たまらなく、恫喝購買
「忙しいんですから!もう訊かないで下さい!」
「忙しい」と周囲に言う人ほど馬鹿に見える人種はない。
そのバイヤーは、また一人が消えた、と思った。
そのバイヤーがある後輩を教えていたときのことだ。
後輩は、入社2年目。いよいよ、バイヤーとして複数社を担当として任され始めていた。
後輩は、そのバイヤーに「どのように仕事を学んだらよいでしょうか」と、いつも質問をしていた。
「どうやって、業務を早く覚えることができますか?」
「どうやったら、業務を早くこなせますか?」
そういう純粋無垢な質問に対する、そのバイヤーからの回答はいつも「本を読め、自分で考えろ、多量な仕事をしろ」というもの。
ただ、そのような答えだけでは不親切だと思ったのか、バイヤーは読み終わった本を後輩に渡していた。
「これは勉強になるから、読んだ方が良いよ」
そうやって渡して、翌週に感想を聞き、また本を渡す。そんな師弟関係(のようなもの)が続いていた。
しかし、半年が経とうとするとき、後輩の様子が変わり始めた。
本を渡しても読んでこない。新しいことを勉強しようとしない。仕事をまわそうとすると、拒否される。
「もうちょっと、目の前の仕事以外で色々と学んだ方が良いよ」というバイヤーのアドバイスも、当初は頷いていたものの、徐々にそのアドバイスすら聞く耳を持たなくなった。
「もう、忙しいんです。A社と面談するし、B社とも打ち合わせしなきゃいけないし、C社とも価格交渉しなきゃいけないし」
そういう理由が目立つようになってきた。
「人と会うのを止めろ」とバイヤーが言っても、「いやあ、人と会うことで学べることの方が多いですよ」という返事。
あるとき、バイヤーが忙しそうな後輩に、渡した本のことを問いかけると、その後輩はこう言った。
「だから、忙しいんですよ!本なんて読んでいませんよ!めっちゃくちゃアポイントだらけなんですから!」
・・・・
そのバイヤーは私だった。
その後輩は、スケジュールをアポイントで埋め尽くして、「私って忙しい」病にかかっていった。
人と出会うことは、有益である。これは否定していない。
しかし、「人と出会って話すことで、色々な知識を得ることができる」と妄信するのはいかがか。などと思う。
バイヤーは放っておくと、どんどん営業マンからのアポイントだらけになる。
スケジュール帳を予定で埋め尽くさなければ、仕事をしている気になれないという人までいる。
私は、プライベートで人と会って話すことは良いと思うが、仕事上で人と会うことを信条としているバイヤーはマズい、とすら思う。
ここまで書くと、きっと著者は「コミュニケーション能力を欠いた人なのだろう」とか「きっと対人能力が不足しているのだろう」とかいう、反論に溢れる。
未だに日本は個人詮索と個人批判の国なのだ。
が、そういうことは今回の趣旨ではない。
バイヤーが人に会うことと、学習についてだ。
・・・・
実は、私もある時期に、人と会って話すことを推奨していたことさえある。そして、人と会って話すことは非常に勉強になるな、と感じていたこともある。
しかし、である。
「人と会って得ることが出来た知識」と「自分で唸りながら考えたアイディアや独学して学んだ知識」を比べると、やはり後者が効率的にも質的にも量的にも優れているのである。
生産工程のことを学びたければ、本を読むか、あるいは一人で生産現場に行って考えをめぐらせたり、調べたりした方がずっと良い。
やはり、人から聞いた知識よりも、自分の頭で考えたことの方がずっと勝っていることが分かったのだ。
繰り返しあえて書くが、「人と会って学ぶ」ことを否定していない。
ただ、それよりも自分で学んだ方がずっと良い、と言っているだけだ。
考えてもみよ。生産現場で工員がやっているのは、ずっとずっと目の前の対象物と自分だけの世界での改善だ。
誰かに会っているわけでもない。あくまで、狭い限られた世界で、自分一人でより良い姿を目指しているのである。
そして、その自問こそが日本の製造業を世界一にさせたのではなかったか(こういうことを書くと、また「現場の改善はチームでやっている」などと頭の悪い反論をしてくる人がいる。それは外部の力を借りない、という意味で私の書いていることと合致している)。
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思い出すに、小学校のとき。あんな狭い空間で、しかも決まりきったメンバーだけの中で、あれほど多くのことを自ら学んだのではなかったか。
小説家のソルジェニーツィンは、独房の中で、あの豊かな表現と感性にあふれた「イワンデニーソヴィチの一日」を書き上げた。
誰か、「自由や多くの人との出会いの中からインスピレーションが生まれる」と言っている人はこの事実を説明せよ。
人との出会いではイノベーションは生まれない。
一人一人が自分だけで考え、少しずつ少しずつ改善を重ね、生産性をじっくり上げていくことでこの社会は豊かになっている。
だからあえて、「バイヤーは殻に閉じこもれ」、とすら言いたくなってくる。
私よりも長く働き、私よりも多くの人と出会ってきたバイヤーの言説が「見向きもされず」にいるのに、私の書いていることが(出版できる程度には)受け入れられているのは、自分一人で考えたことの方が、一般性を持つという逆説があるからである(わはは)。
もっと一人だけで考える時間を持て。
「バイヤーは、引きこもりになれ!」