調達原論3【22回目一価格交渉】
22「価格交渉」
相手の情報を置き換えることからスムーズな交渉が始まる
これまで私は著作のなかで「交渉に頼るのは愚の骨頂」と書いてきました。それは、価格交渉という場においては、その事前段階で「勝負はついている」はずであり、そのスキルを磨くよりもRFxに力を注いだ方が良いという信念ゆえです。
それはもちろん理想論としての側面はあるものの、「交渉事になると燃えてしまう」というバイヤーを見るたびに違和感を抱かずにはいられません。ただし、場合によってはどうしてもギリギリの交渉に頼らざるをえないときもあるでしょう。また、脅しやハッタリが必要な場合もあるでしょう。これは皮肉ですが。
ここでは、できるだけ交渉に頼らないという前提で述べていきます。ただし、価格交渉の勝利、というものを念頭に置くとき、問題は「何を勝利とするか」という定義にほかなりません。現状から1円でも下がれば良いのか、あるいは半額にしなければいけないのか、で状況は異なります。しかし、個別案件ごとにこの定義を求めない均一な価格交渉法など、存在するはずがないのです。
交渉において必要なのは、「Win-Winな関係を築くことだ」と言います。この場合の「Win-Win」とは引き分けのことではありません。それは、買い手側の立場から言えば、「こちらの目標を必達したうえで、その条件のもとで相手の利益を最大化すること」なのです。こちらの目標を変更してまで相手に妥協するということは、すなわちそれがMUST要件ではなく、目標の立て方を失敗していただけなのではないでしょうか。
では、ここで技術論を書いておきます。
これまで交渉においては様々なテクニックが披歴されてきました。「相手が言ったことを繰り返すことで一体感を増す」「相手のしぐさを真似することで同質化する」「聞き手に徹し、相手の発言のなかからこちらに有利なことを引き出す」
これらは一つの事理で説明できます。それは、「人間は情報と実態を区別できない」ということです。言霊、というのがどの社会にもあります。人間は、何かを発した瞬間に、言葉という情報と実態に区別をつけることができず、それを実現しようとしてしまうのです。
相手が言ったことを繰り返すのも、しぐさを真似するのも、相手の発言を聞くことから徐々にこちらの言葉を付け加えることも、すべて相手の情報と自分を合致させたあとに、その情報を塗り替えていくことに秘要があります。
相手のペースに乗せられる交渉は空しい。ただ、もっと空しいのは相手の情報を拒絶し、その情報を置き換えることもできずに、力だけで押し切ろうとする愚行なのです。