「慣れ」が引き起こした食中毒
就活の面接で、私はこんなことを言っていました。
「日本は夜も明るく、蛇口から出る水が飲めます。私は御社の事業活動を通じて、発展途上国でも日本と同じように日々安心して生活できる、電力供給に代表されるインフラ整備を実現したい」
かなり大きく風呂敷を拡げました(笑)しかし実際は、当時課長だったマンガの「課長島耕作」を読んで、「海外を飛びまわるビジネスパーソンになりたい。スーツを着て成田空港でキャリーバックを引いて颯爽と歩きたい」なんて憧れからの発言でした。
思いかなって、電力設備を海外マーケットに販売する部門に配属。当時のマーケットは、中国、アジア全域から中東まで。まさに自分がやりたいと思っていた仕事です。しかし実際の仕事は、想像とは大きく違っていました。
はじめての出張はフィリピンのマニラ、セブと香港の顧客を3泊4日で訪問。顧客とは会食も設定しホテルに戻るのは毎晩午前様、ホテルに戻って打ち合わせ議事録をまとめ翌朝FAXで日本の上司に報告を毎日繰り返し、香港からの帰国便では離陸も着陸もわからず、駐機場についてから起こされました。
そして帰国した翌週、今度は中国のお客さまを訪問する3泊4日の出張。出張期間中、駐在員が持っていた携帯電話には、どんどん追加の予定が舞い込みます。3泊4日の予定が、終わってみれば40日間も北から南まで香港と中国を歩き回っていました。いよいよ帰国するとき、香港空港(昔の空港です)の入り口にはマクドナルドがありました。立ち寄って食べたハンバーガーは、長らく食していなかった日本と同じ味。香港の空港で食べたハンバーガーは、アメリカでなく日本を思い出させました。
たった二回の出張で、海外を飛びまわるビジネスパーソンの苦労を思い知りました。就活のとき想像したイメージと異なる実態。ちなみに成田空港までスーツで行ったのは、最初の出張だけ。窮屈な格好よりリラックスすれば疲労が少なく、現地到着してからの仕事にも影響が少ないと学びました。
「課長島耕作」の格好いい場面だけを見て海外ビジネスに憧れていた私。はじめて宿泊した中国のホテルでバスタブにお湯を張ったときのお湯の色に衝撃を受けました。しかし気づけば、そんなお湯のシャワーをなんの問題も感じずに浴びていました。どんな状況にも「慣れ」があると学びました。慣れはすばらしいですね。しかし慣れに「疲労」が重なるとトラブルに遭遇します。過去の海外出張で少なくとも2回、腹痛なんてレベルではなく食中毒に罹りました。悪化する体調の中でも、「あの食材が原因だ」と必ず思い出していました。
最初の食中毒は、3か月滞在した出張先で起こりました。ある日昼食で食べた天丼でした。メニューに日本とまったく同じ天丼の写真がありました。しかし実際出てきた天丼は、どう見ても日本の天丼とは似ても似つかわしくない代物でした。二回目の食中毒は、サプライヤの品質監査で宿泊したホテルのビッフェで飲んだトマトジュースの氷でした。どちらも口に入れた瞬間「なんかおかしいな」と思ったのです。しかし「まぁいいか」と飲み込んでしまったのですね。食感で危険信号を察知していたのに行動に移せなかった。疲れが行動喚起を抑えてしまったと分析しています。
「慣れ」を高めると「熟練」へと進化します。一方で「慣れ」は注意力を失わせ「疲労」は「注意力」を弱める原因です。同じ行動や業務の繰り返しであっても、注意力を失わずに進めるのはとても難しい。「慣れ」るメリットを享受しつつ、「慣れ」のデメリットを顕在化させないにはどうすればよいのか。日々の仕事も同じですね。今でも調達・購買の現場で考え続けています。