連載1回目「購買はモノを買ってXXを売る」

「購買はモノを買ってヒトを売る」。これは、大手メーカーの調達・購買部門長の方からある時(もうかなり前ですが)聞いた言葉です。「ヒトを売る」とは、少々物騒な響きがありますが、もちろん、人身売買のことではありません。

この「ヒトを売る」という言葉には、私の解釈では二つの意味がありました。二つ目の方が、すべての皆さんにとって身近で興味があると思いますが、一つ目から説明したいと思います。この一つ目も、人材のマネジメントという点で、興味を惹かれる話題だと思います。以下の物語は、この調達・購買部門長の方の話を基に、私の推測を加えて書いたものです。

この調達・購買部門長の方は、会社の役員だったので、会社全体のことを考えるべき立場にもありました。この話を聞いた頃は、その会社は新事業・製品開発がうまくゆき売上が増加して、著しい成長を遂げていました。組織も拡大して社員も増え、そのため管理職人材、特に上級管理職人材への需要が高まっていました。

外部からの採用でもこの需要に対応していましたが、現存の社員を優秀な人材へ育成して、上級管理職へ登用することも、社員のモチベーションを刺激したり、これまでその会社が育んできた企業文化を発展させるためにも、非常に重要でした。そこで、この調達・購買部門長は、現在調達・購買部門にいる管理職を育成して、他の部門へ送り込むという対応を取ったのです。

会社の成長に従い、調達・購買部門での取り扱い資材の種類や金額も毎年大幅に増えてゆき、それに対応するために不足する人材を別部門からの異動に加え、外部から採用してきました。この会社は、当時すでにグローバルに事業を展開しており、調達・購買の活動も国内外に渡っていました。

このような調達・購買の業務特性に、調達・購買部門長の強い個性も手伝ったのだと思いますが、さまざまな個性や能力をもった人たちが、長年に渡り外部から採用され続けてきて、会社の発展とそれに伴う調達・購買の付加価値向上に貢献してきたのでした。社内の他部門からは、多士済々な部門との評価を受けていました。

この調達・購買部門長の、部下育成の方法は、いわゆる「和を重んじる」とか、今で言う、「空気を読む」などとは縁がないものでした。毎週行われる管理職を集めた会議では、部門長からの連絡は簡単に済まされ、多くの時間が課題の討議に使われました。

この討議では、異論が歓迎され、毎回非常に活発な意見交換や議論がされていました。時には部門長が言い出した提案に対して、様々な異なる意見が出され、部門長の基の提案内容は見る影もないものにまとまったこともありました。

この管理職者との定例会議とは別に、この部門長はご自分の名前を冠したXX塾を開き、管理職以外の若い世代の人たちとの意見交換をしました。このXX塾では、その時々の話題や課題に関して、自由に意見が交わされていました。

また、その部門長の人生での基本的な考え、仕事観、若いころの成功・失敗なども話されました。若い年代の人材育成の一環だったと思いますが、優れた考えを持っている者、異色な意見を持つ者、正しく自己主張をする者などを、若い年代から見出す意図もありました。

さて、このようにして育成した調達・購買部門の人材の、社内への「ヒトを売る」話ですが、この調達・購買部門長の意向を前面に出してしまうと、他の経営層の人たちや他部門の長などから、調達・購買部門長が自己の勢力を社内で拡大しようとしているのではないかと、誤解され反発される恐れもあります。このような誤解を避けるために工夫が必要でした。

その調達・購買部門長が売りたい部門内の人材を、他の経営層の人たちや他部門の長が、自らの判断で良い人材だと認めてもらうことが必須です。幸いなことに、調達・購買部門は多士済々だとの社内評判があったので、良い基盤は既にあると考えられます。また、その調達・購買部門長も、自分の部門にいる管理職の水準の高さ、多様さとその数に自信を持っていました。

そこで、いくつかの方法を取りました。例えば、毎月開かれている部門長会議(社長が議長)を、意図的に欠席をして、部門内の優秀な管理職を代理として出席させたのです。また、社長や他の役員が取り仕切る全社プロジェクトのリーダーやサブ・リーダーの役割に、調達・購買部門の管理職者が就けるようにしたのです。

日ごろの育成の効果もあり、その管理職者たちは、このような場で、経営層や他部門の長も認めるような活躍をし、成果を出したのです。その結果、新規部門ができた時の部門長、定年が近い部門長がいる部門の後任、など事業部門や間接部門など様々な部門に、調達・購買部門から人材が送りだされていきました。

この調達・購買部門長は、調達・購買でのモノ(資材)を「買う名人」だっただけではなく、ヒト(人材)を「売る名人」でもあったのだと思います。

今回の最後に、もうひとつ話を加えます。この調達・購買部門長が手塩にかけて育て、将来を嘱望していた管理職の一人にAさんがいました。体育会系で、交渉能力も高く、演出にすぐれたプレゼンテーションをし、英語も堪能でした。このAさんが外部にスカウトされてしまったのです。

ある外資系企業が新規に設立した調達・購買部門の長兼役員としての栄えある転職でした。このAさんがこのことを調達・購買部門長に伝えて辞職願いを提出した時は、かなり激しい(感情論も含んだ)議論になりました。しかし、辞職は止められなかったのです。調達・購買部門長としては、大きな失望だったのは確実です。しかし、人材育成者としては、この外部からのスカウトをどう考えたのでしょうか。

次回はもう一つの「ヒトを売る」について述べたいともいます。皆さん「ご自身の売込み」についての話です。

著者プロフィール

西河原勉(にしがはら・つとむ)

調達・購買と経営のコンサルタントで、製造業の経営計画策定支援、コスト削減支援、サービス業の経営計画策定支援、マーケティング展開支援、埼玉県中小企業診断協会正会員の中小企業診断士

総合電機メーカーと自動車部品メーカーで合計26年間、開発購買等さまざまな調達・購買業務を経験

・著作:調達・購買パワーアップ読本(同友館)、資材調達・購買機能の改革(経営ソフトリサーチ社の会員用経営情報)

あわせて読みたい