連載12回目「購買はモノを買ってXXを売る」~日本人のノーベル賞受賞 その3 調達・購買取引先メーカー

日本人の今年の医学生理学分野のノーベル賞受賞についての報道に関連して、しばしば言及されたのは日本の研究環境の悪化による日本の科学研究の将来への懸念、そして中国の科学研究での躍進でした。

マスコミの報道で、中国の科学研究の躍進を示す指標として述べられたのは、学術論文の引用数でした。科学技術・学術政策研究所によれば、引用論文数は2003年から2005年の間では、日本は米国に次いで2位、中国は4位でしたが、2013年から2015年の間では、日本は4位に順位を下げた一方、中国は米国に次いで2位となったのです。

また、ノーベル賞受賞の報道とは別に、大学のランク付けが、英国のタイムズ・ハイヤー・エデュケーションにより発表されました。中国の清華大学22位(前回30位)が8つもランクアップし、中国の北京大学は31位(同27位)。香港大学は36位(同40位)に躍進しました。中国の大学がアジアの首位に立つのは初めてとのことです。 200位以内に入った大学数は日本2校(東京大学と京都大学)である一方で、中国は12校となっています。

それでは、近い将来に中国人のノーベル賞受賞者は輩出するのでしょうか。私は中国をはじめとした科学研究論文を実際に読むことはできないので、自ら判断はできません。

しかし、中国の科学技術については、現在は独創的なものは少なく、既存の研究成果の組み合わせが主体となっているという論評もあります。これが事実であれば、近い将来にはまだ中国人のノーベル賞受賞者の輩出は、考え難いと言えます。別な表現をすれば、中国の科学技術の研究は、HOW文化(応用)なのです。

しかしながら、中国にはWHY(原理)文化を、推し進める大きな力があるようです。それは、「科学技術強国」の建設を掲げて莫大な資金を研究につぎ込む中国政府の政策です。「科学技術力をたゆまず増強させれば、中国経済はもっと発展できる」と、中国の習近平国家主席が繰り返し強調しているのです。

日本の文部科学省の科学技術・学術政策研究所によると、2016年の中国の研究開発費は45兆円余りと、10年で3倍以上に増えているとのことです。その額は日本の倍を超え、1位のアメリカに迫る勢いです。これにより、国内での研究施設を充実し、中国人の極めて優秀な科学研究人材を、育成しているのです。

また、大学の水準を引き上げるために、中国は世界最高の人材を引きつけています。今年、アジア首位になった清華大学は研究分野で世界6位でした。これは欧米の主要大学プリンストン大学、イェール大学やマサチューセッツ工科大学を超える順位とのことです。 香港大学は教育環境大きく改善し、香港城市大学は国際的展望分野(国際スタッフと学生の割合、国際共同執筆者)で世界1位になりました。

「中国は、大学を国家経済成長戦略の中心に位置づけており、欧米の優位性を脅かす可能性がある」という予測もされています。 中国は教育機関への継続的な多額の投資、そして世界最高の人材を引きつける政策をとっているのです。

また、躍進を続ける中国の科学技術での担い手を確保する「千人計画」というものがあります。「千人計画」は、海外で研究をしている中国人や外国人を破格の待遇で呼び寄せる中国政府の計画です。一定の移住資金が支給され、高い給与も約束されます。この計画のもと研究の場を中国に移した、ある日本人の研究者には、大学からは、教授職と、5年間で1億円以上の研究費が提供され、10人の研究員や学生を率いて研究を続けているとのことです。

この日本人の研究者によれば、中国の恵まれた研究環境の1つが、高額な実験装置を大学側が学内の研究者向けの共有の機器として購入する点とのことです。さらに、中国の大学では一般に、大学院生に給与が支給されるため、大学院生は経済的な心配をせずに進学し、研究に専念できる環境があるとのことです。再び、この日本人研究者によれば、中国では、博士課程での研究経験は評価され、給料も高くなるとのことです。

さらに、中国の科学技術が伸びた背景には、世界最高水準の知とつながっていることがあげられます。世界のトップレベルの科学者と中国の科学者が常に一緒に研究しているとのことで、これにより国際共同の論文数は日本よりもかなり伸びているのです。「科学技術強国」を実現するためには、多額の資金をつぎこみ、外国人の頭脳も活用するという政策なのでしょうか。

中国では、巨額の資金を投じてWHY(原理)文化を育成しているという見方もできます。これらの政策が実を結ぶと、中国の研究者たちが次々とノーベル賞を受賞するようになるかもしれません。、もっとも、中国政権にとっては、科学技術による国威発揚が目的なので、ノーベル賞はそんなに重要なものではないのかもしれません。

さて、調達・購買の立場にもどり、科学技術の成果を基盤とする製造業での中国の将来はどうなのでしょうか。中国の製造業は発展し、世界の材料・部品の供給基地となり、日本にとっても魅力的な調達・購買の取引先メーカーがあふれる国になるのでしょうか。次回は、この点について考えてみたいと思います。

著者プロフィール

西河原勉(にしがはら・つとむ)

調達・購買と経営のコンサルタントで、製造業の経営計画策定支援、コスト削減支援、サービス業の経営計画策定支援、マーケティング展開支援、埼玉県中小企業診断協会正会員の中小企業診断士

総合電機メーカーと自動車部品メーカーで合計26年間、開発購買等さまざまな調達・購買業務を経験

・著作:調達・購買パワーアップ読本(同友館)、資材調達・購買機能の改革(経営ソフトリサーチ社の会員用経営情報)

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