ほんとうの調達・購買・資材理論(坂口孝則)

・たった10分間であなたを変える技術

10分間だけお時間をいただきたい。10分とはこの文章を読み終わるまでの時間だ。そしてそれは、あなたを変える10分でもある。

この世には三つのウソがある。 「コスト削減こそが利益最大化する」というウソ。 「原価率は低いほどいい」というウソ。 そして、「売上がたくさんあれば大丈夫」というウソ。 この連載は、それらのウソからの解放を目指すものだ。そして、そのウソから解き放たれたあなたは、これまでと違う世界が広がっていることに気づくだろう。

また、この世には二種類の会社がある。「儲かっている会社」と「儲かっていない会社」だ。そして、この世には二種類の社員がいる。「優秀な社員」と「優秀ではない社員」だ。ではなぜ、儲かっている会社は儲かっているのだろうか。優秀な社員はなぜ優秀なのだろうか。

その理由を一瞬で説明したい。

一瞬である。 

それは、儲かっている会社は「儲かること」をしているからであり、優秀な社員は「優秀なこと」をしているからだ。 怒らないで続きを聞いてほしい。 ある会社と比べて、同業種で10倍儲かっている会社があるとする。ある社員と比べて、同職種で遥かに稼いでいる社員がいるとする。それらの能力差は10倍もあるだろうか。社員のスキルに2倍も差があるだろうか。せいぜい、数%の差であり、ときに能力は逆転していることだってあるはずだ。そこにある違いは、「他を引き離す知恵を持っているか」にすぎない。あるコンサルタントは、これを「DMD(The difference that makes a difference):違いをもたらす違い」と呼んだ。この連載は、世間のウソから解放するとともに、DMDをあなたに与えるものだ。

・コスト削減のウソ

穴を掘る。そして、穴を埋める――。 昨今のトレンドは、どこの企業であっても、「コスト削減」という。生産現場、そして外部調達を担う調達・購買部門まで、どこか1円でも削減できるところはないか――。 そんな活動が、ずっと続けられている。ただでさえ、売上高が落ち込んでいるから、あとはコストを抑えるしかない。そんな単純な、かつ永遠のテーマが、いまさらながら注目されてきた。

ただ、そのコスト削減の活動自体が、前述の「穴を掘り、穴を埋める」ということに似た無益な行為だったらどうだろう。いや、まったく意味がないとはいわないまでも、コスト削減の手法が根本的に間違っていたとしたらどうだろう。おそらく、目標が達せられないのみならず、完全に間違った方向に舵を切っていることになる。

ここでは、単純なモデルを想定しよう。コスト削減、というとき、具体例がなければ想像が難しいからだ。売上高が1億円で、製造原価が9千万円で、粗利が1千万円という企業のモデルである。ここでは、間接費や、営業外・経常外の費用・利益などは考慮せず、これがそのまま企業全体の利益であるとしよう。

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ここでは、製造原価率は9割、粗利益率が1割となる。計算は簡単だ。

多くの企業で実施されているのは、ここで製造原価率に注目するやり方である。「昨年度は、製造原価率が80%で粗利益率が20%だった。それに対して、今年度は製造原価率が90%に上昇してしまい、粗利益率が10%に下がってしまった。この10%はいったい何が原因だ!」というわけである。そこにはさまざまな原因分析がなされ、いつしか社内の犯人探しまでに発展していく。営業部門が悪いのだとか、工場が悪いのだとか、そんな話をずっとやっている。

利益率、原価率……。「率」で語るのはわかりやすい。それに、前年データ等の変化も理解できる。だから、多くの企業や、あるいは企業人は、この「率」ですべてを語ろうとする。そこで、前述の例に戻ろう。「売上高が1億円で、製造原価が9千万円で、粗利が1千万円という企業」の話である。

ここで、一つの出来事を加えてみたい。それは次のようなものである。 この企業は決算時期を迎えようとしていた。すると、その企業の営業担当者に、一つの電話がかかってくる。電話の先は、得意先のバイヤーだ。「海外から調達したいものがあるんだけどね。20億円する装置なんだよ。ただ、こちらとしても、期末ということもあって、あまり予算がない。そこで、わずか1000万円の口銭で仲介してくれないかな」。こんなビジネスの誘いだった。書類や通関手続き、その他の処理に時間はかかりそうだ。しかし、自分でやれば、費用はほとんどかからない。その営業担当者は、その仕事を引き受けるか、引き受けざるべきか、を悩むことになる。

