). もし、今の設計構想ではサイズや機能の逸脱が許されないとしても、どの程度(何%)安ければ再考の余地があるか
(4). 仕様には書かれない、サプライヤーの制約があるか。また、その特定サプライヤー以外の場合、同じくどの程度(何%)安ければ再考の余地があるか
もし、これらが当初時点から明らかになっていれば、それらの注意を盛り込んだRFQ(見積り依頼)が可能となる。(1)や(2)や(3)が、サプライヤーの独断と偏見に満ちたVA提案などを防ぐことになるし、「こんな安い提案をしているのに採用してくれないなんて」というサプライヤーの「泣き言」も聞く必要はなくなる。それはそもそもCMDの観点から「ありえないVA提案」だからである。
そして、もっといい点は、このCMDさえ決めていれば、関係者はそのCMDに反することができなくなるということだ。言葉とは、誰も逃れられない。それが自分で発したものだとすればなおさらだ。設計者が、そのCMDにいったん納得、合意してしまえば、その条件下においてバイヤーがどのような選択をしたとしても、それは「許される」ことになる。CMDとはそれほど重要な概念なのである。
さらに進めていえば、初期段階の会議においてみんなで議論すべきは、このCMDのことだけだといっても良い。判断基準がない、CMDがない、ということは、それ以降の決定のすべてに曖昧さとグレーさを残す。
同じように、議論の決着がつかず「また意見を持ち寄りましょう」という場合も要注意だ。そんな場合、また持ち寄ったとしても、なんの進展も見せるはずはない。なぜなら、CMDが決まっていないからだ。たとえば、「この社員と、あっちの社員と、どちらの社員に特別ボーナスをあげようか」という問題について議論していたとする。この社員は、こんな良いところがあります。いやいや、あっちの社員もこれだけ真面目です。などという議論を2回、3回と重ねても結論は出ない。出たとしても主観的になるだけだ。ここでは、たとえば「これから特別ボーナスをあげる社員を選別する」CMDとして
(1). 過去5年間の病欠回数が3回未満であること
(2). 毎年のコスト低減率が3%以上であること
(3). 他部からの360度評価の結果が80点以上であること
(4). 女性社員に手を出していないこと
などという具体的なCMDが合意形成されなければいけない。もちろん、(4)は冗談だが、そのように具体的数字と項目が共有されていない空間の議論は、ほぼすべてが無に帰す。
困ったら、まず参加者とCMDの決定に努めよ。これは会議のテクニックとして有効なだけではない。すべての仕事に、基礎として必要なものなのである。