0-3.はじめに ~ある中堅バイヤーの挑戦 「お前が世界一の購買部を作ってみろ」 ~
「よし、まだ今なら間に合う。ここを飛び出して新しい世界チャレンジしよう。今週末にでも転職会社に登録してみよう。管理職の求人も今は増えてきている。一度きりの人生だから思い切ってチャレンジしてみるか」。私はいつもの苦しい交渉を終え、会社に帰ってきた。パソコンを見ると、また違う問題が降ってきていた。
「これとも、いつまで付き合うかな」そう思いながら、メールを1通ずつ見ていた。すると、一つシマの向こうに座っている鶴見部長が私を呼んだ。この部長、若くして現在の地位に就いて以来、悪戦苦闘しながら部を運営している。一癖あるが年配社員からの人気はまずまずであり、親分肌的な性格が人を惹きつけていた。
「坂口、すまんが私と今からB202会議室に行ってくれないか。社長と同席して会議にでなきゃいけなくなった。サポートエナジー社の事業部長が来るらしい。イギリス人だ。通訳の女性は風邪で帰ってしまっていて、意思疎通をする術がない。そこで社員の中で1番英語が得意な奴を一人呼んでこいと言うので、君にお願いしたい」。突然のお願いだったが、社長と同席して会議をすることなど滅多にない。
私が1番英語の得意な社員だということは甚だ疑問ではあるが、その会議に部長と共に同席することにした。その会議はいってみれば、トップ間同士の挨拶というもので、大した難しい単語は飛ばなかった。私は安心しながら、一つ一つの単語を丁寧に日本語に訳し社長と部長に伝えた。「今度、日本支社を作るのでよろしく」と、言ってみればそのような内容だ。無事に会議が終わった。
客人が帰ってしまったあと、社長は部長と軽い立ち話を始めた。最近入れたERP システムについてのことだった。ERP システムを導入することによって、劇的なコスト削減を目指すという会社の方針のもと昨年から始まったERP の導入のことだ。会社側は大いに期待しているようだったが、その目論見はもろくも崩れ去りそうであったのは購買部の誰から見ても明らかだった。もともとの業務のプロセスが整備されていないから、そんなものでうまくいくはずがない。
私から言わせれば、バカな仕組みを素晴らしいソフトでシステム化したことによって、バカが加速しただけの話だった。しかし、部長という立場から、そういうことは言えなかったようだ。「そこそこの効果を上げつつあります」など、無難な言葉で部長は終わらせようとした。すると社長が突然、私に質問をした。「現場でも評判はいいのか?」そう社長が訊くので、私は今までの積もりに積もらせたものを噴出させるかのように話しだした。
もう、この会社を辞めようと決意した人間だ。怖いものなどなかった。社長にだって、この際だから何でもいうことができる。「システムで購買部を変えようとしたって、ダメです。全く意味がないことです」私はいきなりこう切り出した。部長は、私の突然の「暴言」に一瞬言葉を失ったらしい。私は話すのを止めなかった。