「売上高が1億円で、製造原価が9千万円で、粗利が1千万円という企業」はどう変化するだろうか。これも、単純計算で見てみればいい。「売上高が21億1000万円で、製造原価が20億9千万円で、粗利が2千万円という企業」になる。あたりまえだ。1000万円儲かる仕事を受注したのだから、粗利も1000万円伸びるだけのことだ。この仕事を受注するだけで、それまでと同等の利益額を稼ぐことに成功した。わずか一つの仕事で、その他の仕事を受注したときの利益を稼ぐわけだから、これは巨大案件と言ってよいだろう。 * 正確には「製造原価」と「仕入原価」は異なるが、この場合は本旨ではないため、同一としたことはご了承願いたい

しかし、この営業担当者は、粗利益率が圧倒的に下がっていることに気づく。これまでは、原価率は9割だった。それが、この仕事を受注した瞬間に原価率は9.9割にまで上がってしまうのである。利益率は、それまでの1割から、わずか0.1割(0.95%)に下がってしまうことになった。

<図はクリックすると大型表示されます>

あなたがこの営業担当者だったらどう思うだろう。また、「率」でしか判断しない人たちはなんと言うだろう。利益の総額は上がったにもかかわらず、利益の率は大幅に下がってしまうのである。一つの仕事で利益を倍増してしまったにもかかわらず、ある判断軸の人間の目には、最低の損益計算書として射影されることになる。 しかし、冷静に考えればこの仕事がなかったら利益の1000万円は存在しないのである。全社のコスト削減の評価軸として、もし製造原価「率」しか持っていなければ、この営業担当者は仕事を断っている可能性もある。 ここに「率」だけで物事を判断しようとする人たちの限界がある。

・間違ったコスト削減の目標を立てる人たち

これは、極端な例をあげてみた。だが、同じようなことは現場で多々おきている。利益「額」を増やしたにもかかわらず、利益「率」が悪いために、誤って低評価を下してしまう。利益の「額」が問題なのに利益「率」が問題ないからと、そのまま素通りしてしまう。前述の企業の例ほど金額差があれば誰だって気づくかもしれない。

しかし、実際のビジネスの場ではそれほど差はないから、原価率だけを気にしてせっかくの利益を取り逃がすことがある。「この仕事は弊社が決めている最低粗利益率に達しませんので、お断りします」などということを言ってしまう営業担当者もいる。「製造原価率に厳しいんですよ、ウチは」などとも付け加えられる。

コスト削減の目標として、「製造原価率○○%削減!」と掲げる企業は、もしかすると利益額を減らしていないだろうか。せっかく利益を増やせるところを、社員がおのずと受注を拒否していないだろうか。そんなコスト削減の目標なら「いらない」のである。

ここで当然の結論が導かれる。 「企業は、利益率ではなく、利益額の最大化を目指すべきだ」 ということである。

もし、制約が無ければ、企業は利益率の高いものを販売すれば、結果として利益額も最大化していく。しかし、制約のある(いわば、現実の)状況では、利益額の高いものに注力すべきなのである。これは逆ではない。かつて、上場している巨大商社が、過去最高利益を達成したときの経常利益率は、たったの2%にも満たなかった。それでも、利益の絶対額は最高だったのである。これは、「率」信仰者から見れば良いことだろうか、悪いことだろうか。

繰り返しになるもののコスト削減は、前期との比較で、製造原価率(あるいは材料費率)などで評価されることが多い。そのときに、コスト削減を単なる「率」で見るときは、必ず陥穽に落ちていくのである。「コスト削減ばかりを気にしていませんか」とは、正しくは「コスト削減<率>ばかりを気にしていませんか」と書き換え直される必要がある。

・固定費と変動費が教えてくれる、もう一つの世界

これをもう一つの側面から記述してみよう。製品には、固定費と変動費というものがコストとしてかかる。

詳細の説明は省くものの、大まかに言えば、 ・固定費……生産や売上の大小にかかわらず発生する費用(労務費・賃借料・減価償却費など) ・変動費……生産や売上に応じて比例的に発生する費用(材料費・消耗品費など) となる。

減価償却費は、かなり複雑な説明を要するので、ここでは省略してしまうものの、設備・建屋等のコストと考えてくれればいい(これについては、別途説明予定)。固定費は必ずかかってしまうものだから、タクシーの初乗り運賃のようなものだ。それに対して、変動費は外部から調達してくるようなものなので生産が無ければかからない。同じタクシーの例で言うと、初乗り距離以上の、追加料金のようなものだ。

