連載「2019年から2038年まで何が起きるか」(坂口孝則)
*2019年から2038年まで日本で起きることを予想し、みなさまのビジネスに応用いただく連載です。
<2029年②>
2029年 中国は人口のピークを迎える」
老人国家となる中国は成長の限界を迎える
P・Politics(政治):中国共産党政府は政権の正当性を保つために経済成長を掲げてきたが、ここにきて歪みが露呈してくる
E・Economy(経済):経済成長は低速(新常態)となりインフラや設備投資などバブルの後始末がはじまる。
S・Society(社会):人口のピークを迎える。同時に一人っ子政策の歪みが露呈し、未婚男性が3000万人にいたる。
T・Technology(技術):介護や少子高齢化の商品やサービスは日本が先行しており、中国へ輸出が可能となる。
中国の官製経済というべきインフラ投資や素材生産も、行き詰まりを迎えてくる。経済成長を前提に国家運営していた中国のターニングポイントとなる。同時に、一人っ子政策の影響もこのころ出て来る。人口が減り始め、かつ結婚できない成人が増えていく。
中国はゆるやかに老人国家になっていく。そのとき日本は、先輩老人としてビジネスチャンスを見出さねばならない。
・問題②一人っ子政策の陥穽
中国の定年は55歳で、2018年~2020年ころ以降から大量の定年退職者が生まれると予想されている。そこから数年後に、本節のテーマである、2029年は中国の人口がピークを迎える年にたどり着く。その数14億4100万人。もちろん、前後のずれや、数値の修正はあるだろう。しかし、一人っ子政策を続けてきたこの大国は、それ以降、人口を減らしていく。一人っ子政策は1979年から開始され、2015年まで続いた。いまでは37歳ほどの中国の中位年齢だが、このころには43歳になっていく。アジアの巨人も、そのゆるやかな老人化から逃れていない。
中国は421型といわれる世帯構造だ。両親4人、夫婦2人、子ども一人を指す。この構造は日本以上に中国の将来に暗い影をおとす。深刻な高齢化と介護問題が生じるはずだ。
さらに、もう一つ気になるのは、中国における出生性比だ。
(http://hdr.undp.org/sites/default/files/2016_human_development_report.pdf)
これは文字通り、出生時における男女の差異を表現している。値が大きいほうが、男の子が多い。一人っ子政策で、中国では男の子が望まれる、としたら、あまり間引きなどさまざまな要因が考えられる。
中国:1.16
アゼルバイジャン:1.14
アルメニア:1.13
ベトナム:1.11
インド:1.11
(日本:1.06)
一人っ子政策時の、かなり無理な状況については山田泰司さんの『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』に詳しい。
一人っ子政策時の子どもたちは、次々に結婚適齢期になっている。それなのに結婚できない男性人口は3000万人にいたる。これは日本の晩婚化とか非婚化とは、問題を異にする。日本は結婚をしないのが問題だが、中国は男女全員が結婚を望んだとしても男性が必然的に余る。仕事で出会ったミャンマー男性は「ミャンマー女性は中国へ行って結婚するでしょう」といっていた。かつて日本の農村へフィリピン女性が嫁いでいったように。「あるいはアフリカから女性を連れてくるしかないでしょう」。
一人っ子政策は、社会の歪みも生んでいる。中国では誘拐問題が多発しており、男の子がさらわれる。以前、テレビで、誘拐された男児の父親が、インターネットなどを使い執念をもって探すドキュメンタリーを見た。これは農家で女の子しか生まれなかった場合の、働き手として”活用”するためだった。
2015年の終了後、この傾向がなくなることを願うが、この政策が社会に落としたものはあまりに大きい。
・中国リスクふたたび
これまで、中国の為政者は、国民にしっかり食を提供することで、なんとか政権の正当性を保ってきた。
毛沢東は蒋介石を台湾へ追放し、1949年に中華人民共和国を作った。その後、朝鮮戦争を経て米国と対立した。毛沢東は暴力革命によって私有から公有へと切り替え、階級制度を崩壊させ、そしてプロレタリア化を完成させた。そして、共産党政権のみが資産を有する体制を開発した。
1957年からはじまった、かの有名な大躍進政策では農民を鉄産業に従業させることで食糧不足を招き、そして3000万人が餓死した。国民を食わせられなかった毛沢東は失脚し、引き継いだ鄧小平らは農業重視の方向に舵を取り、また同時に、経済政策を進めるなかで、共産党トップらの実質的な企業統治を可能としてきた。
1980年代くらいから中国は市場経済化を進めた。『共産党宣言』で予想された資本主義から、社会主義、そして共産主義への道程はすっかり無視され、共産主義と資本主義がいちゃつく、という奇妙な制度が誕生した。
経済成長は恩恵をもたらしたいっぽうで、急激な物価上昇は人民の不満をもたらした。
1988年にはインフレ率が20%を超え多くのひとは困窮した。翌89年には天安門事件を引き起こす。学生たちが政権への不満をぶつける場となった。たまたまソビエトのゴルバチョフ書記長が訪中していたのは良くも悪くも偶然だった。ゴルビー目当てだったはずのメディアは天安門事件の様子を世界中に配信するに一役買った。
