恋愛としての調達・購買論
「話が違うじゃないですか!」
バイヤーは怒った営業マンの前で静かに座っていた。
大型案件の話をしていたときのことだ。
その大型案件が中止になったのか。否。
では、その大型案件に向けた、バイヤーの目標コストが、あまりに無謀なものだったのか。否。
むしろ、その営業マンは「価格だったらもっと下げます」と言っていた。
その営業マンは失注のお知らせを聞いた直後だった。
最初は誰だって様子を見るために高く見積もりを提出する。
もちろん、そんなことは大声では言えないが、それくらい分かっているでしょう?と営業マンは問いかけてきた。
バイヤーは即答した。「いや、そんな事情は全く分かりませんでした」と。もちろん、それほどバカではないので、当初の見積もりがやや高めに出されていることなど知っていた。
それでも、バイヤーはこう言った。
「そんなこと、私は分かりませんよ。提出された見積もりを見て、他社に決めただけの話です。その見積もりが本気か、本気じゃないかなんて、人のウラを読むのは刑事の仕事です。読心術を習得しているわけでもありませんし」と。
営業マンは、逆ギレし、受注当然の大型案件を失注した怒りからか、こう叫んだ。
「話が違うじゃないですか!」。
・・・・
そのバイヤーは私だった。
そろそろ、初回はお互いの様子を見る、といった陰湿な価格ゲームはそろそろ止めた方がいい。
少なくとも私はそう思っていた。
現状を見てみろ。競合・競合と言いながら、実際は指定席に座るサプライヤーが最初から決められていて、そこ以外の見積もりは単に当て馬として使われるだけではないか。
それだから、指定席に座るであろうサプライヤーはまともな見積もりを最初は出してこないのだ。
ならば、本当に最初から一番安かったところに発注を決めれば良いのではないか。
そう思った私は、あるときそれを実行した。
一番安いところは、3番手くらいに考えられていたサプライヤーだった。
社内に報告するときは、私は頭を使って、「もう何度も交渉したんですが、この結果なんです」と言ってやった。
社内からも「何回か交渉したか」と、まるで指定席談合を許容するかのような感覚麻痺にあふれていたからだ。
ゆえに、私は最初だけの見積もり提示だけで、決めた。
そして、本命サプライヤーにお断りした。すると、営業マンが「なぜなんですか?」という騒ぎになった。
ぼうや、おうちはどこでしゅか。はやくかえりまちょうね。
と、本来の「当然」を伝えてあげるしかない。
それは、もちろんそれまでの自分たちの対応を反省することも同時に、である。
・・・・
おそらく調達部門ほど外部からの協力によって成り立っている部門はない。
とするならば、サプライヤーからいかに協力を得ることができるかが最大の焦点にならざるを得ない。
協力を得るためには、信頼と、それに反するようだが、こちらの一歩先を読ませないという工夫が必要になる。
こちらが規定演技ばかりを繰り返していれば、マンネリの中で、サプライヤーは決まりきった常套手段を繰り返してくるだけになる。
それでは、協力を得ることなどできない。
協力を得ることができないということは、孤立化するということである。
孤独になるということである。
孤独さの本質とは、相手から理解されないことではなくて、理解されることにあるのではないか。
それは、恋愛の始まりが「あなたのこともっと知りたいの。教えて」であるのに対して、恋愛の終わりが「あなたがどういう人なのか、もう分かったわ」であることは非常に象徴的である。
・・・・
こちらを信頼させながら、それでいて、次にどのような一手を繰り出してくるかを想像させず、常に緊張感を持ってもらうこと。
それによってしか、「改善しよう」「進歩しよう」と思わせることはできない。
思わせることでしか、サプライヤーは動くことはない。
その誤解に基づく行動は、恋愛と同じようなものか。
誰も、相手のことが完全に分かってしまっては、異常な熱意も生まれない。
それをバイヤーの上手さと呼ぶのか、虚像と呼ぶのか、私には今のところ興味がない。こういうことを書きながら、私が全くモテないことには、多少興味はあるが。
「バイヤーは、虚像を創り上げろ!!」