適切な価格を払えない企業は潰れていい

約120年前で創業したフォードモーターは、現代では大手の自動車メーカーとして知られています。彼らが創業した当時、アメリカ人の平均寿命は47歳で、クルマを買えるのは富裕層のみでした。家庭に電気が開通すらしていない状況が一般的でした。それまで一台一台をカスタマイズして生産するのが当然だったクルマを、フォードは標準化し、大量生産の道を拓きました。

1900年にはアメリカに自動車は8000台しか存在しませんでした。それがフォード登場の1910年には45万台、1920年には800万台にいたりました。さらに、10年後には2300万台にいたります。そのうち、大半が、フォードのモデルTでした。有名なのは、フォードの戦略です。フォードは最低賃金を引き上げる戦略を採用しました。それまで一日2.3ドルていどだった自社労働者たちの日給を5ドルにまで大幅に引き上げました。

多くの評論家や学者、ジャーナリストは、フォードの戦略を馬鹿げていると避難しました。しかし、フォードが狙ったのは、従業員に進んで自社のクルマを購入してもらうことでした。豊かになった労働者たちは、きっと自分で生産したクルマを買うはずでした。また、フォードは家族で楽しむ時間を増やすために、週6日労働制を、週5日労働に改革します。その結果、フォードの狙いは的中し、フォードのクルマは飛ぶように売れるようになりました。

と、まあ、ここまでが歴史が語る事実です。

しかし、ほんとうはちょっと事情が複雑です。実際にはフォードは、大量生産をはじめてから数年後に経営が絶望的になっています。過剰在庫のせいです。それをなんとか乗り越えたのは、電信による情報伝達、すなわち宣伝広告の広がりだったのです。宣伝広告が全米に流せるようになり、需要を創出できるようになったためフォードのクルマは売れるようになりました。けっして自企業の従業員からの需要だけではありませんでした。

なお、その後に、ゼネラルモーターズが加わり、アメリカに自動車大国ともいえるべき社会が到来します。多くの書籍では、この二社の戦略にばかり注目されます。しかし、さきほどフォードが宣伝広告に支えられているように、実際には保険と割賦払いに支えられています。それを説明する書籍や記事がないだけで、この二つがなければそもそも消費者が買えませんでした。

たとえば、現代の日本でも200万円を用意できるひとは多くありません。だから月額何万円かのローン支払いが必要です。かつてはローン制度はありませんでした。自動車の生産手法などに隠れた、真実がここにあります。

私が思うに、華々しい企業活動の裏に「ほんとうは、これが躍進の秘密だ」という理由があるはずです。もしかしたら、調達部門の活躍が企業を成功に導いたかもしれません。そして、そう考えるのは楽しい作業です。ただ、逆はどうでしょうか。

公正取引委員会が先月に発表した「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」は衝撃的でした。URLは載せられませんが、ぜひ検索してみてください。無料で読めます。ある媒体に私は解説文まで寄稿しました。これは、読者である調達・購買部員が、いかに、取引先を搾取しているか、実態を調べた告発文です。オープンイノベーションとは口先ばかりで、調達企業が取引先の技術を盗んでいる状況が描かれます。

・ノウハウの開示を強要される
・名ばかりの共同研究を強いられる
・特許出願に干渉される
・知的財産権の無償譲渡を強要される

私はフォードをあげて、「ほんとうは、これが躍進の秘密だ」という内容として宣伝広告をあげました。また、さらに保険と割賦払いをあげました。ただ、日本企業が躍進した背景には、実は調達部門の下請けイジメと強要がありました、としたら、それはブラックジョークでしかありません。前述の報告書を読んでいただくと、一つの結論が見えてきます。それは何か。

「日系企業は、下請企業に適切な対価を払えていない。また、払ってしまうと成り立たないようなビジネスモデルしかもっていない」という冷徹な事実です。1億円くらいに値するサプライヤの活動に、1円も払えない、あるいは、払うなとプレッシャーを受けている調達部員の状況があります。払ってしまったら、そもそも収支が成り立たない。その意味では、公正取引委員会の告発は歓迎すべきと私は思います。

多くの調達・購買部門は戦略をもっていない。そして、もっといえば、戦略なく取引先に迷惑ばかりかけるのであれば、潰れてもしかたがない。それくらいの認識をもつ時代にほかなりません。そう強く思います。

(今回の文章は坂口孝則が担当しました)

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