連載13回目「購買はモノを買ってXXを売る」~日本人のノーベル賞受賞 その4 中国の科学技術と製造業

前回は、中国の科学研究について述べましたが、今回は中国の製造業(=調達・購買の取引先メーカー)に関するものです。

現在の中国の製造業は、日本、韓国やヨーロッパなどから部品、素材などを輸入して組み立てて海外市場に輸出する組立産業でしかないという意見もあります。果たして、中国は、近い将来に優れた部品や素材を開発・製造する、調達・購買からみて魅力的な取引先メーカーが溢れる国となるのでしょうか。

最近、企業訪問や研究会などで、何人かの人から中国製造業や中国人勤労者の考え方について訊く機会がありました。業界や立場も異なる人たちでしたので複眼的な見方ができる情報源と考えられます。その人たちは、いくつかの業界の日系企業中国工場長経験をした役員、日系大手製造業から中国の部品メーカーへ技術責任者としてスカウトされた人、日系大手事製造業の製品企画マネジャーなどの方々です。

これらの方々の話を、割り切って簡潔にまとめると次の2点になりました。

(1) 中国の企業や技術者は、今は自ら新規の技術などを開発するという姿勢や考えは少なく、他に現在あるものを利用し組み合わせて製品を開発しようとする場合がほとんどである。

(2) 中国の工場労働者は、指示がないと、自ら工夫して業務を改善しようとする姿勢はない場合が多い。しかし、何か報奨等をつけて競争させたりすると、他のアジアの国々よりかなり優れた結果をだす。

これらは、私の身近の人たちからの話から聞いたことを基にした、限られた情報源による結果かもしれません。しかしながら、それなりの職業上の地位にあり信頼がおける人たちの話を参考にしたものなので本質から大幅にずれたまとめではないと思います。

さらに情報源を増やすために、多数の人へのアンケートを送ったりする活動も現実的には不可能です。そこで、もう少し広い視点の情報を基に中国の製造業(調達・購買にとっては、取引先メーカーに相当します)の把握もしてみたいと思います。

中国の場合は、中央政府の産業政策・戦略が非常に重要です。2015年に発表された「中国製造2025」という中国独自の包括的な製造業高度化戦略が中国の製造業を動かしています。名称から2013年にドイツが提起した「インダストリ4.0」や日本の「ソサエティ5.0」を思い浮かべる人も多いと思います。

日本のソサエティ5.0が発表されたのは、2017年の秋なので、「中国製造2025」より後になります。「中国製造2025」に影響を与えた日本の政策があるとすれば、2015年に日本が発表した「ロボット新戦略」なのかもしれません。この「中国製造2025」には、次の5つの重要プロジェクトを推進することが書かれています。

(1)イノベーション主導の発展戦略の推進
(2)スマート製造を核として推進
(3)基盤技術産業を強化するプロジェクトの実施
(4)製造業のエコ化の推進
(5)ハイエンド装備製造業の振興

これらは、日本をはじめとした欧米の製造業ではすでにかなり実現されている分野とも考えられ、後追い型の産業政策であるともいえます。また、このうち(3)の基盤技術産業はコア基礎部品や新素材に関連した強化プロジェクトで、調達・購買には直接の関心がある分野です。

さて、この産業政策「中国製造2025」を推進する人材はどうなのでしょうか。トップ人材に焦点をあてて、重点投資する人材育成方式では、製造業の強化にはつながりません。

スタンフォード大学の研究によると、中国農村部の貧しい学生の大学進学率はわずか3%である一方、上海市の公式データでは、同市の大学進学率は84%に上るとのことです。2011年の政府予算を見ると、学生1人当たりへの支出は貴州省が年間約6万円であるのに対し、北京市は約33万円で、大きな差があることがわかります。

義務教育であっても、貧困家庭では教科書代を負担するのもままならないようです。また、多くの農村部の学校が閉鎖や統合に見舞われたことで、通学や寮生活が困難になり、農村部の中退率は上昇の一途をたどっているとのことです。

上記は、将来の人材の負の面ですが、反対の面(正の面)も見てみたいとおもいます。

中国でこの数年で、よく耳にするようになった言葉に「匠の精神」があるとのことです。これは、経済成長の質的な転換を図るためのキーワードの一つといえます。日本に学ぶという側面も強く、日本のある専門的分野の職人の作業風景を映した動画が120万回以上再生されるなど、もともとあった職人へのあこがれと政策的な誘導が相まって、匠精神への関心が高まっているとのことです。

「匠の精神の学習に努め、高性能の製造業を発展させる緊急性と必要性がやってきている」と指摘する人々もいるようです。日本のウォシュレット、工作機械、鉄道などの分野で日本の製造業はトップランナーだと認識して学ぶ姿勢も強調されています。

これまでの記述から、次の2つの疑問を挙げたいと思います。

(1)中国社会の教育格差は製造現場での優秀な中間管理職の不足をもたらさないでしょうか。
(2)日本の製造業の発展期での品質・生産性向上をボットムアップで支えたのは上記の「匠の精神」をもった工場勤労者の皆さんでした。工場中国系工場の現場勤労者には、「匠の精神」が芽生え、このような支えになるのでしょうか。または、それに代わるものがでてくるのでしょうか。

以上の2つの疑問から、中国系製造業が魅力的な調達・購買メーカー群になるのは、まだかなり先だと推察します。中国のトップ人材を対象とした研究者・技術者への投資は、近いうちに成功をもたらす可能性が高いかもしれませんが、製造業ではより多層にわたる人材育成や現場勤労者の主体性も必要なノウハウ蓄積などをはじめとした、沢山の課題があり、高い水準の成功に到達するには長い年月が必要だと考えられます。

さて、前回のその3(中国の科学研究)と、今回のその4(中国の製造業―調達・購買の取引先メーカー)の中国に関する記述の最後に、次の言葉を、述べたいと思います。ドイツの文豪ゲーテの言葉です。

「光の多いところには、強い影がある」

現中国政権が放つ多くの光が当たるのは、何処なのでしょうか?そして強い影となる処は?

著者プロフィール

西河原勉(にしがはら・つとむ)

調達・購買と経営のコンサルタントで、製造業の経営計画策定支援、コスト削減支援、サービス業の経営計画策定支援、マーケティング展開支援、埼玉県中小企業診断協会正会員の中小企業診断士

総合電機メーカーと自動車部品メーカーで合計26年間、開発購買等さまざまな調達・購買業務を経験

・著作:調達・購買パワーアップ読本(同友館)、資材調達・購買機能の改革(経営ソフトリサーチ社の会員用経営情報)

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