6章-13 モチベーションゼロの仕事術
【Ⅲ.創世記~天地創造の物語その後】
すると、ひさびさに神があらわれた。主なる神は、都と地の状況を見て落胆した。「なんということをしたのか。都と地とは、切磋琢磨のなか、おたがいを高める仕掛けであった。それなのに、地よ。おお、お前は夢などというものによって、至らぬ現状を肯定する愚挙に繰り返している」。
神がそういうと、突然地に不幸が襲った。ビとなった地が転職した企業は、社長がカジノに狂い、会社の金を使い込み、不正会計処理をくりかえし、再建不能におちいった。ある朝ビが出社すると会社の前にひとだかりができており、そこには「倒産しちゃいました、ごめんね。 by 社長」と紙が貼られていた。ビは他の社員が大騒ぎし混乱するなか平常心を装い、「不幸は幸せのはじまり。この不幸をこそ喜ぼう」と自己啓発書で読んだポジティブシンキングを実践しようとした。ほんとうは狼狽した感情を表現したかったものの、ビは「世の中が与えるのは事実。その事実を解釈するのは自分」と、またしてもポジティブシンキングをくりかえした。「そういえば、最近、自分の仕事にやる気をなくしていた。やる気もない仕事に人生を費やしてよいはずはなかった。これは宇宙からのメッセージなんだ! 人間はやりたいことに身を捧げるときのみ輝くんだ!」。
とはいえ、ビに今月の生活費のあてはなかった。「私は裸でこの世に生をうけたのです。神は私に何かをあたえ、何かを奪う。私はそれを受け入れよう」。家でビがそうつぶやいていると、妻のマイちゃんは「お前、そんな能書きはいいから、早く次の仕事を見つけろよ!」と叫んだ。マイちゃんは、できたばかりの愛児を指さし、「こいつのミルク代はどうすんだよ!」とさながら、ヤンキー口調で怒り狂った。
しかし、ビは、変わり果てたマイちゃんにも落胆はしなかった。「神は幸福をくださるのだから、この不幸も受け入れようではないか」。ビのこの発言が気に入らなかったのか、マイちゃんはビの股間を蹴った。
ビは股間をおさえて、涙をこらえながら、「現状がどうであれ、念じていれば、いつか人生は好転するんだ。自分の目標と目標は革の手帳にびっしりと書きだした。あとは、これを毎朝、毎晩、ながめるだけでいいはずなんだ」とつぶやいた。
神はそのビの姿をみていった。「おお、ビよ。私が伝えたいのは、単なる現状追認ではなく、行動し自らを変えていく力である。幸福か不幸かに関係なく、粛々と目の前にぶつかることのみから、将来を拓く力である。目標や夢などがあったとしても、まさに<今>関わるひとたちを幸せにできないで、なぜそれ以上の幸せがありえようか。世界を変えようとするよりも、社会を変えようとするよりも、まず目の前のひとを幸せにしなさい」
たま出版の著作物を読みあさり、チャネリングによって異次元世界との交信が可能となっていたビは、その神の声が聞こえていた。
ビは神に願求した。「神よ、私に3億円ください!」
「結局は、金かよ」。神はいった。
「とりあえず、働かずに暮らしたいんです」
あきれた神はビを断罪しようとした。しかし、神は考えなおした。神は満面の笑顔になり、神はビに3億円を与えた。ビはお礼をいって、その3億円で円天の仮想通貨を買った。
その後、ビはふたたび神に願求した。「神よ、円天に費やした私財はゼロとなり、私の手元には1円も残っておりません。もうお金をください、とはいいません。せめて私に地位と名誉をください!」
神は満面の笑顔で、ビを光学機器・電子機器メーカーで上場企業の役員にした。
その後、ビはふたたび神に願求した。「神よ、私の勤めていた上場企業は、M&Aがらみのマネーロンダリング発覚によって崩壊し、役員は全員解雇となりました。もう、地位と名誉をください、とはいいません。せめて、私に幸せをください!」
神は破顔で、「なぜ早くそれを求めなかったのだ!」と訊いた。
次の瞬間、役員を解雇されたビの自宅に大地震が襲い、津波がおしよせ、落雷が響いた。マイちゃんのみならず愛児と、たまたま遊びにきていた親類全員が死んだ。生命保険をかけていた生保会社も倒産し、厚生年金から支給されるはずの遺族年金も消え失せた。ビは茫然自失となり、不幸のどん底で、すべての生きる意味を喪失した。
静けさもやすらぎも失い、憩うこともできず、ビはわななくことしかできなかった。
そこからどれだけの時間が経っただろう。
神はビのもとにマイちゃんと、愛児と、親類の命のみを返した。彼らがよみがえった瞬間、ビはマイちゃんと愛児を抱きしめてくずれおちた。
そして、「俺はなんて幸せなんだ!」と叫び続けた。
その後ビがマイちゃんと愛児のために見つけた仕事は、薄給で無名企業のそれだったけれど、ビは思いためらうことなくその仕事に没頭した。そのときビの顔は金以上に満足したものだった。いや、金やビなどという区分にかかわりなく、あるいはその出身の都と地などの区分にもかかわりなく、仕事そのものから愉悦を得ている一人の男性の姿がそこにたしかにあった。
「つらいことも、大変なことも、くだらないことも、不条理なことも、そりゃ起きるだろう」。ビは年下の上司に怒られながら考えた。「しかし、少しずつでも変えられないものではあるまいよ。気持ちだって、仕事だって。そのうち、何かが開けることもあるだろう」。大きな目標だけに生きず、行動と技術と、ほんのちょっとのロマンチシズムで<今>を変えていく。
人生の大逆転をねらうのではなく、日々の数パーセントの微細な改善と改良が、未来にさらに大きな変化をもたらすと信じること。そのために今に集中すること。日本のお家芸である、ものづくりの「カイゼン」とも通じるものがある。それは、通奏低音として流れている日本人の美的生き方なのかもしれない。
神はいつの間にかビの前からいなくなっていた。
ビは美になっていた。
(おわり)