都会の購買、田舎の購買
「こんなことやってられないよ!!」
非創造的な仕事ばかりをやっていれば、誰だって息苦しくなる。
そのバイヤーは、出社すると自分の机の上に置いてある一枚の紙を見た。
そして、「またか」とつぶやく。
その紙を見る。マーカー線を引く。頭の中で順番を決める。
まだ、勤務開始時間まで15分あるな、と時計を確認し、その紙を片手にコーヒーを飲みに行く。
「今日も始まった」と心の中でリフレインし、その日の「宿題」に目を通す。
その書類は何だったか。
毎日恒例の「納期フォローリスト」だった。そのバイヤーが担当している部品のうち、どの部品が納期に間に合っていないか。どのサプライヤーが納入していないか。発注日はいつだったか。発注数は何個か。
そのバイヤーが見ているのは、行を数えるのもイヤになるくらいの部品数が記載されたリスト。
チャイムが鳴る。始業時間だ。
バイヤーは電話をかけやすそうな部品から順番に、サプライヤーへ連絡をする。
言い争い、不毛な納期短縮依頼。
そうしているうちに午前中が過ぎていく。
書類は一方的に溜まっていく。これを処理するのは夜8時以降だな、とつぶやいて、午後から再びサプライヤーへの電話攻撃だ。
そんな日常を繰り返していた、あくる日のこと。
同じような業務に忙殺されていた、そのバイヤーの後輩は、仕事中にこう叫んで、もう会社に来なくなった。
「もう、こんなことばかりでイヤです!こんなことやってられません!」
・・・・
そのバイヤーは私だった。
バイヤー業で一番つらいことは何ですか? と同業者に問うと、ほとんどの場合「納期調整です」と答えが返ってくる。
注文時から無理と分かっている納期設定。
しかも、それを社内に付き返すこともできない立場。発注後はなぜか社内中の責任を一手に背負う矛盾感。
サプライヤーへのお願いの連続。
なぜだか、深夜までサプライヤーの工場に張り付いている自分を見つけて、苦笑すらもできずにいる状況。
なぜバイヤーの仕事はトラブル処理ばかりなのだ、という不合理感。
ときには、その全てがバイヤーの頭を駆け巡り、モチベーションを低下させてしまうのだろう。
そしてバイヤーの中の「まとも」な割合は、前述の後輩のように嫌気がさして辞めていく。残ったバイヤーは「これも仕事だよな」と自分を無理に納得させたりして。
「納期調整に時間がとられているのは、生産管理全体のシステムがおかしいからである」と言う人もいるし、それは正論だが、もしそうだとすると生産管理システム全体が解決されるまでバイヤーの苦悩は続くことになる。
・・・・
ある日のことである。
こういうバイヤーに出会った。
「昔は、納期調整ばっかりで大変だったなあ。でも、今ではそんな悩みはなくなった」と。
私はすぐにその解消理由を訊いた。どのようにして彼が納期問題から手を切ったのかを知りたかったからだ。
すると、彼はこう言った。
「ああ、そりゃあね、納期調整をしなくても良い(つまり納期調整は生産管理部門のみで実施する)会社に転職したんだよ」
その答えのミもフタもなさに、私はしばし感心したことを覚えている。
続いてこうも言っていた。
「そしたら、もちろん価格交渉とか戦略構築とか品質向上とかは手が抜けないよ。でも、本来の仕事はそっちだから、そっちで忙しくなったのは嬉しいなあ」と。
私は、彼の発言をずっと否定しきれずにいる。
そしてなぜだかこの発言が頭から離れない。
彼の笑顔とともに。
・・・・
こういう話をすると、必ず「目の前の業務にしっかりと取り組むことが大切だと思う」とか「最近の人はこらえ性がない」とか「転職をすすめているのか」とか、次元の低い意見を言ってくる人がいる。
そういう話じゃない。
だいたい、そういうことを言う人は、今の自分の仕事のことが好きじゃないことがほとんどだ。夢を捨て、自分の仕事に対して「まあこんなもんかな」と自分自身を騙すことに慣れていて、現状肯定をしているだけだ。「俺はこんなに大変な仕事をやっているのに、アイツだけ抜けるのは許せない」という子供以下のやっかみに満ちているときもある。
私が出会った限り、本当に自分の仕事が好きでたまらない人は、他人がその仕事を辞める決意をしても「ああ、そう」で終わりである。
他人を気にする必要がないほど、目の前の業務に夢中なのだ。むしろ、「こんなに愉しい仕事を分からない奴が消え去った」と喜んでさえいる。
話を戻そう。
しばらくやってみて、ある仕事の中にどうしても喜びを見つけることができなかったら、社内で仕事を変えてもらうか、それを許されなかったら社外に飛び出すという選択をするべきだと思うのだ。
自分を誤魔化してまで、イヤな仕事をする必要はないと思うのだ。
それは、年収が下がるかもしれないとか、そういうことで抑止力になることでもない。
もっと大きな、「やりたくないことをウジウジ続けていく人生で良いのか」という問題だと思う。「そんなことで貴重な時間を費やしてよいのか」と。
もちろん、不条理続く業務をこなしていて、愉しみを見つけることができたらこれに越したことはない。
しかし、合わないならば、今すぐに走るべきだと思う。
次の自分の職業像に向けて。
まだ見ぬ、自分に向けて。
私の本を読んで、「購買業務に絶望していましたが、なんとか明日からも頑張ってみようと思いました」という感想をいただくので、今回は長く書いてみようと思った。
「バイヤーは、購買業務よりも前に、自分を見つめろ!」