連載「調達・購買戦略入門」(坂口孝則)
連載の続きです。
・個別原価分析
ところで、今回は、ある方から聞いた話をさせてください。
以前、某社のエレベーターで不具合が起きたことがありました。その際には、こう報じられていました。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/070803_.html
<資材部の担当者B(2005年~)の供述によると、2005年7月か8月頃、JFE建販の担当者が、SS400材とSPHC材の仕様の比較表のようなものを持ってきて、「JFE建販がJFE商事を経由して納入している鋼材については、実際に納入しているのはSS400材だけではなくSPHC材もあり、以前からそのようにしている」と述べた。そして、「今後、注文書の鋼材の種類をSS400材ではなくSPHC材と明記してもらいたい」と述べた。資材部の担当者Bは「かかる注文方法を変える権限などないため、文書で正式に申し入れてもらわないと検討できない」旨伝えたが、JFE建販の担当者より文書を受領した記憶はない。
資材部の担当者Bは、この時点で、SS400材の発注に対し、SPHC材が納入されていることがあることを認識したが、鋼材の知識を十分に持ち合わせていなかったため、両鋼材の違いがよくわからず、従前からSPHC材が納入されている、SPHC材がSS400材に代替できるといったことをJFE建販の担当者から聞かされ、そういうものかと思いこんでしまい、その後、上司や前任者のAに確認を行わず、JFE建販の申し入れに対しては回答することなく、そのまま取引を継続していた。>
みなさんは、この資材部担当者を「バカ」だと思うでしょうか。いや、実は私もそう思っていました。しかし、これをご覧ください。
https://www.nssmc.com/product/catalog_download/pdf/U001.pdf
この記述で、「SS400」と検索いただけますか? すると、化学成分表があります。その次に、「SPHC」と検索いただけますか?
いや、驚きました。こ
れは、たしかに、同じと思ってしまうかもしれません。
報道では、資材担当者が確認したかまではわかりません。でも、実際に化学成分表を見ていたら、「ああ、これは代替できるな」と思っても仕方がありません。報道では、バカで、なんの知識もないと思ってしまいますが、もしかしたら確認したうえでも、同一材料と思う可能性があるのです。
多くのQAサイトでは、このような場合「ほとんど同等材料だ」といわれています。しかし「厳密には責任を持てない」とも。ここに私はさまざまな困難を感じます。というのも、どこまでが真実かわかりませんが、材料変更がたとえ意図的だったとすれば、コストを削減する際、相当な障壁が伴うのだな、と。
たとえばこのケースでは、資材担当者の確認不足が問題とされていますが、確認をしたとしても間違ってしまう可能性があるのです。この場合社内の設計担当者も間違ってしまったらどうでしょうか。かなり考えさせられる案件です。
もちろん、このような場合は「資材担当者が一切、確認をせず、社内設計者が確認するべきだ」という立場もあり得るでしょう。たしかに、その指摘を待つまでもなく、当然ながら製品使用に関することですから、設計者が責任を持つべきです。
しかし、言い方を替えれば、材料はほぼ同等であったとしても、実際に変更することによって、これだけの大きな問題を引き起こしうるのです。
ところで、この件でいえば、化学成分表を見ただけではわからず、引っ張り強度等のデータを見なければいけません。しかしそれも微妙な差です(ぜひ調べてみてください)。私だったら、調べた上でも、前述の材質変更を低減していたかもしれません。
例えば、最終的には設計担当者が責任を負うにしても、このようなコスト削減提案を提示した資材部の責任はどうなるのか。
そのようなことを考えると、まだわれわれはこの事件から逃れられてはいないと、言えるでしょう。個別原価計算には、VAやVEの計算が必須ですが、今回は、その支障について論じました。
<つづく>