企業の総コスト線は次のように描くことができる。

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グラフの切片にあたるところが固定費。そこから伸びているのが変動費である。

当然ながら、売上線は売上高を示し、総コスト線はコストを示す。よってグラフから単純に、売上からコストを引いた長さが利益と読み取ることができる。また、売上線と総コスト線がつくる交点を、損益分岐点という。損益分岐点以下であれば、企業の利益は出ないし、それを突破すれば、企業は利益が出る。

この場合は、損益分岐点が二つある。そのあいだの売上であれば、利益は出ることになる。小さな工場を思い浮かべればいい。仕事が少ないうちは、コストはどんどんかかるが、そのうち、追加費用がほとんどかからない売上がやってくる(線が並行に近くなっているところだ)。しかし、そのまま仕事を増やし続けると、追加の材料コストだとか、残業費だとかを支払う必要が出てくるため、コスト線は急な勾配になっていく。

このコスト線が曲線系になっていることについて、自分にあてはめて考えてみよう。あなたに仕事が一つか二つしかなければ、その一つか二つの仕事にかかってくるコストは高くなってしまうだろう。あなたの労務費を回収するのは、その仕事しかないからだ。しかし、10や20の仕事があれば、それぞれにかかるコストは薄くなり、安くなっていくだろう。もしもう一つ仕事が増えようが、あまり苦も無くこなせるはずだ。しかし、自分のキャパを超えた仕事を受注してしまえば、その仕事をこなすために多大な追加費用を計上することになり(例えば、私設秘書を仕事に応じて雇うとか、残業費が発生するとか、健康維持のために追加でサプリメントが必要になるだとか)、結局はコストが売上で得たお金を駆逐してしまう。よって企業のコスト線はこのような形をとることになる。

ここで、グラフの原点から総コスト線に接するように線を引いてみよう。グラフの原点から総コスト線に接する箇所が、製品一個あたりの平均コストがもっとも低くなる。これは、そのときに、その線と、X軸がつくる角度がもっとも小さくなるからである(当然だが、売上とコストが接しているところは、売上=コスト、となるため利益は出ない)。

<図はクリックすると大型表示されます>

この点を「売上高1」としてみよう。ここは平均コストが最も低くなるところだ、といった。コスト削減だけを考えて、あるいは製造原価率の最小化だけを考えている人たちは、ここが企業の利益を最大化すると考えているかもしれない。

しかし、高校のときの数学を思い出していただければわかるとおり、この点は利益を最大化するところではない。売上線と平行な傾きを持つ線が、総コスト線に触れる点が最大の利益をもたらすのである。

<図はクリックすると大型表示されます>

これから読み取れるのは、平均コストが最も低いところを目指すだけではいけないということになる。

・コスト削減のその先へ

またまた繰り返しになるものの、多くの工場では、平均コスト率が注目されている。 「今月の原価率は先月よりも高かった。だからダメだ」 「今月の原価率は先月よりも低かった。だから良い」 そのような単純な判断軸だけで大丈夫なのだろうか。原価率にこだわるあまり、多少原価率に目を瞑っても、利益を最大化するチャンスを逸してはいないだろうか。粗利益1000万円の会社が、粗利益<率>をあえて無視することで粗利益2000万円にすることに成功したように。

もちろん、原価率を完全に無視しろというわけではない。しかし、原価率だけを気にしているだけではいけないのである。

同じことが、バイヤーにもあてはまる。多くの企業がいまだに、バイヤーの評価を「売上高」と「粗利益率」だけで判断している。売上アップを目指すのは良いが、だからといって薄利の商品を敬遠してしまうのはいただけない。薄利であろうが、そこに販売のチャンスがある限り、売れるほど「利益<率>は下がっても」「利益<額>は増えていく」ことになるからだ。

率だけではなく、額を見ろ――。そんなささやかな利益構造を理解するところから、これからの広がりがある。この連載では、今回のこの小さな見方の違いからはじまり、徐々に深い「原価・調達・購買・仕入れ術」に突き進んでいく。10分間の体験が、大きな差を生むだろう。 「違いをもたらす違い」とは、仔細な、それでいてこれからのモノの見方に着実な変化を引き起こすものなのだ。

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