天安門事件が人民への弾圧を国際社会に印象づけることとなり、その後、G7は中国への制裁を決める。
中国は国際社会の仲間入りをはたし、貿易を活発化させねばならなくなっていた。そこで、1997年、企業の私有化政策が決められた。国有企業の非効率さが問題となりまったく利益をうめない状態が続いていたからだ。そこで一部の株式が外資に売却された。そしておなじく一部の国有企業が民間に売却された。国内の産業は再編され、それらの改革をへて、やっと中国がWTOに加盟したのは2001年からにすぎない。
こう見ると、共産党政府の正当性を人民に信じさせるため、なんとか経済という果実を提示しなければならない苦しさも感じられる。
・中国の抱える問題
しかも、現在も問題はくすぶっている。
さきほど、企業改革についてふれた。その過程で、おみやげというべきだろうか、多くの共産党員が国有企業を譲り受ける形で資産家となっていった。『共産党宣言』思想が骨身にしみている党員の末がこれだった。20~30年前にはプロレタリアだった彼らは富裕層となっていった。そして、社会主義国家にもかかわらず、貧富の巨大な差を生んだ。
一般的には、中国は「貧しい農業国を脱した」と理解されている。GDPは世界第二位になり、爆買ツアーの一行が日本に押し寄せ、そしてIT機器で世界を席巻している。深センなどの沿海地域に経済特区が80年代に生まれ、いまでは深センはドローンなど先端機器の生産地として発展している。
ただし、巷間で喧伝されている姿は、中国の一部でしかない。中国では、戸籍上も、農村(農村戸籍)と都市部(都市戸籍)で明確な違いがあり、前者の多くはまだ貧しいままだ。
莫大な人民を食わせるために農民は農地に縛り付けられていた。その後、非国有企業が労働力を集めるために、農村から労働力を集めるようになった。他の社会主義国とおなじく、農村からの人員を都市の工業化に”活用”してきた。しかし、日本のそれと違い、中国では都市において下の地位に甘んじ、搾取の対象となった。
中国の統計を見ると気づくのは、都市部と農村部をわけていることだ。これは都市と農村で明確な”身分制度”の存在を意味している。食料が配給制だったから、農村で稲作に従業する国民がどうしても必要だった。都市部と農村部の所得差は相当なもので、習近平があえて農村と都市部との格差是正を強く押し出したのも、逆説的にいえば、現在の乖離を物語っている。
人民の平等を毛沢東は夢見たはずだったが、いまでは高級官僚をヒエラルキーの頂点とし、私営企業経営者、都市居住者と階層化されている。その都市には農民が流入し、さらに下の階層を構築するにいたっている。都市部の人民は、天安門事件で共産党政権にたいする不満を鬱積したかと思いきや、彼らが経験したのは未曾有の経済成長だった。その躍進を農村からの労働者が支え、むしろ、都市部の人民は恩恵の享受者となっている。既得権益者たる都市部人民は、農村からの出稼ぎ労働者を、侮蔑する対象とすら考えている。
共産党が民主主義的な選挙を行えば、それは農村の支持を受ける政党が大躍進するはずだ。それは都市部の人民と共産党にとっては不都合な現実でしかない。だから、大規模な農村部での反乱が起きない限り、そう簡単に現体制が崩れることはないだろう。
ただ、矛盾するようだが、中国人民の潜在的な不満がいつ表出するかはわからない。
たとえば2016年に暴露されたパナマ文章では、オフショアカンパニーを設立し蓄財している権力者たちが明らかになった。中国でも権力者の数人と、そして習近平の親類などがリストアップされた。本人たちは認めていないものの、中国人関連は3万人以上にのぼる。
日本にとって、中国は有力な貿易相手国に違いない。ただ同時に、老人化しさまざまな矛盾を抱える中国は、より深い矛盾を抱えるようになっていく。おおいなる黄昏国家への注意が必要だろう。
・考察
天安門事件の騒動がおさまったさい、まっさきに中国に向かったのはビジネスパーソンたちだったエピソードは象徴的だ。つまり、イデオロギーうんぬんとは別に日中間では貿易が模索されてきた。実際にいくつかの波はあるものの、1978年に華国鋒首相(当時)が発表した「国民経済発展10カ年計画」以降、日本の対中貿易は右肩上がりで伸びてきた。
さらに、中国からの訪日客も順調に推移している。中国は爆買いを日本で流行させた。中国の人口のうち、ちかぢか、2億人ほどが海外旅行に行くことになる。2016年は過去最高の2,403万人が訪れた。そのうち、637万人と、韓国につぎ2位の座にいる。ただ、ポテンシャルは韓国にくらべてあまりに大きい。
だから、問題は抱えているとはいえ、大きな存在であるのは間違いない。中国をこれまで老人国家と指摘してきたが、さらに高齢化が進んでいるのは日本であり、日本で開発したサービスを展開することが可能だろう。いいたかったのは、その成長に陰りがあることだ。
中国人の消費者も、日本とおなじ道をたどる。少子高齢化のなか、健康志向が芽生え、ジョギング・低カロリー・低糖質ブームがやってきたように、中国の消費者もそれを望むだろう。日本が提供できるソフト面も多くなっていくはずだ。
日本の少子高齢化は喜ばしいことではない。しかし、その不幸を海外へのコンサルティングとして活用できる。
<つづく>